「わかった。この画像は、善良なる市民の情報提供として受け取っておこう。LANEで良いから、あとで、俺に送っておいてくれ」
「ありがとう、憲二さん」
そう言って、ボクが微笑むと、叔父は話題を変えるように、「そう言えば……」と、別の話しを切り出した。
「耕史、おまえ、まだ俺に話してないことがあるだろう?」
「えっ、なんのこと?」
急な話題の展開と、本職の刑事から身に覚えが無い疑惑を掛けられたことで、ボクの声は上ずってしまう。
「隠しだてするな。おまえのクラスの担任のことだよ」
「へっ? 三浦先生?」
ボクを追及する構えに見えた叔父の口から、あまりにも意外な名前が唐突に発せられたので、ボクはさらに混乱する。
「三浦先生がどうしたの? まさか、先生も事故に遭ったの?」
「そうじゃない。俺が聞き込みの担当になったんだよ。この夏休み、おまえたちのクラスで事故に巻き込まれた可能性のある生徒は二人目だろう? 担任教師にも聞き込みをするのは当然だ」
「そ、そうなんだ」
「そこで、だ……自分の担任がどんな先生なのか、保護者に報告する義務くらいあるんじゃないのか?」
「その義務は、四月に果たしてるよ。今年のクラス担任は、女性で英語の先生だって」
「大事な情報が抜けてるだろう? あんな美人に出会ったのは、俺の人生でも――――――」
「憲二さんの人生で二回目とか? 一回目は、ウチのクラスの湯舟敏羽の母親?」
そう指摘すると、保護者兼叔父でもある中年男性は、「余計なことは言わなくてイイ!」と、ボクをたしなめながら、
「おまえが一言、言っておいてくれれば、もう少し、緊張感を持って訪問できたんだ」
と、顔を赤くしつつ、ほおをかく。
なるほど、そういうことか……。
ボクにしても、初めて三浦先生を見たときの驚きについては、以前に語らせてもらったことがあると思うので、憲二さんの気持ちもわからなくはない。
ただ、日本国憲法第19条(だったと思う)で保障されている思想と良心の自由、いわゆる内心の自由は別にして、今どき異性の容姿についての優劣を他人に話すようなことは物議を醸す話題になってしまうのではないだろうか?
いや、そんな堅苦しいことを言わなくても、そもそも、担任教師の容貌についてまで、保護者に報告するなんて、普通の高校生はしないと思う。ちょっと、特殊な家庭環境にあるボクでも、そうした価値観は、他の同世代の生徒たちと大きく変わらないはずだ。
「先生は、どんな様子だったの?」
「そりゃ、驚いてたさ。四日前に続いて、二人目だろう? ショックを受けるのも無理はないさ。事故に遭った仲田って生徒の容態をずい分と気にしていたな」
「そりゃ、そうだろうね……ボクだって、気がかりだもん。たとえ、今日、彼女と会っていなくても、そうだと思う」
「そうだな。ただ、おまえが三浦先生について、もう少し、詳しく話してくれてりゃ……」
「話してれば……なんなのさ?」
「先生の住むマンションをたずねる前に、駅にある理容室で、髪を整えて、ヒゲを剃って行ったってことだよ」
落ち込みながら語る叔父のことを思うと、ボクは、申し訳ないことをしたと感じると同時に、これまで自分の面倒を見てくれている憲二さんのことが愛おしく思えるようになった。
「それで、ボクのことは話したの?」
「話さない訳にはいかないだろう? ついでに、おまえの学校のようすも聞いてきたよ」
「それは、通常の業務……刑事の聞き取り捜査の範囲外だろう? 越権行為だ!」
「心配するな。学校生活に問題は無いって、太鼓判を押してくれたよ。おまけに、保護者の叔父さまの教育が行き届いているんですね、と三浦先生は褒めてくれたぞ」
いい歳をして、嬉しそうに顔を赤らめているのだから、始末におえない。
「ちゃんと、ボクが炊事・洗濯・そうじをしているってことを伝えてくれた?」
「必要のないことは伝えていない」
「ヒドイ……我が家にとって、いちばん大切なことじゃないか?」
ボクが抗議の声を上げても、叔父は、一向に気にしたようすはなく、「それよりも……」と、この話題を終わらせようとする。
「あの先生のためにも、今回の事件に決着をつけなきゃならんな」
「色々と言いたいことはあるけど、県警全体が、憲二さんと同じモチベーションで捜査をしてくれることを願うのみだよ」
「あぁ、若いのにシッカリとした考えを持った先生のようだしな。一人暮らしのわりに部屋もキチンと片付いていたし。しかし、向陽学院の教師ってのは、良い給料をもらってるんだな。トアロードなんて、あんな街なかのマンションに住んで……」
「それ以上、先生の個人情報を生徒に漏洩すると、あとで大問題になると思うよ」
ボクが指摘すると、憲二さんは、「わかってる」と短く返答したあと、いつもの質問をしてくる。
「それより、阪神は勝ったのか?」
「知らないよ。今日は、あんなに雨が降ったんだから試合は中止だったんじゃないの?」
「いや、今日はドーム球場での試合のはずだから、中止は無いだろう?」
そう言って、スポーツニュースで確認しようと考えたのか、叔父はボクの自室を去って行った。