「
「当たり前だ。ボクも冗談でこんなことは言わない。警察に務めている叔父さんから、今朝、聞いたんだよ……」
「そんな……稔梨が……なんで……」
憲二さんから葛西のことを聞かされたときの自分と同じ反応だと感じつつ、
彼女は、浴衣に合わせた柄の小袋(巾着という呼び方であっているだろうか?)からスマホを取り出そうとしたのだが、手が震えていたため、端末をコンクリート敷きの歩道に落としてしまった。
「大丈夫?」
スマホを拾い上げ、手渡しながらたずねると、彼女は、無言でコクンとうなずいたあと、端末を受け取って語りかける。
「稔梨の家に行かなきゃ! 野田くん、一緒に来てくれる?」
今度は、ボクがポカンと口を開ける番だ。
「えっ? 葛西の家に? どうしてボクが?」
「どうして? って、稔梨が死んだことを知っているのは、野田くんだけでしょ? それに、わたし一人じゃ不安だし……」
後者の理由は、まだ理解できるが、前者の理由は、亡くなった同級生の自宅を訪れるのに十分な理由になっているのだろうか?
そんなことを考えながら、返答に困っていると、クラスメートは、有無を言わさず、こちらに決断を迫ってくる。
「どうなの? 一緒に来てくれるの? 来てくれないの?」
「わ、わかったよ……一緒に行くから、葛西の家を知ってるなら、案内してくれ。ただし、その前に……」
「その前に、なによ?」
「湯舟、葛西の家に行くのに、その格好のままじゃ、不味くないか?」
ボクが、その浴衣姿を指差して指摘すると、彼女は「あっ」と、声を上げ、軽く両手を広げて自分の服装をあらためて見直した。
「そっか……そだね。家に戻って、着替えてくる! 野田くん、悪いけど時間を潰しててくれない? すぐに戻って来るから」
そう言って、ボクの返事も待たずに、湯舟敏羽は踵を返して自宅(と思われる方向)に戻っていく。
「へっ? おいおい……」
亡くなったクラスメートの自宅を訪問するのに、夏祭りっぽさの漂う浴衣姿はどうなんだろう? という意味を言外に込めて指摘したのはたしかに自分自身だったけど、彼女の行動の突拍子の無さっぷりには呆れてしまう。
(仕方ない……葛西の家に行く前に腹ごしらえでもするか……)
そう考えて、駅前近くのバーガーショップに入る。ランチタイムとサラリーマンたちの帰宅時間の狭間の時間帯だからなのか、幸いなことに、店内ではすぐに席を確保することができた。
高級志向のためか、商品の提供まで、ファストフードとは言い難い待ち時間を要求されるチェーン店のロースカツバーガーのオニポテセットを待ちながら、先ほどの湯舟敏羽の慌てぶりについて考える。
明るい性格で、いつもクラスの中で中心的な位置にいる湯舟と違い、ボクの中の印象では、葛西稔梨は、どちらかと言うと地味な印象の女子生徒だった。
ただ―――。
あの動揺ぶりを見ると、ボクが知らないだけで、もしかすると、湯船と葛西は仲が良かったのだろうか?
二人とも、2年になってから同じクラスになった生徒なので、以前のことは良くわからない。もっとも、異性の交友関係を深く詮索しないことは、平和な学校生活を送る上での必須事項であり、そのことを身をもって経験しているボクとしては、湯舟敏羽自身の口から葛西との関係が語られるまでは、こちらから、質問したりしないでおこう、と心に決めた。
そうして、ボクなりに今後の方針を固めつつ、出来上がったバーガーセットをあらかた食べ終えた頃、スマホのメッセージアプリにクラスメートからの着信が入った。
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お待たせしてゴメン!
いまから祝川駅に行くから
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湯舟敏羽とLANEのIDを交換した記憶は無いんだけど、どうやら、クラスのグループチャットから、ボクのIDを検索して、連絡してくれたみたいだ。
ボクは、クラスのグループLANEで発言することは少ないから、良く見つけることが出来たな、と思うけど……。
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了解!
駅前のバーガー店にいる
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ドリンクのカップに残った氷を口に含みつつ、店内のWi−fiに接続したスマホをいじっていると、しばらくして、クラスメートがやってきた。
ガラス張りのカウンター席に座っていたためか、店の外からボクを見つけた彼女は、店内に入って来て声をかけてくる。
「待たせちゃって、ゴメンね。それじゃ、稔梨の家に行こうか?」
自宅に戻って着替えて来たという彼女は、白と黒のトップスに丈の短いジーンズというスタイルで、普段、教室などで見る制服姿よりも、さらに大人びた印象に映った。TPOに合わせた服装というものについて、ボクは細かなルールを知っているわけじゃないけど、少なくとも、亡くなった同級生のオタクを訪問することについては、さっきの浴衣姿よりは、ずっと良いと感じる。
そうして、湯舟敏羽の言葉にうなずいたボクは、彼女の道案内に従って、亡くなったクラスメートの自宅に赴くことになった。