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アダージョ~君とゆっくり恋をする~
アダージョ~君とゆっくり恋をする~
大寺アズマ
BL学園BL
2025年06月28日
公開日
4,159字
連載中
高校2年生の6月、かけがえのない1年間が始まった。  体育祭で楽しむ周囲に押し負け人気のないところへ避難した眞紀、そこで出会った慧との出会いが青春を連れてきた  高校野球に全てをかける少年・雲母眞紀と、世界に誇るダンサーになることを夢見る少年・榛名慧  二度と戻らない高校生活がようやく始まりを告げる

第1話 出会い

キラキラと、生い茂る緑を掻い潜るかいくぐるように光が零れ落ちていた。零れた光は、地面に一等近いところで一つの大きな塊になっていた。


 六月、新しい学年へと進級してから随分と経った日のこと。先週に放送していた夜のニュース番組で、長野県も梅雨に入ったとお天気キャスターを務めている若い女性が言っていた。

 梅雨ってよりももう夏やろ。

 野球部に所属している雲母眞紀きらら ますみは、最高気温が三十度を越え雨雲が一つもない青空を睨みつけながら、そう心の中で吐き捨てる。暑さが体中にのしかかり、モッタリとした空気が重苦しい中、誰もいない静かな所を探して一人でさまよっていた。

 眞紀が通っている小牧緑風館高校こまきりょくふうかんこうこうは、いつもこの半端な時期に体育祭をやっている。真面目に練習して競い合うことを目的にしているわけでは無いようで、どちらかというと新しい環境に慣れ始めた生徒がより親密になれる為にもよおしているように思える。それすらもどこか言い訳じみていて、結局のところは色々な部活が全国クラスの選手を揃えていることもあって、この時期が一番、支障がないからが学校側の本音だろう。とはいえ、生徒側からしても、はしゃぐ口実になればそれで良いのでウィンウィンだ。

 高校生になりたてだった去年は、眞紀も確かにはしゃぎ倒していた。一念発起して親元を離れ、故郷から遠い長野県まで割合わりあいすぐの事だったのだ。環境が変わって浮足立っていたのかもしれない。

 可愛い女子生徒はいないかと探してみたり、同じ野球部の仲間を冷やかし混じりに応援をしてみたりと心の底から楽しんでいた。

 かたや今年の眞紀は、クラスにもなじめず、一人ぼっちで用意してあった椅子に座ってグラウンドをボケっと眺めていた。次第に浮かれ切ってふわふわと浮いている空気で息が出来なくなってきた気がして、蹴飛ばすようにして椅子から立ち上がると、安っぽいスピーカーから流れてくるひび割れた流行りの音楽から逃げるようにして踵を返したのだった。

「どこもかしこもイチャコラしとるカップルだらけやないか、くそっ」

 小さな声で吐き出す。グラウンドに近いところには点々と等間隔でカップルがそこかしこで愛を育んでいる。 

 鴨川でももうちょいおらんぞ。

 聞こえてはいけないと思い、心の内でそうぼやいてみる。幸せそうに見える生徒たちが視界に入ってくるごとに、眞紀の足取りは泥濘ぬかるみに取られるように重くなっていく。引きずるようにして一歩を踏みしめながら、人気のないところを求めて、重たい身体を連れていく。

 燦燦さんさんと眩く輝く太陽の下を動き回るのもいつぶりだろうか。すっかり重く感じるようになった身体は、歩いているだけで眞紀に嫌な記憶を呼び起こさせる。

 さやさやと耳に入ってくる音が人の囁きから、草葉が擦れあうざわめきへと変わりだした。辺りにふと視線をやると、気づけば随分と奥まったところまで来ているようだった。

 小牧緑風館高校は長野県にある、山の麓近くの広大な土地に建てられた私立高校である。その敷地は縦横に過不足なく広いが、縦の方が大きく取られた作りになっている。その最奥、山裾やますそに建てられているのが第二体育館だ。普段は、バドミントン部かバレーボール部が使っているとかで眞紀自身もここまで近づくのは今日が初めてだった。

 山裾に建てられているだけあり、第二体育館の裏手には木々や野花が生い茂り、溢れんばかりの生命力を醸し出している。胸いっぱいに息を吸い込んでみると、草花特有のすっきりとした空気がして胸がすいていく。

 少し向上した気分を感じながら、鼻歌交じりに足元で伸びている雑草を踏みしめ更に奥へと歩いて行く。好き勝手にあちらこちらへと伸びている雑草は、眞紀の大きな足で潰されても簡単にその命は潰えない。グッと頭をもたげ、空へと伸びようという意思を感じさせる。サクともザクとも聞こえる、反発力の強い地面を確実に踏みしめながら深い呼吸を繰り返していれば、呼吸を吐き出す度、見えないおもりで覆われた眞紀の身体は少しずつ軽くなっていくようだった。


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