「さあお義姉様、私達の愛の巣に着きましたわ」
メアリに見えない首輪をつけられて半泣き状態で屋敷へ強制連行されてしまいました。
しかし、話はそこで終わりません。なんせお母様の
「まあ、お帰りなさいフェリア」
「私も一緒ですわよ」
「
「実の娘に酷いですわ」
実の母娘で愛を育んでくれていればいいのに。
まあ、これはこれで仲がいいのでしょうけど。
「さあさあさあさあ、今日はミニーアン様が十六の誕生日にお召しになっていた衣装を……」
「そんな古めかしいドレスはお義姉様にはふさわしくありませんわ」
お義母様が『ミニーアン様
「お義姉様のデビュタントの時だってお母様がミニーアン様のデビュタントのドレスを強引に着せて……あんな時代遅れのドレスでお義姉様が恥をかかれたのですよ」
「何を言ってるの。一周回って新しいって好評だったじゃない」
「あれは
「その後も他の令嬢がマネして同じデザインにしてたでしょ?」
「だいたいお母様のその服はお義姉様のものじゃないですか」
「いいでしょう」
「十代の娘の服を着るなどご自分のお歳をお考えなさいませ」
お義母様は今年で御歳三十五……なぜ私のドレスを着られるのです?
しかも意外と似合ってるし……お義母様、恐ろしい子。
それから義母妹の
これ、完全にお義母様とメアリの着せ替え人形です。
なお、私に
私の平穏はどこ(泣)………………
「つ、疲れた……」
やっと二人から解放され私室へ戻った私は行儀悪くソファへと倒れ伏してしまいました。
あの手のドレスは何着も着せ替えられると、かなり体力を消耗するものなのです。
「お疲れ様でございます」
幼い時より私の専属侍女となって支えてくれているカリラは、特に私の素行を咎めもせず乾いた笑いをしながらもいたわってくれました。
「いい加減この家を出ないと私の身が持たないわ」
「そうはおっしゃいますが……」
カリラから冷たい水の入ったグラスを受け取り愚痴っていると、彼女の笑いが苦笑いへと変わりましたが……なんです?
「フェリア様は
「ぶっ!」
思わず水を噴き出してしまいました。
「何ですか藪から棒に」
淑女にあるまじき振る舞いをしてしまったではないですか。
「私はフェリア様が小さい時からお仕えしているのですよ……ですから、フェリア様の
カリラが
「本気になれば家を出るのは難しくなかったはずでは?」
カリラの追及に思わず私は目が泳いでしまいました。
「はぁ……そうね。そうかもしれないわね」
なんだかんだと言いながら、私はお義母様とメアリを愛しているみたいです。
「まあ、お義母様もメアリも私を愛してくれているのは事実だし……かなり変質的だけど」
「素直じゃないフェリア様もたいがいですけれどね」
私が肩をすくめるとクスクスとカリラが笑うのでギロリと睨みつけてやりましたが、カリラは澄ましてどこ吹く風。
バァァァァァン!!
「お
突然、ノックもなしに入ってきたのは世界で一番可愛いく元気で
カリラ! 隣で「ちょっとですか?」と言いたげな視線を送らない!
「メアリ、あなたも成人になったのですから淑女としての慎みを持ちなさい」
少し突き放した感じで窘めるとメアリがシュンとうなだれてしまいました。
くっカワ!
ですが婚約破棄も今回で四回目ですからね。
いくら超絶可愛い義妹でも限度があります。
「メアリ、そこにお座りなさい!」
私はつとめて冷えた声でメアリに命じました。
「やっぱりお
ここはビシッと姉として義妹にキツいお仕置きをしなければなりません。
「今度という今度はさすがに許しません」
私のキツい物言いにメアリもすっかり怯え顔。
私もやる時にはやるのです。
だからカリラ、ジト目で疑わない!
「でもでもでもぉグレーン殿下はお義姉様にふさわしくないと思うのですわ」
「確かにグレーン殿下は少々素行に問題はありましたが……」
「ですわよね?」
いけません。ここで押し負けてはまた流されてしまいます。
「ですが、あのような不良物件しか私のところに回ってこないのもメアリが今まで三回も私の婚約破棄を画策したからでしょう」
「そうでしょうか?」
メアリが不思議そうに小首を傾げるしぐさがなんとも可愛いく……はっ!?
いけません、このあざと可愛い義妹に
「それ以外にありますか」
「でも、一番初めの婚約者カスク・ストレングス様は――」
カスク様は私の一番始めの婚約者で、この国の騎士団長ストレングス侯爵の嫡男です。
騎士道を重んじ真面目で厳格、ですが不器用ながら優しく思いやりのあるとても素敵な……
「――重度のマゾで訓練と称しては部下に模擬剣で打たれて恍惚の表情を浮かべるど変態でしたわよ」
そうでした。
あの男は
「ま、まあ、カスク様の性癖には少々問題はありましたが……」
こらっ!
メアリとカリラ、二人して「少々ですか?」みたいな目で見ない。
「二番目のライ・テンプルトン様は――」
ライ様は魔術師団長のテンプルトン伯爵の長男で、バックに薔薇を咲かせそうな美男子です。
絶大な魔力を誇る魔術師で、温和で人当たりも良い素晴らしい……
「――女好きで手当たりしだい令嬢に声をかける女の敵で、魔力は国でも一番高いですがオツムが残念すぎてまともに魔術を使えない残念貴公子だったと記憶しておりますわ」
そうでした。
あの男は
「ま、まあライ様の素行は多少悪いところもありましたね」
なんですか!
