[国立防衛大学附属高校 入学式]
2265年4月、15歳になったオレたちは、高校の入学式に参列していた。
オレたちが入学する迷宮攻略科の新入生は100名にも満たず、全体の1/10程度だった。人数は少ないが、この学科の生徒が特別扱いされているのは明らかで、迷宮攻略科の生徒だけが特別な制服を用意され、壇上に1番近い場所に整列していた。
オレたち3人も入学前に支給された特別な制服を着用している。真っ黒なブレザーにパンツで、金色のラインが刺繍で縫い込まれている。ヨーロッパの貴族服を現代風にアレンジしたような、豪華な印象を受ける服だった。左肩には迷宮攻略科の生徒であることを示す校章があしらわれている。
周りの生徒たちは、この学科に入学できて誇らしげな顔をしているように見えたが、オレたちはスキルの力で入学したのでちょっと後ろめたい気分だ。
「この人たち、みんな強いのかな?」
オレとお揃いの制服を着用したゆあちゃんが話しかけてくる。ちなみに、女子は膝上くらいの長さのスカート姿だ。ゆあちゃんは、学校指定の短めの靴下に黒い革靴を履いていた。
「そうね。実技試験があるから、実力者揃いのはずよ」
鈴が補足してくれる。こいつはスカートの下は白ニーソだった。チビなのでお似合いである。式の前に「ロリだな」ってからかったら殴られた。凶暴なチビだ。
「仲間になってくれる人いるかな?」
「どうかしらね?陸人のコミュ力次第じゃない?失礼でノンデリだし、無理かもね」
「あはは、たしかに。りっくん、不器用だから」
「うるさいなぁ……」
「ま、それは置いといて。強い人って話だけど、防衛大附属だと生徒会メンバーが有名よ」
「ほほう?」
「壇上に座ってる5人はかなり強いって話ね」
オレは鈴に促されるまま壇上を見た。まだ校長はやってきておらず、マイクが置いてある演台の後ろに5人の生徒が座っていた。女性が3人と男性が2人だ。
「わたしとしては、生徒会長の椿さんは勧誘したいって思ってる」
「へ~」
椿さんというのは、1番壇上に近い位置に座ってる人だろう。薄い金色の長い髪を編み込むように後ろでまとめていて、上品な雰囲気の女の人だ。髪の毛はウェーブがかっていて、金髪縦ロールとまではいかないが、お姫様のような印象も受ける。凛としていて厳しそうな顔で姿勢を正して座っていた。
「おまえが椿さんを勧誘したい理由は、あの人がダンジョン踏破者だからだよな?」
「そうね」
あそこにいる生徒会長、椿つばめさんは、昨年、原宿ダンジョンを攻略したダンジョン踏破者、現役のスキルホルダーなのだ。ニュースをあまり見ないオレであっても知っている事実で、攻略が発表されたときにはそれはもう大々的に報道されたものだ。しかし、多くの犠牲者を出した攻略だったため、大手を振ってお祝いというムードではなく、あくまで、戦った英雄たちに感謝しましょう、という言い回しだったと思う。それでも、日本中がその話題で持ちきりになったのを覚えている。
「今って、ダンジョン踏破者って、何人いるんだっけ?」
「パーティメンバーを含めると10数人だけど、スキルホルダーって意味なら3人ね。あんた、ニュースとか見ないわけ?」
「見ないな。そんな暇ない」
「訓練バカ……てことは、今踏破されてるダンジョンの数も知らないってこと?」
「いや、それはさすがに知ってる。3つだろ?」
「そうね。一応おさらいしておくけど、攻略された3つのダンジョンは、それぞれ別々のパーティが攻略しているわ。つまり、2つ以上のダンジョンを攻略したパーティはいないってことになるわね」
「ふむふむ」
「で、報道されて知られているスキルホルダーは3人。そのうち現役の20歳以下は2人ね」
「おーけー、あんがと。解説感謝します、鈴先生」
「ムカつくわね」
てことは、あそこにいる生徒会長は、かなり強くって即戦力になるということだ。鈴の言う通り、勧誘できるものならしてみたいところである。
でも、強い人であるなら、生徒会長以外の人も候補として考えるべきだろう。オレは、生徒会の他のメンバーのことも一人ずつ確認してみる。あの中に、仲間になってくれる人はいるだろうか。
「てかさ、なんであの人は巫女服なんだ?」
オレはふと気になった人について質問した。生徒会メンバーのうちの1人、1番外側に座っている女の人が何故か制服ではなく巫女服を着ているのだ。
「あの人はたしか……鳴神さんだったかしら?由緒ある神社の娘さんで、古流武術の使い手だったような。椿さんのパーティメンバーのはずよ」
「ほう?」
でも、なんで巫女服?そう疑問を口にしようとしたら、司会のアナウンスが入り入学式が始まった。オレたちは口を閉じ、壇上の方に向き直る。
「開会に際しまして。鳴神神社神主よりお祓いをいただきます。皆様、ご起立の上、お頭(かしら)をお下げください」
オレたちは席から立ち上がって少し頭を下げた。そのあと、さっきの巫女服の人が立ち上がり、白い紙が結んである木の棒を左右に振っているのが見えた。
気になって顔を上げてしまう。鳴神さんは、さらさらの黒い髪を腰よりも下まで伸ばし、それを低い位置で白いリボンを使って纏めていた。前髪は眉の上で整えられていて、両サイドには肩にあたるくらいのもみあげを垂らしている。こちらも白い細身のリボンで纏められていた。
なんというか、巫女服も相まって、純和風の大和撫子という雰囲気だ。とても美人で、おっとりとした顔をしている。
じっと見ていると、鳴神さんと目が合ってしまった。『あっ、やべ……』と思った時には時遅し、悪い子を見つけたような顔で微笑まれたので、気まずくなって頭を下げた。目線の先は鳴神先輩の上半身だ。そこには、オレの仲間たちには無い豊満な双丘が広がっていた。
『デカっ。……いや、別に興味ないけどね?』
脳内で言い訳してしまった。
その後、鳴神さんが席に戻ったら頭を上げるようにアナウンスがあり、校長が登壇する。退屈な話が始まった。聞き流していると、最後に、現役のダンジョン踏破者である生徒会長に交代して、ありがたいお話が始まった。
どんな話をしてくれるかワクワクしていたのだが、「学生らしい行動に努めよ」とか「迷宮攻略科に入れたからといって自分は特別だと勘違いするな」とか「命を最優先に無理せずダンジョンへ挑め」みたいなつまんない話だった。
そして、入学式は閉式となる。
「このあとは、各自の教室に移動だな」
「そうね。て言っても、また3人だけのクラスだけど」
そう、オレたち3人は中学と同じように3人だけのクラスが割り当てられていた。
《クラス替え》スキルの効果なのだろうが、相変わらず不気味である。他のクラスは30人ほどでまとめられているので、迷宮攻略科は30人ほどのクラスが3つと、オレたち3人のクラスが1つ、という形になった。
「明らかにおかしいのに、誰も何も言わないの、怖いよね……」
「まぁな〜」
そのとき、オレはふと、誰かの視線を感じた。体育館から出ようとしているオレたちのことをジッと見ている。
会話を聞かれた?いや、だとしても《クラス替え》スキルの違和感に気づけるのはクラス加入者だけのはずだ。
その人は壁沿いに立って、白いスーツを着ていた。若いように見えるが、たぶん教師だろう。まだオレたちのことを見ている。
オレたち、というか、オレを見てる?知り合い?じゃないよな?
思い出そうとするが、思い出せない。でも、その人の桜色の髪は、どこかで見覚えがあるような気がしていた。