土曜日の夕方、空が暗くなりかけている時間帯、中学二年生になったオレとゆあちゃんは、東京駅ダンジョンの目の前までやってきていた。普段着の下に戦闘服を着て、もちろん武器も持ってきている。
「……また、戻ってきちゃったね」
「あぁ、オレたちでうみねぇちゃんを助けよう」
2人して、上空30メートルに浮遊している東京スカイライン東京駅を見つめて会話する。
「ゆあ……まだ怖いよ……」
「大丈夫、オレが絶対守るから」
「うん……頼りにしてる!」
ゆあちゃんが少しだけ微笑んでくれた。まだ無理をしているってのはわかる。でも、オレは「やめよう」とは言えなかった。
大切な人を守るために、死ぬかもしれない場所に大切な人を連れていく、その矛盾に複雑な思いは感じるが、オレが絶対全てを守るんだと誓って前を見据える。
「よし……前とおんなじように倉庫の裏手から飛ぶから、ついてきて」
「うん。わかった」
ゆあちゃんを引き連れ、小学生のころにダンジョンに忍び込んでいた倉庫に向かって歩いて行く。背中のスケボーに手をかけ、東京駅まで上がろうと思っていたところ、倉庫の敷地にフェンスが張られていることに気づく。
「りっくん、ココを越えていくの?」
「いや……前はこんなのなかったけど……ううん、大丈夫、乗り越えていこう」
「わかった」
フェンスに手をかけ、よじ登ろうとする。
「やめといた方がいいわよ」
突如、後ろから声をかけられた。
「誰だ!?」
オレはすぐに振り返って、腰の双剣に手をかけた。こんなところに、警備員なんていなかったはずだ。
「誰だってなによ?あんた、映画の見過ぎなんじゃない?キモっ」
建物にもたれかかっていた女が、影から出て、こちらに歩いてくる。
オレンジ色の髪を肩より少し先まで伸ばし、耳の後ろで小さいツインテールを作っている少女だった。年齢はオレたちと同じくらい。身長はゆあちゃんよりだいぶ小さいから、たぶん150センチ以下。
ぶかぶかの派手な黄緑色のパーカーにデニムの短パン、短い靴下に動きやすそうな派手なスニーカーを履いている。パーカーの前は開けていて中にはシンプルな白Tを着ていた。
「久しぶりね。1年ぶりくらい?もう諦めたかと思ってたわ」
吊り上がった目尻に、鋭い緑の目を持つそいつは、オレが知ってる女だった。
「なんだ、マロ眉か。驚かせんな」
オレは緊張を解いて双剣から手を離す。
「ぶっ殺すわよ?次そう呼んだら殺すって言ったわよね?」
「へいへい、すみませんでした」
こいつは双葉鈴(ふたばすず)、オレと同じく家族をダンジョンに囚われたダンジョン被災者だ。ダンジョン災害があってから、オレは毎日のようにこの東京駅に通っていたのだが、こいつも同じように通っていたので、よく現地で顔を合わせた仲であった。
ちなみに、マロ眉というあだ名は、こいつの眉毛がマロ眉だからだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「りっくん、この子は?知り合いなの?」
「あぁ、こいつは双葉鈴。ゆあちゃんもあの日、会ってるよ」
「あの日?」
「あのときは、悪かったわね……わたしの妹が……」
双葉の方は、すぐにゆあちゃんに気づき、謝罪する。
「……妹?……あっ、うーねぇが助けようとした?」
ゆあちゃんも鈴が誰なのか思い当たったようで、二人の間に気まずい空気が流れた。
それを見て、オレは嫌でもあの時のことを思い出してしまった。うみねぇちゃんがダンジョンに囚われることになったあの日のことを。