コツとやらは案外と簡単に掴めた。
要は月光浴をする時と同じだ。
自身の心をなるべく外界から遠ざけ、その上で光にだけ意識を集中する。
すると、ケィルフの言うところの『こころのひらいた』状態になる。
ただし、月の光を浴びるようなつもりでこれをやるとこの間のようになってしまう。
遥か彼方にあるお月様の、弱々しい光を受け取るのとはわけが違うのだ。
『こころをとじる』時はこの逆だ。
五感を強く意識して、外界に注意を向ける。あとは霊気結晶を直視しないように気をつければ完璧。
この状態では魔力――ケィルフたちの言葉では『霊気』――を受け取ることができなくなる。
個人的には『ひらく』と『とじる』が逆だと思うのだけれど、そこを議論しても仕方がない。
何度か遮光布のお世話になりつつ、どうにかちょうどいい加減というやつを身に着けることができた。
もっと慣れてくれば、魔法を行使しながら開き加減を自在に調整できるようになるらしい。
イェラナイフ曰く、それができるようになれば結晶の光が届く範囲では無敵に近い力を発揮できるという。
それはそうだろう。ほとんど無尽蔵に魔法が行使できるようになるんだから。
そうなればあのナイフなしでもカリウスに勝てたに違いない。
そういったわけで、私は今、魔法を使いながら同時に魔力を取り込む訓練をしている。
具体的には土木工事だ。
持ち込んだ鉢植えのツタを無尽蔵の魔力で強化し、ブンブンと振り回して遺跡を整地している。
イェンコのお腹ほども太くなったツタを一振りするだけで、石造りの家が簡単に崩壊する。
「おいおい、そんなに飛ばして大丈夫か?」
イェラナイフが呆れたような調子で私に声をかけてきた。
私は破壊の手をいったん止めて、心を『とじる』。
それに合わせて、鉢植えのツタがシオシオと縮んだ。
「なにが? もしかして私、光り始めてる?」
「いいや、まだ大丈夫だ」
「じゃあ、まだいけるわね。
もう少し『ひらいて』みようかしら?」
大きく『ひらけ』ば、それだけ大きな力を使える。
もっと開いても大丈夫だろうというのは感覚的に分かっていた。
だけど、微調整となるとなかなか難しい。そしてもっと難しいのはそれを維持することだ。
油断するとすぐに全開になってしまう。
特に魔法を行使中は開き加減がぶれやすいので、あんまりギリギリまで開けておくと危ないのだ。
この辺りは練習しながら慣れていくほかないのだろう。
「あまり無理するなよ。
霊気を一度に通しすぎると、人の姿を保てなくなるって話だ」
彼の言葉に思わずギョッとした。
踊る女たちの歪んだ顔が脳裏をよぎる。
「それってどういうこと?」
「わからん。少なくとも、記録に残ってる範囲じゃそこまで霊気を使った精霊憑きはいない。
それでもそういう言い伝えは残っている。
おそらく、〈大移動〉前にやらかしたやつがいたんだろう」
「ふうん」
私は興味のない風を装った。
気にはなるけれど、この話題をつつき続ければ、あの女たちにも話が及びかねない。
「だったら、なおのこと限界を掴んでおかなくちゃ。
この力を使って地龍と戦うつもりなんでしょう?
戦いの最中に布を被る羽目になったら目も当てられないわ」
「そりゃそうなんだが……」
「心配してくれるのはありがたいけれど、私にとっても大事な戦いなの。
できる限りのことはしておきたいわ」
少しでも多くの力が欲しい。
後悔なんてしたくない。
「ところで、貴方の方はどうなの?
戦い方はもう決まった?」
私の問いに、イェラナイフはいつもの笑みを浮かべて答えた。
「大まかな方針はもう決めてある。
地形は申し分ない。
あとは、ドケナフ次第だな」
ドケナフは霊気結晶の周りで何か探し物をしている。
イェラナイフ以外の仲間も、今は皆そちらを手伝っているようだ。
「ドケナフたちは何を探しているの?」
「ご先祖の置き土産さ」
「なにそれ」
この遺跡はほとんど空っぽだ。
こうして建物を粉砕する前にも何か貴重なモノがないか覗いてみてはいるけれど、せいぜい割れた食器や家具らしき残骸が残っている程度。
金銀財宝なんて見たことがない。
どうやら彼らの祖先がこの遺跡を後にするにあたっては、十分な準備時間があったらしい。
だいたい、宝探しなんてしてる場合じゃないのは彼自身よくわかっているはずだ。
「霊鋼だ」
それを聞いて私は首を傾げた。
「貴重なモノなんでしょ?
