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第52話 荻堂の稽古とスキル

 師匠の提案で池袋駅ダンジョンを攻略することに決まってから、師匠の宣言通り、めちゃくちゃ厳しい訓練が始まった。まぁ、その前から厳しい訓練ではあったのだが、さらに厳しくなった感じだ。


「咲守!どうした!もうギブアップか!」


「ぐぅ……まだまだ!」


 オレはひたすらに師匠と実践訓練をしていた。全力でぶつかっているのに、軽くいなされてしまい、攻撃が当たる気配がない。


「らぁ!」


 だから、やけくそぎみに正面から突っ込んで、双剣をクロスに構えて斬り込んでみる。


「なんだそれは!意味ねぇことすんな!」


 ドゴ!


「ぐっへ!?」


 刀を鞘に納めた師匠から肘鉄を喰らう。背中に思い切り直撃し、地面にバウンドしてから転がり、ズリズリと停止した。


「いてて……」


「当たるかもしれねぇ、なんて考えはやめろ。絶対当てるつもりで毎回斬り込め」


「は、はい……」


 背中をさすりながら起き上がる。


「嬢ちゃん、相手してやってくれ」


「わかりました」


 師匠と栞先輩が交代し、オレの前で薙刀を構える。師匠はというと、鈴の方に歩いて行った。


「……」


 鈴のやつは、座禅を組み目を閉じている。そこに師匠がゆっくりと近づき、刀を逆刃に持って鈴の頭に振り下ろした。


『ああ!痛そう!』そう思ったときには鈴は首を傾げて刀を避ける。師匠の刀は鈴の肩にぶつかる前に停止していた。


「いいだろう。おまえは筋が良い」


「……うっさい」


「おぉぉ……」


「陸人くん、随分余裕ですね?」


「およ?」


 オレが鈴を関心して見てた隙をついて栞先輩が突っ込んできた。


「おわ!?」


 ギリギリで薙刀を避ける。


「今日は私が勝っちゃうかもしれませんね?」


「むむ、そうはいきませんよ!」


 オレたちが戦いを始めた後も師匠は移動し、ゆあちゃんの方へと歩いていく。


 ゆあちゃんはというと、「グランシールド!グランシールド!」と連呼しながら飛んでくるボールを弾いていた。ボールの軌道を操作しているのは桜先生だ。


「はぁ……はぁ……さすがにつかれたかも……」


「的場ー!おまえが1番あぶねぇんだから気合い入れろ!咲守たちのお荷物になるな!おまえが全員を守れ!」


「うー……鬼教官!わかりました!がんばる!」


 ゆあちゃんは、汗だくになりながらグランシールドの連発を再開した。師匠曰く、魔法系統のスキルは使えば使うほど洗練されていき、使用可能回数も増えていくのだという。そのため、ゆあちゃんはグランシールドを伸ばすことをメインに鍛える方針になったのだ。


 この通り、オレたちの訓練は、師匠が加わったことで地獄と化していた。でも、そのおかげもあって、メキメキ強くなっていってる実感はある。このまま、修行を続けたら、いつか師匠くらい強くなれるのだろうか。



 師匠に訓練をつけてもらうようになって1ヶ月後、オレたちは、オレの家の訓練場に集まって談笑していた。お母さんが作ったご飯をみんなでつつきながらだ。食事をしながら、師匠に対して前から気になっていたことを質問してみる。


「は?俺くらい強くなりたいだと?いや、無理だろ。調子のんな」


「そんな!?そこをなんとか鍛えて下さいよ!師匠!」


「うぜぇな。10年はえぇんだよ、クソガキ。そういうことは毎日20時間修行してから言え」


「な、なるほど……そこまですれば師匠に近づけるのか……」


「なんなのこいつら、キモすぎなんですけど?」


「あはは、ほんと2人って戦闘狂だよね」


 みんなは笑っているが、オレは真剣だ。それにしても、こうして訓練のあとに談笑できるようになったのは成長の証なのだろうか。1か月前は、訓練が終わったら、みんな無言で解散していたように思う。


「ところで師匠」


「なんだ?」


「師匠のスキルって、《瞬間移動》なんですよね?」


 これも、ずっと気になっていたことだ。師匠のステータス画面を見たときから、そのスキル名を見てワクワクが止まらなかった。


「あ?ああ、そうだな」


「見せてくださいよ!」


「あ?なんでだよ?」


「かっこいいじゃないすか!見たい!」


「……」


 オレのテンションに対して師匠はローテンションだ。なぜだろう?オレなら瞬間移動とか見せびらかしたいまであるのに。


「ん~……それにしても、荻堂先生にはよく懐いたわねぇ、りっくん」


 何も言わない師匠とウキウキしてるオレを見て、お母さんが妙なことを言い出した。


「だよね。ゆあもそう思う。初めて会ってから2回目には師匠とか呼んでたし」


「大佐さんのときは、別にこうでもなかったのにねぇ?」


「だよねぇ?」


「な、なんだよ、2人とも……師匠に変なこと言わないでくれよ……」


「大佐って誰よ?」


「あー、うん。投剣術を教えてくれた人だけど……あの人はなんていうか、真の男って感じでもなかったし」


「へぇ?」


「じゃあ、陸人くんが思う真の男ってのが荻堂先生ってことなのかな?」


「まぁ、そうっすね!オレも師匠くらい強くなりたいので!」


「……」


 師匠は黙ったままだ。なんなら目を瞑ってムスッとし始めた。


「何照れてるよ、おっさん」


「双葉、おまえ、明日から手加減しないからな」


「はぁ?そんなだから彼女できないのよ。たまには素直になりなさいよ。弟子に懐かれて嬉しいって。あ、ちなみにわたしはあんなのこと、ただのオッサンとしか思ってないから。調子のらないでね?」


「……」


 師匠は黙って目を開け、ご飯をかき込みだす。あっという間に空にしてしまった。


「じゃあ、また明日な」


 師匠がひと足先に立ち上がって訓練場から出て行こうとする。それを見たお母さんがあわてて立ち上がって、「あらあら、お見送りしないと」と言ったところでテーブルの端に置いていた麦茶のポットにぶつかってしまう。


「あら?」


 ポットが落下していくが、誰も動けない。『あ、これは掃除が大変そうだ』そう思ったとき――


「よっと」


 気づいたときにはポットの後ろに師匠がいて、床に落ちる前にキャッチしていた。


「気をつけて下さい。あと、夕飯ご馳走様でした」


「あらあら?先生?あら〜?さっきまであそこに??」


 お母さんがキョロキョロしながら机の反対側を見る。師匠とお母さんは長いテーブルを挟んで対角線側にいたはずだ。あの一瞬で移動できるとは思えない。つまり、


「おお!瞬間移動!瞬間移動だ!もう一回見せてくださいよ!じっくり見たい!」


「……じゃあな」


 しかし、期待に応えてくれることなく師匠は帰っていってしまった。


「あのおっさんがデレることってあるのかしら?」


「私としては、修行をつけてくれてるだけでだいぶデレてると思いますけどね」


「えー?ゆあはそうは思えないけど……鬼じゃん」


「荻堂さんは期待した人にしか厳しくしませんよ?」


「むー……そう言われると何も言えないじゃん……」


「もう一回見たかった……瞬間移動……」


 オレたちは、もうしばらく談笑してから、明日も頑張ろうと言い合って解散したのだった。

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