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第7話


 まぶたの裏に、すっと光が射した。頭の中を覆っていたもやがゆっくりと晴れていく。

 直後、少し吐息混じりの声が静謐せいひつとした闇に響く。


「オリヴィアさん」


 レイルの声だ。眩しさに眉を寄せながら、ゆっくりと目を開く。


「んん……レイルくん……?」


 白いレースが揺れる。花の甘い香りがすっと鼻を抜けた。


 起き上がり、後ろに手をつく。 

 ギシッとスプリングが軋む音がして、オリヴィアはようやく自分がベッドの上にいることに気付く。


 ずきり、と頭が痛みを覚えた。


 そうだった。悪役令嬢であるオリヴィアは王宮の牢から逃げてきたのだった。


 レイルに連れられて森に逃げて、そして……。


「……ここ、どこ?」


 周囲を見回す。

 見慣れない部屋だ。王宮のような感じはしないが、豪華な調度品が並んでいる。絢爛けんらんな西洋時計に、天蓋てんがい付きのベッド。どちらもかなり高そうだ。


「おはよう、オリヴィアさん。ここは僕の隠れ家だよ」

「隠れ家……?」


 声の方を見ると、レイルがいた。

 黒のハイネックシャツに細身のパンツ、上からケープコートをまとっていた。髪はくくっていない。

 いつもの清楚な格好と雰囲気が違い、大人っぽい。


「オリヴィアさん……よかった、顔色いいね」


 ぎゅっと壊れ物に触れるように抱き締められる。


「わ……あ、あの……レイルくん?」

「ん〜オリヴィアさんいい匂い……可愛い」


 首筋にレイルの吐息が触れ、びくりとする。

 ろくな男性経験のないオリヴィアには、寝起きから刺激が強過ぎる。


「そのドレス、すごく似合ってる」

「ドレス……?」


 抱き締められたまま、自分を見る。

 オリヴィアはハイネックの白いリボンブラウスに、桃色のコルセットスカートを合わせていた。


 スカートには花柄の刺繍が施されている。

 腰の部分はリボンでキュッと締まっているのに、締め付けがない。


 寝ていたのに皺の一つも付いていないところを見ると、かなり質のいいドレスだ。


「ほ……本当だ、可愛い」


 これまでのオリヴィアとしてのドレスよりも品があって、清楚な感じがする。なによりオリヴィアの好みだった。


「でしょ? 他にも君に似合いそうなものたくさん用意しておいたから、好きに使ってね」 


 と、レイルはクローゼットへ視線を流した。


「これ……どれもすごく素敵だけど、どこで買ったの?」

「僕が作ったんだよ」

「えっ!? レイルくんが?」


(すご……)


「これ、魔力増幅の効能もあるんだ。結構好評なんだよ」


 レイルがそっとオリヴィアの頬を撫でる。ぞく、と背筋が粟立った。


「全部君のためだ」


 レイルらしくない、淡々とした低い声だった。ひやりとする。


「この家も、服も、全部、君を守るために作ったんだよ」

「私のため……?」

「これから君は、ここで僕と暮らすんだ」

「で、でも、国のことはどうするの?」

「大丈夫。君はなにも気にしなくていいんだ」


 レイルは再びオリヴィアを抱き締めた。


「オリヴィアさん。僕と一緒に暮らしてくれるよね?」 


 そっとレイルがオリヴィアを覗き込む。


(その顔は反則……)


 ぐ、と言葉に詰まった。


「オリヴィアさん?」


 オリヴィアはこくんと頷いた。


 こうして、オリヴィアはレイルとともに暮らすことになったのである。


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