そんなの、まっ先に持ち出すにきまってるじゃない」
イェラナイフがなぞなぞ遊びをする子供のように意地悪く笑う。
「いいや、当時はまだ貴重じゃなかったのさ」
どういうことだろう?
昔はそんなにありふれたものだったのかしら?
そこまで考えて、ふと気づいた。
なるほど、それで置き土産というわけね。
「ドケナフの言ってた光曝炉って、霊鋼を作るための施設だったのね」
「気づいたようだな。
そうとも、ご先祖様はいずれこの地に戻るつもりだった節がある。
だったら、光曝炉に鋼をセットしてからここを出たに違いないと俺は考えている。
そうすれば、いずれ子孫が戻ってきた時に、その分だけ長く霊気に晒された鋼が手に入るって寸法だ。
まあ、推測に過ぎないがな。
光曝炉を見つけたものの、空っぽだったってのは十分ありうる。
そうなるとかなり厳しいが……」
それっきり彼は視線を落として、むっつりと考えこんでしまった。
多分だけれど、元々は霊鋼が見つからなければその時点で撤退するつもりだったのだろう。
私のせいで無理ばかりさせてしまっているような気がする。
イェラナイフはこちらに視線を戻すと、表情を少しだけ緩めた。
「そんな顔をするな。何とかなるさ」
そう言って、私が作り出した広い更地を身振りで示す。
「こんな強力な魔女が仲間になってくれたんだ。きっと勝てる」
どうやらまた気を使わせてしまったらしい。
そんなに顔に出てたかしら?
「そもそも、今俺の頭にある計画はお前がいなくちゃ成り立たん。
勝敗の半分はお前さんの魔法にかかっているといっても過言じゃない」
とはいえ、こんなふうに言われれば悪い気はしない。
「それじゃあ、張り切って練習を続けようかしらね」
私がもう一度『ひらこう』としたその時、イェラナイフから待ったがかかった。
「誰か来る。ありゃドケナフだな」
彼の言うとおりだった。
視線の先を辿ると、鷲鼻の鍛冶師が喜色を満面に浮かべながらこちらへかけてくるのが見えた。
「あれはもう、報告を聞くまでもないわね」
「だな」
イェラナイフも苦笑いだ。
「さてと、必要なものは全部揃った。
皆のところへ行こう。作戦を説明する」
*
「この場にはリリーもいるからな。
まずは順を追って説明する」
イェラナイフは霊気結晶のすぐ下に設けられた拠点に皆を集めると、そう宣言した。
「皆も知っての通り、地龍どもは全ての眼を潰さなければ死なないと言われている。
それも同時にだ。奴らは非常に高い再生能力を持っているからだ。
これは過去の交戦事例によれば、眼の数は通常三つ。
中には五つの眼を持つものもいたようだ。
基本的には眼が多いほど強くなると言われている。
そして、今回の地龍はその眼を六つ持っている。
記録に残る限りで最多の眼を持つ、最強の地龍だ。
奴に対しては大弩による攻撃も無効で、その眼を覆う薄膜によりはじき返されてしまった。
加えて、全身から光の触手を生じさせて戦士たちの接近をも拒んでくる。
先の〈はがね山〉防衛戦においては、大勢の戦士を囮として投入して触手による防御を飽和させ、それに乗じて霊鋼製の武器を預かった最精鋭の戦士六名が突入。
内五名が奴の眼を潰したことにより、かろうじて撃退に成功した。
ただし、潰した目は戦闘後、短時間のうちに修復されたものと推定されている」
攻城戦用の大型投射兵器ですら無効。通用するのは霊鋼でできた武器だけ。
だけど接近するには人海戦術が必要。
なるほど。とても絶望的だ。
「だが、幸いなるかな。
当地には偉大なる先人が残して下さった霊鋼と、その加工法を知る一流の鍛冶師がいる。
霊鋼で鏃を作るという、本国では決して許されないであろう贅沢がここでは可能だ。
ここに勝機がある。
霊鋼の鏃であれば、眼を防護する薄膜を貫通できる可能性が高い。
我々は、大弩による狙撃で奴を仕留めることができるはずだ」
イェラナイフは仲間たちを見回して反応をうかがう。
誰も何も言わない。本当にそんなことが可能なのかを推し量っているのだろう。
皆が黙り込む中、ネウラフが鼻を鳴らした。
口数が少ないこの男にしては珍しいことに、何か言いたいことがあるらしい。
イェラナイフが彼に向かってうなずき、発言を促す。
「当てられるのか?」
ネウラフはそれだけ言って言葉を切り、すぐに咳を一つしてから言い足した、
「もちろん、俺は当てて見せる。
だが、他の奴らはどうだ?
