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第5話 華麗なる断罪回避

 そして、物語は冒頭、マーガレット王国四大貴族プリーシア公爵家主催の社交界会場へと舞い戻る。婚約者であるクローバー・プリーシア公爵に婚約破棄を言い渡されたラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢。


 ラミアに虐げられていたと現れたネヴィウス伯爵家の次女、メルバ令嬢。クローバーがメルバ令嬢との婚約を宣言し、悪役令嬢としてラミアが会場を去ろうとしたタイミング。


 黒と白が基調のゴシックドレスに身を包んだ女性が黄金色の髪を靡かせ、一人の若い執事を連れ立って颯爽と社交界会場へと姿を現したのだ。


 そのままラミアと入れ替わる形でクローバーと対峙したゴシックドレスの令嬢は、恭しく一礼した後、紋章アミュレットを前に出したままこう宣言する。


「マーガレット王国現王妃、第七代アレクサンディア女王の命を受け、この場は私、王家直轄の断罪回避請負人ニケ・グラジオラスが取り仕切る事とします。では、断罪回避令嬢、参ります!」


 ざわめく会場の貴族達を後目に、彼女は凛とした足取りでクローバーの前で一礼する。そして、断罪回避令嬢ニケの華麗なる舞台がここに幕を開けた。



「まずはクローバー・プリーシア様。あなたは学園生活で友人へ以前より、『真実の愛・・・・を見つけた』『可憐なメルバ令嬢が一番』だと言っていたそうですが、間違いありませんか?」

「何だと!? 誰がそんな事を!?」


「ここは犯人捜しをする場ではありません。あくまで事実か否かを問う場でございます」

「そんなものは事実無根だ。俺はラミアを信じていたが、裏切ったのは彼女ではないか?」


「ほほぅ、それはどういう?」

「彼女はドヴォル公爵家やアルバス侯爵家など、有力貴族の男相手に色目を使っていたんだ」


「その証拠はあるのですか?」

「そこのドヴォル公爵家嫡男チャイコが証言してくれる! なぁ、チャイコ」


 突然話を振られたチャイコは、以前、ラミアから何度か迫られた事があると証言する。当然証拠もなく、これこそ事実無根だろうが、その証言を聞いた途端、クローバーが攻勢に出る。ラミアは色んな社交場でも胸の開いたドレスで貴族のおじ様達を誘惑し、籠絡していたのだ、と。勿論、ラミアからすると、公爵家の父が良好な関係を築いている貴族のおじ様方とうまく付き合っていたに過ぎない。


 この後も、ニケはクローバーへこの後も質問を繰り返すが、彼はラミアが悪い、ラミアが原因だと繰り返すばかりで、これ以上追及しても何も出ないと判断した断罪回避令嬢は、逆転の一手を繰り出す。


「成程、クローバー様の言い分は分かりました。クローバー様はあくまで婚約者が居る立場でメルバご令嬢へ近づいた件は、不貞行為と呼ばないのですね。クローバー様からすると、ラミア様が先に不貞行為を行ったんですものね」

「ああ、その通りだ」


「では、不貞行為ってどこからが不貞行為なんです? 手を繋ぐ? キス? 舞踏会で踊る事はセーフですよね?」

「そうだな。何が言いたいんだ? 男を誘惑するラミアの姿は不貞行為ではないと言いたいのか?」


「そうですね。私が言いたいのはですね」


 ニケが誰かに合図を送る。両手を震わせながら執事のスミスによって連れて来られた人物は、とある侍女であった。その侍女が言うには、毎週末、ある人物を学園へお迎えへ上がる際、学園の奥にある誰も居ない部屋で、クローバー・プリーシアとそのご令嬢が濃密な時間を過ごしているというのだ。


 貴族の挨拶風な軽い手への口づけなどではなく、それは此処では言えないような濃密な、侍女が来た事にも気づかないくらいの接触ぶりなんだそうだ。そう、この侍女、ネヴィウス伯爵家の専属侍女で、毎日メルバ令嬢を迎えに来ている人物なのだ。


「おや、さっきまでの震え、止まりましたね。どうしたんですか? 先ほどまでの可愛らしい顔が崩れていますよ?」


 険しい顔になっていたメルバ令嬢へ話を振ると、我に返ったご令嬢はすぐに微笑み返す。


「メルバご令嬢、昨晩の御父上との会食は楽しかったですか? 確か姉上もご一緒でしたよね」

「え?」


「もうすぐプリーシア公爵家の財産が手に入る。これで我がネヴィウス伯爵家も安泰だ、御父上のこの発言は、何の事を仰っていたんでしょう?」

「は?」


「ミュウミュウ! どういう事だ! お前! 彼奴に儂を売ったのか!?」

「ネヴィウス伯爵、どういう事か聞かせてもらいましょうか?」

「ひぃ……プリーシア公爵!? 何も、何もございません」


 専属侍女を指差し、全身を震わせながら表舞台へ出て来たネヴィウス伯爵だったが、ここに来てそれまで様子を静観していたプリーシア公爵が動いた。公爵に肩を叩かれたネヴィウス伯爵は誰かに連行されていた。後で公爵に尋問されるのだろう。


