日ごとにあたたかくなる日々を私は忙しく過ごしている。
落合課長が下着ドロボウと猥褻物丸出し罪で捕まって牢屋に入ったおかげで、昇進した私は今や課長だった。
「お姉さま~、今日もお綺麗です~」
「お茶ありますよお姉さま! お茶うけに美味しい羊羹も!」
「ちょっと! お姉さまは今お疲れなのよ! 肩おもみしますねお姉さま。あと新しい化粧水です!」
相変わらず私にべったりの姦しガールズ。
まあ、快適だし、皆も見慣れたみたいで日常の一部だから気にすることもないのだけれど……。
「ちょっとあなたたち? 私のことは良いから今日中に終わらせといてって言ったデータはどうしたの?」
「えっと、」
「それは……」
「い、今から終わらせます!」
彼女たちはバタバタと自席に戻って作業に戻る。
私は溜息を吐く。
時計を見上げるともうすぐ17時。
いつもより早い時間なのは早朝出勤だからだ。
本当ならもう帰ってもいい時間だ。
サービスだからお給料も出ないし。
前までの私なら不幸だ不運だと嘆いていたかもしれないけど、これが日常なのだから嘆く意味も理由もなくなってしまった。
相変わらず財布を落としたり、終電に乗り遅れたり、小石に躓いたり、自動ドアに挟まれたりするけれど、それは私が不運だからではない。
むしろ話のネタになるからプラマイゼロだと思うようにして笑い話に変えている。
そうしないと薄れていくのだ。
嫌な現実ばかり見ていると自分のしでかした過去を忘れ、それが原因で何かを傷つけ、恨まれてしまうかもしれない。
……私、変われたのかな。
いつの間にか、作業が終わっていた。
時計を見ると18時。姦しガールズが私にデータを提出に来た。
「お姉さま終わりました!」
「見てください!」
「頑張りましたよ私達!」
「よし、OKね。じゃああなたたち帰っていいわよ。気を付けてね」
「はい!」
「また明日ですお姉さま!」
「お姉さまも気を付けて帰ってくださいね!」
三人が退社するのを見送って、私も片づけをしてから、残っている社員にねぎらいの言葉をかけ、紙袋を携えて退社する。
陽はすでに落ち切っているけれども、まだ大丈夫だろうか。
私は急ぎ足で人形のお焚き上げをしてくれるここいらで一番大きい神社へむかった。
社務所はまだ明かりがついていた。
「やっと、眠らせてあげられるわね……」
私は壊れかけの女雛を紙袋から取り出して微笑んだ。
あの日、動かなくなってしまった女雛。
忙しくて今日まで何もできなかった。
私の幸せを願った彼女のために、私ができることはこれくらいだ。
せめて、供養ぐらいは……。
「あの……お焚き上げってお願いできますか?」
社務所で尋ねると、神主さんが笑顔で応対してくれた。
「ええ、ちょうどこれから夜の部ですよ。なんなら見ていきますか?」
私は少し考えて、首を横に振った。
「いえ、見るのは少し……あの、大事な人形なので、優しく弔ってあげてください」
「? はい、わかりました」
私は紙袋ごと女雛を神主さんに渡し、頭を下げてその場を後にした。
忘れろとまで言って私の幸せを願った女雛が燃えていくところなんて見たくなかった。
それから家に着いたのは20時を回った頃だ。
お風呂に入って、ちょっとしたおつまみとお酒で晩酌しつつぼーっとテレビを見る。
あいつは今頃灰になったのかしら……。
なんて考えていると、窓の外、星空の下をひときわ明るい流れ星が。
女雛の冥福でも祈ろうかと窓を開けて夜空に手を合わせる。
「……え?」
私は思わず目を疑った。
その流れ星はあろうことかまっすぐこっちへ向かってくるではないか。
風に乗って何かが聞こえてくる。
――コノ恨ミ晴ラサデオケルカアアアァ!
「嘘でしょ!?」
私が叫ぶと同時に、その光は、いや、燃え盛る女雛が私の部屋に猛スピードで突っ込んできた。
燃えていること以外はすべて元通りの女雛は、部屋の真ん中でホバリングしながら、私を見下ろす。
――貴様ァ! コノ小娘ガ! 大事二スルト言イナガラ燃ヤシニ出ストハドウイウ神経シトルンジャ! アレジャゾ、目覚メタラ火ノ海の中ジャッタンジャゾ! 穢レパワーガ枯渇シテタラ即死ジャッタンジャカラナ!
「…………えぇ?」
つまり、こいつはお焚き上げ中に飛び出てきたのだろう。
かわいそう神主さん。
きっと大層驚いたでしょうね……。
「って、そんなことより! なんなのよあんた! 私あんたが死んだと思ったから、大事に思ってるからこそお焚き上げに出したのよ! 文句言われる筋合いないでしょが!」
――死ンデナゾオランワ! チョット眠ッテタダケジャ! 体ヲ修復スル為ニ!
「はあ!? 紛らわしいのよあんた! それならあんな最後の別れみたいな言葉残すな!」
――ソレハ正直スマンカッタ!
「なんでそこだけ素直なの……」
しばしの沈黙。
女雛は何かの力でボシュゥウウ……と炎を鎮火させた。
肩で息をしながら私は空中を漂う女雛をにらむ。
「で、なんでまた戻ってきたの? 私、あんたを大事にはできるけど、忙しいし、遊んであげることはできないのよ? お焚き上げされたほうがましだったんじゃない?」
――ウム、ソレハ思ッタンジャガ、炎ノ中デワラワ良イ事ヲ思イ付イタノジャ!
燃やされかけて閃いたのかしら……人間も死の間際に走馬灯を見るってよく言うし。
どこか上機嫌な女雛の声音に私はあまりいい予感がしなかった。
「一応聞くけど、どんなこと?」
女雛はホバリングで私の目前に迫る。
怖、間近で観察すると傍目納豆みたいな顔が怖いわこいつ……。
――雛人形トハ、親カラ子ヘ受ケ継ガレルモノジャロ? ツマリ! 貴様ガ親ニナレバイイ! サア、早ウ結婚シテ、娘ヲ生ムノジャ!! ワラワ、ソヤツニ遊ンデモラウ!
こ、こいつ!?
「嫌み!? 結婚出来たらしてるのよ私は! 今課長だし、しばらくは仕事が恋人! どうせ結婚なんて無理よ! ふん!」
――確カニ、行キ遅レニハ荷ガ重イカ……。
ぼそりと何か失礼な言葉が聞こえ、私は缶ビールを握りつぶす。
「あ? 今なんて言ったのかしら??」
私は女雛を捕まえ、ごみ袋にポイっとした。
――ナッ、小娘! 貴様ァッ
わめく女雛を無視して、そのまま窓から下のごみ集積所へ投げ落とす。
――ワラワハ諦メヌゾ! イツカ必ズ貴様ヲ結婚サセテミセルカラナアアアァ!
「余計なお世話よ!」
私はピシャンと窓を閉めた。