ウミウシで宿をとって、今後について大人たちで相談することにした。子どもたちは隣の部屋だ。
「オレは、ウミウシで子どもたちが生きていけるようにしたいと思う」
「なぜじゃ?」
「カイリは漁師になりたがっているし、他のみんなもこの町にはなにか特別なものを感じているように見えた。村のことを思い出すのはツラいことだと思っていたけど、そんなことはないのかもしれない。
みんな、しっかりしていて強い子たちだ。だから、馴染みのある海のある町で生きていくのが、いいんじゃないかと思う」
「わしは…わしには…人間のことはわからぬ…子どもたちに聞いてみぬことには…」
「もちろん、1人でもイヤだと言えば別のアイデアを考える」
「…わかった」
「ただ、具体的なアイデアはまだない。理想的なのは、子どもたちが生活していけるだけの商売をはじめることだね」
「子どもだけの商売は危険じゃないですか?1番怖いのは強盗とかですが、単純に客に舐められてお金をもらえない、とかありそうです」
とステラ。
「たしかにね、オレもそれについてはずっと考えてた。でも、その問題は解決できると思う」
「そうなんですか?なら、どんな商売をするかですね。う~ん…
カイリは料理が上手なので、私がもう少し教えて食堂とかはどうでしょう?」
「いいアイデアだと思う。でも、この町って正直あんまり栄えてないよね?子ども5人分の生活費って、食堂だけで稼げるかな?」
「そうですね。今日一日、町を見て回った限りですと、観光客はほとんどいなくて地元の人ばかりのように見えました。そうすると、地元の人だけを当てにした食堂だと、難しいかもしれません」
「だね、オレもリリィと同意見。でも、ステラのアイデアは取り入れたいと思う。
食堂兼なにかだ。ソフィアはなにかある?」
「う〜ん…商売になるかはわからないけど、前にライに教えてもらった釣りは?あのとき、海ならもっと大きな魚が釣れるって言ってなかった?」
「……釣り……釣りか……そうか…たしかに…ソフィア!それいけるかも!」
♢♦♢
次の日、この世界に釣りというものがどれだけ普及しているのか、ウミウシの人たちに聞いてまわってみた。
まず、漁師たちに聞くと、「魚なんて網で取れば一網打尽だ!なんでそんな棒切れで魚をとるんだ?」と心底不思議そうに質問された。
その後、漁師以外の八百屋とか雑貨屋の店主にも聞いてまわったが、「釣りなんてもんをやってるやつは見たことがない、あぁでもどっかの民族がそんなことやってるんだっけ?」という反応が返ってきた。
つまり、少なくともグランアレス自由国内では普及していないようだった。
もちろん仲間たちや子どもたちにも質問した。
答えは、みんな「釣りなんて知らない」、とのことだった。
ノアールは、銛で魚を突いたことがあると自慢げに話していたが、その文化も知られていないようだった。
魚突きのアイデアも商売に活かせるかもしれないな。
♢♦♢
調査が終わったあと、オレは魚を卸している市場に出向いた。そこで、ウミウシの町長を紹介してもらう。
市場で働いていた町長に話しかけると、市場の一室に案内してくれた。町長は漁師もやっていて、兼任しているとのことだ。
「――はい。ですので、ウミウシで新しい商売を始めたいと思っていまして」
「そうか。でも、そんな娯楽みたいな商売上手くいくのか?」
「えぇ、娯楽みたい、というか娯楽そのものです。ウミウシを観光名所にしてみせます」
「ははは!そんなことが出来るなら大歓迎だよ!この町も昔は栄えていてね〜。あのころは良かった。魚を食べにいろんなところから客が来たもんさ。
なんせ、あのころは魚を仕入れるところはこの町しかないわ、上手く運搬する方法もないわで――」
「そうですか、そうですか。なるほど、それはすごい!」
とニコニコと聞きなが…元気よく相槌を打つ。
う~む。やはり、どの世界でも年寄りの話は長い……
「――で、今ではこの有様さ。あぁ、で新しい商売がしたいんだったか?どこでやるつもりだい?」
「はい。まずは港の中でやろうと思っています。ですので、港の中で船10隻分くらいの係留スペースを買わせてもらえないですか?」
「ほう?まぁそれはいいが、釣りとかいうのをやるんじゃないのか?」
「えぇ、そのつもりです。できれば、あの灯台に近い付近がいいのですが」
窓から見える港の一部を指さし、町長に相談してみる。
「あぁ、あのあたりは市場から遠いし、人気のない場所だから問題ないが、あんなところでいいのか?」
「えぇ、大丈夫です」
「じゃあ、書類を用意しよう」
オレは漁港の一部の使用権を30万で購入した。一隻分3万ルピーだから10隻分で30万だ。
昔は1隻20万だった、と町長の長話が再開したので、イヤな顔をせず耐えることにする。町民と仲良くしないと、この商売は上手くいかないだろうしね。
♢
町長から解放されてから、漁師たちに協力してもらい、オレが購入した港の係留スペースを網で囲んでもらった。
あとは、売り物にしない魚を格安で100匹ほど購入する。そして、先程囲んだ網の内側に放流してもらった。
簡易的ではあるが、海上釣り堀の完成である。オレは完成した釣り堀を腕を組みながら満足げに眺める。
漁師たちには、「こいつはなにをやってるんだ??」と終始不思議な顔で見られ続けたが問題ない。
見ているがいい。
これから私のビジネスが成功するのをなぁ!ふははは!
………うまくいくよね?
♢
港から宿に戻る途中で郵便局に寄り、ディグルム商会宛に手紙を書いた。
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ディグルム殿へ
超絶面白い商売があるから、いますぐウミウシの漁港に来てください。
ライ・ミカヅチ
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という内容の手紙を送っておく。
そして宿に戻ったら、みんなに手伝ってもらい、釣り竿を作った。とは言っても、木の棒を取ってきて、先っぽを削って糸を結ぶだけだ。あとは、針と餌をつけて完成。
それと、漁に使う網を切り分けて、タモを作ろうと試みる。が、難しい…どう作ればいいのやら。
「パパ、なに作ってるの?」
「んー、タモっていう、こういう魚をすくうための道具なんだけど」
オレが身振り手振りで伝えると、ノアールが絵に描いてくれた。
「そう!こういうの!」
「ティナねぇね!これ作って!」
「ふむ?なにか鉄の棒はあるか?」
オレは雑貨屋で農具を買ってきて、ティナに渡す。
「土の精霊よ」
ティナが唱えると、鉄がグニャグニャまがり、タモの外枠が形成された。そこに網をくくりつければ完成だ。実に便利な魔法を使えるエルフちゃんだ。
「なによそれ!おもしろいわね!どうやってるのよ!」
うちの天才魔法使いがめちゃめちゃ食いついていた。
「精霊の力じゃ」
「教えなさいよ!」
「これは魔法ではないから、おぬしには無理じゃ」
興味津々なソフィアだったが、真似はできないようだ。
とにかく、準備は整った。
あとは、ちゃんと釣りが娯楽として成立するのか、みんなで試すだけだ。