彼の目は吸い込まれそうなほどの奥二重だった。同時に、どう説明したら良いのかが分からないが、私は今動けない。彼は、多分、この世に生きる人ではない。足の膝から下が透けている。上手く説明できないが、そもそも信じたくもないが、私は見えてしまっている。そして、今の私の状態は、俗にいう金縛りだろうか。
あり得ないはずなんだ。第一に私は科学部の人間。科学を元に研究を重ねてきて、その真実を、確かなことを見てきたはずなんだ。幽霊なんて、いるわけがなくて、それを証明できるはずもなかったのに。
見たことのない彼はゆっくりとこちらに近づいてくる。夢だと思いたかった。幻覚だと信じたかった。金縛りにあっているんだろうけれど、口だけは動くということに気づいた。少しだけ唇を噛んでみた。痛い。夢、ではないようだ。
「君、だれ?」
幽霊の彼はそう、私に聞いてきた。どこまで正直に答えたらいいのか、そもそもこんな存在と話していいのか。思考が駆け巡って数秒間沈黙が続いてしまった。
「
彼の目が急に見開かれる。金縛りが解けたのか体が動くようになる。そして、彼は私の前で跪いた。彼の口が震え、さっきよりも顔が青ざめている。
「君……貴方様は、貴族か、豪族であられるのですか……?」
「いや、そんなものでは、ないです……」
「え……?というと……?」
彼の顔には戸惑いが出始める。何故、私に貴族や豪族などと言い、しかも、そのような身分はこの世に存在しないはずで……
「私は、ただの、庶民と同じですよ……?そんな高い身分なんて持ってないですし……」
「そんなはずは……」
彼はゆっくりと立ち上がり周りを見渡す。さっきまでこの空間に居たはずなのだから、周りだって見えていたはずだし。いや、そんな暇がなかったのかもしれない。
「ここは、どこなんですか。」
「私立夕凪学園の理科室です。」
「知らない建物……地名は……?」
「
「同じだ。じゃあ、僕はなんでここに……」
彼の目はより一層戸惑いの目をしていた。多分、彼は昔の人間なんだろう。ほら、昔死んだ人が今になって幽霊となって祟るとか、呪うみたいな感じの。
「ごめんなさい、僕、名前だけ聞いたのに、僕は何も言ってなくて。」
「僕はイミと言います。」
「イミ……?」
「そうです。」
「漢字でどう書くんですか……?」
「……分からないです。ただ、そう呼ばれ続けていましたから。」
「イミ」という音で連想された「意味」と、「忌」。もしかしたら、他の漢字を当てはめるのかもしれない。けれど、イミと名乗る彼はいつの間にかそう呼ばれていたと言うし、多分、私が推測したところで当たるわけもないだろう。
「千夏さんは、読み書きができるんですか?」
「え?そりゃ、当たり前だから出来るけれど……」
「そうなんですね。ここは、僕の知らない世界みたいだ。ここは大和ですか?」
「まぁ、そうですけれど、大和というよりは、日本って言います。」
イミの質問は大体が想定の斜め上のことだった。そりゃ、幽霊だし、昔の人だし、それと話せている私だっておかしいのだろうけれど、それでも、イミは少なくともこの世界を知らないようだった。「大和」だとか、「豪族」だとか、今も通じはするが、現代ではほぼ使われないような言葉を使っている。きっと、それくらい古い人なんだろう。私でさえも歴史の時間にしか聞かないような言葉ばかりだから。
「僕は、もう、死んでいるんです。でも、なんで今ここにいるのかは全く分からないんです。」
「イミ……さんが生きていた時はどんな場所、だったんですか……?」
「呼び捨てで良いですよ。元々、ここ海ヶ浜は海に接していて、山に囲まれていたんです。村人たちは農作業をして生きていました。」
「今は、こんな風に学校だとか建物が並んで、防波堤が出来て、見たことないってことですか……?」
「そういうことです。今聞いた言葉も全く分からないです。ただ、目が覚めたらここにいましたから。一つ、お願いしたいんですけれど、邪魔とかは絶対しませんから、この場所の今を教えてくれませんか?」
「いいですけれど……」
「ありがとうございます。きっと、今僕がここにいることの意味を見つけられるでしょうから。」
イミの目は少しだけ明るくなっていた。さっきまでの私に怯えていた感じとは違う純粋で、好奇心に溢れたような青年の顔だった。私だってイミについて知りたかった。こんな非科学的なものが目の前にいると部員として研究心が芽生えてしまった。
少しの間沈黙が続いてイミと向かい合って見つめあっていた。急にドアが勢いよく開く音がして、驚いてそちらに目を向けた。そこには3年生で部長の