二人して「多少?」と口にして首を傾げるんじゃありません。
「そして三番目のブレンデッド・ジョニウォーカ様は――」
ブレンデッド様!
そうです。この方がおられました。ブレンデッド様なら間違いありません。
ブレンデッド様は宰相のジョニウォーカ閣下のご子息で、学業優秀、品行方正、眼鏡が似合う怜悧な美男子なのです。
どこから見ても完璧な……
「――外面はいいですが超絶マザコン男ですわよ」
「はぁ!?」
「お
マジで!?
「で、ですが、母親を大切にするのは悪いことでは……」
「行き過ぎれば害悪でしかありませんわ」
行き過ぎって……ブレンデッド様はいったいどれほどの?
「何をするにもご母堂の指示を仰がなければ物事を決められない優柔不断な方ですわ。あれをお
「あれ?」
何か聞くのが恐ろしいですが……
「あの方って家ではご母堂を『ママ』、ご自分のことを『ボクちん』と呼んでおられておりますの。『ママァ、今度のデートでボクちん何を着ていけばいいかな?』『昨日、フェリたんをずっと
うそぉぉぉぉぉぉお!
「ブレンデッド様は粘着ストーカー気質もあって三人の中では一番ヤベェ奴ですわ。結婚してたらお
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!
いけません。
グレーン殿下が一番まともに見えてきました。
「ねっ、お義姉様。結婚しなくて良かったとお思いになりません?」
「くっ、悔しいですがメアリの言う通りです」
私の男運って(泣)
「だから、もう結婚は諦めて私と一生一緒にいてください」
がくりと膝をついて項垂れる私の肩を優しく抱いてくれるメアリ。
この子は本当に
義姉妹の愛を確認し合うように抱き合うそのメアリの背後でカリラが冷ややかな目を向けていました。
「私はメアリエーラ様のヤンデレシスコンぶりが一番ヤバイと思いますがね」
ヤンデレシスコン?
…………はっ!?
そうでした。
メアリは私の元婚約者たち以上の
いけません。
メアリに洗脳されるところでした。
「メアリ、私たち貴族令嬢なのです。家のために結婚は義務なのよ」
「そんなぁ」
そんな落ち込んだ顔しないでください。
この娘はなんてアザと可愛いのですか。
罪悪感がハンパないじゃないですか。
「くすん……お義姉様は私がお嫌いなのですね」
「そんなわけないでしょ。メアリはとっても可愛い私の義妹よ。だけど私たちには青い血が流れているの。それは民を庇護する責務を負っているの」
だから、あなたは早く結婚なさい!
これは、貴族として権利を享受する私たち令嬢の義務なのです。
けっして私の都合ではありませんよ?
「知りません、知りません、そんな貴族の義務なんて知りません!」
「聞き分けなさい!」
駄々をこねるメアリに対し、私はついカッとなって怒鳴ってしまいました。
あっ、やばっ……
案の定メアリの大きな翠色の瞳がブワッと潤みました。
「私はただお義姉様と末長く一緒に暮らしたいだけですのにぃ」
ボロボロと涙を流し、うわぁんと声を上げて泣く姿に、いつものごとく私はオタオタしてしまいました。
この子は嘘泣きが得意です。
だからこれは演技なのです。
「ああ、メアリ泣かないで」
ですが、それが演技と分かっていながらどうしても突き放せません。だから、私は優しく抱き締め、よしよしと頭を撫でるのです。
「もう怒ったりしないから」
「本当ですの?」
私の大きな胸に埋めていた顔を上げて、涙の上目づかいで見上げてくるメアリ――くっ、カワでしょ。
「ええ、もちろんよ」
「本当に本当の本当ですの?」
「本当に本当の本当よ」
メアリのあまりの可愛いさに私の意志はあえなく陥落してしまいました。
カリラが呆れ顔で私を見ていますが……だって仕方がないでしょ!
うちの義妹は世界一可愛いんだから!
「まあ、末永くお幸せに」
そう言い残してカリラは退室していったのですが――おい、こら、待ちなさい!
あなた私の専属侍女でしょ!?
主人をおいていくな!!
「お義姉様!」
心の中で叫んでカリラの出ていった扉へ伸ばすかけた手をメアリがガシッと掴んできました。
「私とカリラとどっちが大事なのですの!?」
「い、いや、カリラは私の侍女で、メアリは私の大切な義妹だから比較はできないわよ?」
「やっぱりカリラがいいのですわね」
うわぁぁぁんと再び泣きだすのホントやめて!
「お義姉様は私を捨てるんだわ」
「そんなわけないでしょ」
「私をさんざんもてあそんでおいてぇ」
「人聞きの悪い事を言うんじゃありません!」
ううう……だってぇ、と涙を溜めて訴える義妹に私はハァとため息をついて両腕でメアリを抱き締めると耳元へ口を寄せました。
「もう……メアリが一番大好きよ」
「ああん、お義姉様……私もお義姉様が大好きですぅ」
演技と分かっていながらメアリを甘やかしてしまう私……やっぱり私はメアリが可愛いのです。
「それじゃあ今日は一緒のベッドで寝てもいいですか?」
「メアリももう子供ではないのだからいつまでも
途中で言いかけた言葉を私は呑み込みました。
私は悟ったのです――
「はぁ、仕方がないわね」
「やったー! だからお義姉様だーい好き」
――泣く子と義妹には勝てないと。
「はぁ……」
だから私は今日もそっとため息をつく……