射撃については素人だと思うが」
「私も同意見です」
と、続けてディケルフ。
「私も一人前の男ですから大弩の操作ぐらいはできますが、動く的に確実に当てられるかというと……」
驚いたことに、彼らの国では大弩の操作ができないと一人前とはみなされないらしい。
当然ながら私はそんなものの操作はできない。
「その点についてはな、ネウラフ。
お前さんには射手としてではなく、兵器技師としての腕に期待している。
照準調整の名人でもあるときいているぞ。
お前が調整すれば誰でも的に当てられるようになるという評判だったが」
「そりゃ的が据物ならな。
距離さえ分かっていれば、素人でも百発百中できるように仕上げて見せる。
だが、的が動くなら結局は射手の腕がモノを言う。
どれだけ調整しようがこればっかりはどうにもならん」
「問題ない。そこで、ディケルフとリリーの出番というわけだ」
イェラナイフがこちらに向き直った。
「お前たち二人には、確実に狙撃が行えるよう地龍を拘束してもらう」
「了解しました、隊長。
具体的には、どのような罠を作ればよいのですか?」
「落とし穴だ。より正確に言えば溝だな」
イェラナイフはそういった後、私に補足説明をしてくれた。
なんでも、地龍は寸詰まりの蛇のような姿をしているらしい。
「深さはそうだな。奴の胴体が半分沈むぐらいがいいだろう。
それ以上深くなると眼が隠れてしまう。
その溝にやつを落とし込み、リリーのツタで拘束する。
だが、ただの溝では奴に避けられてしまう。
そうと気づかれぬよう偽装が必要だ」
「お任せを! 地龍のやつを必ず枠にはめて見せます!」
「リリーはどうだ?」
私としてはどうだと振られても困るのだ。
「私は地龍を見たことがないから何とも言えないわ」
「ふむ。もっともだな。まあ心配するな。
お前の力はさっき見せてもらった。
あのツタなら、十分に奴を捕らえることができるはずだ」
イェラナイフがそういうのなら、きっとできるのだろう。
「わかったわ、任せてちょうだい」
イェラナイフが満足げに頷いた。
「方位盤の示すところによれば、地龍の襲来は五日後と考えられる。
全員で作業すれば、歓迎の支度は十分に整うはずだ。
ケィルフとリリーを除くメンバーは、決戦時には大弩の射手となってもらう。
溝の掘削と偽装作業の合間に、ネウラフより狙撃の訓練を受けておけ。
詳細な作業計画については、ディケルフと相談の後、追って伝える。
現時点で何か質問はあるか?」
すっと手が上がる。イェルフだった。ひどく難しい顔をしている。
イェラナイフが発言を許すと、彼は重々しく口を開いた。
出てきた声はまるで縋るようだった。
「俺の槍に出番はないのか?」
イェルフの質問に、イェラナイフが一呼吸ほど間を開けてから答えた。
「ない。先ほど伝えたとおりだ。
今回は射撃で仕留める」
イェラナイフのにべもない答えに、イェルフが食い下がる。
「だが、射撃はあまり得意じゃない。不確実だ。
俺だけでも槍で――」
だけど、イェラナイフは断固とした口調でそれを遮った。
「それでは残りのメンバーがタイミングを合わせることができない。
なにより、拘束後も光の触手は無効化されていないだろう。
一人で突っ込んでも、接近すらできまい」
イェルフが泣きそうな顔で肩を落とした。