「さ、クローバー様。貴方様の求める〝真実の愛〟とやら、メルバご令嬢と思う存分語って下さいまし」

「メルバ、どういう事なんだ?」

「……誤解です……クローバー様。わたしは……わたしは……ふふふ……あはははは、もうダメ、耐えられない」


 それまでお淑やかな様子で立ち振る舞っていた女性とは思えない姿のメルバ令嬢は、お腹を両手で押さえつつ笑い続けている。


「メルバ……なぁ、先日も真実の愛を語っていたではないか?」

「ええ、そうね。真実の愛なんてまやかしよ? クローバー様、まだ分からないの?」


 雷に打たれたかのような姿で立ち尽くすクローバー・プリーシア。今まで可愛らしい子猫のように鳴いていたメルバの姿はもうここにない。ひと通り笑い終わった彼女は自ら語り出す。全部彼女が仕組んだ事だった。ラミアの悪役令嬢としての噂を吹聴したのも彼女。そして、この場で婚約破棄して欲しいとクローバーへ進言したのもメルバだったのだ。


「ドヴォル公爵家の婚約破棄事件を知っていたクローバー様は、婚約破棄が勲章かのような錯覚をしていたのでしょう。真実の愛も婚約破棄も勲章なんかではありません。他人を貶めて得る勲章なんて何の意味がございましょう。早く夢から覚めるか、メルバ様とお家を捨てて駆け落ちでもして下さい。その場合、この場に居る誰もが、以後、クローバー様を公爵家の人間とは認めないでしょう」

「待ってくれ……俺は……どうかしていたんだ……ラミア、すまない! 婚約破棄を破棄したいんだが、俺はどうすればいい?」


 それまで黙って両腕を組んで静観していたラミアの足下へ縋るようにしてクローバーがやって来る。最早、四大貴族の嫡男としての威厳も何もない、ただの凡才。婚約者の情けない姿を見たラミアはそのまましゃがみ込み、クローバーへひと言。


「さようなら」


 パシン――


 乾いた平手打ちの音が場内に響き渡り、続いて倒れ込む婚約者をその場に置いたまま、メルバの方へと向かうラミア。


「何か、言い残した事はあるかしら?」

「クローバー様との時間、愉しませてもらいました。ありがとうございます、悪役令嬢様」


 パシン――


 この場、二度目の平手打ちが炸裂し、ラミアはその流れに乗じてここに宣言した。


「ワタクシ、ラミア・ルージュ・ムーンライトは、クローバー・プリーシアとの婚約を正式に解消致します。ご賛同される紳士・淑女の皆様方は、拍手をお願い致します」


 場内一杯に広がる拍手喝采。それは、悪役令嬢を断罪する拍手ではなく、ラミアの新たな出発と、ラミアの断罪を見事に阻止した断罪回避令嬢ニケへ対するものであった――


◆◆宴のあとで◆◆


「ニケさん。お手並み拝見させていただきました。断罪回避の手腕、お見事でしたわ」

「ラミア様、ありがとうございます」


 後日、ムーンライト公爵家の一室に招かれたニケとスミスは、ラミアと共に断罪回避の乾杯をしていた。そして、その場には例の人物も一緒に存在しており……。


「正直、野心と欲望しかないネヴィウス伯爵家の生活は窮屈でした。ニケ様のお陰で新たな出発が出来ました」

「ふふ、メルバと違って、悪役令嬢と噂されるワタクシの指導は厳しいわよ?」

「ご指導とあらば喜んでお受け致しますわ。ラミア様」


 断罪前の調査期間で、ネヴィウス伯爵家の怪しいと睨んだスミスは、伯爵家に綻びがないか潜入調査を試みていた。そこにこのミュウミュウという侍女の存在を知ったのだ。彼女をお金で引き抜いたのか、はたまたスミスの手腕で引き抜いたのかは謎であるが、彼女があの場で暴露してくれたお陰でラミアの断罪は阻止出来たのだ。


「それにしてもニケさん。断罪回避令嬢とはよく言ったものね。あなた、何者なの? あの紋章アミュレット。王家の血筋なら、ワタクシも言葉を慎まなければならないわよ」


「そこは違いますよって言いましたでしょう? 女王様とは幼い頃からちょっとしたお知り合いなんですよ、私。ね、スミス」


「仰る通りでございます」


「まぁ、そこは詮索しない事にするわ。それにしても婚約破棄回避・・・・・・ではなく、断罪回避とはよく言ったものね」


 断罪回避請負人とは、婚約破棄を回避する事が目的ではないのだ。本来粛清されるべきでない者が粛清される事はあってはならない。本当に断罪すべき対象が居るなら立場を逆転させる。断罪対象はなく、元鞘に収まるならそれでよし。


 こうして断罪回避を請け負う事で、貴族社会を正しい方向へ向かわせる。これが断罪回避令嬢の使命なのである。


「ラミア様は、これからどうされるおつもりで?」

「さぁ? 舞踏会でまやかしではない真実の愛・・・・でも探してみようかしら?」


「ふふ、それもいいかもしれませんね」


 この世に悪役令嬢の婚約破棄がある限り、どこからともなく現れる。

 それが断罪回避請負人。  


 断罪回避令嬢。ニケ・グラジオラスの戦いは、まだ始まったばかりだ――


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