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第3章・第12話

 彼女のマンションでも少し話したけれど……三浦先生の好みのタイプとは、どんな人物なんだろう?


 と、キッチンの片付けをしながら、ボクは考える(もちろん、学校でSDG'sの学習をしているボクの世代にとっては、先生の恋愛対象が異性であることを決めつけるのは、危険だと思っているが……)。


 ボクたち生徒の預かり知らない過去の何処かで、特殊な趣味に目覚め、髪もろくにとかさなければ、放っておいたら年中、黒一色のズボンとスーツで出勤するような中年男性に目がない、という特殊な好みであることも、絶対に無いとは言い切れないけど、そんな測定限界値以下、単勝オッズ400倍以上の低確率に期待するのは、いくらなんでも分が悪すぎる。


 ただ、さっきまでは、今日、買ったような服装で、20年物の国産車ではなく、ドイツ車やイタリア車で先生のマンションに乗り付けることがあれば、400倍の超大穴のオッズが、単勝30倍くらいの穴馬くらいにはなるかも知れない、と考えていた。


 ところが、どうだ。お古の国産車でも、パリッと服装を決めれば、三浦先生は憲二さんと買い出しに出掛けることを厭わなかった。


「若いのにシッカリとした考えを持った先生のようだ」


 というのは、刑事である叔父の三浦先生に対する評価なわけだけど、その人物眼のとおり、先生が所有している愛車でヒトを判断するようなタイプでなければ、いよいよ、叔父にも微かなビクトリーロードが見えてくるかも知れない。


 そうして、何度かデートを重ねて、お互いを憎からず思い合う仲にでもなったりしたら、あの三浦渚みうらなぎさ先生が、ボクの家に住む保護者の一人という事態も発生するかも知れないのだ。


 三浦先生が、ボクの家に住む――――――。


 三浦先生がこの家で寝起きし、三浦先生が憲二さんとボクに食事を作り、三浦先生が洗濯し、三浦先生がそうじをしてくれたり……。


 三人で朝食をとったあと、憲二さんはいつもの職場へ。先生とボクは一緒に学院へ……。


 夕食も、これまでのようにボクが焼いたり、煮たりしただけの彩りもナニもない魚料理なんかじゃなくて、クッキング教室で習うような欧風の華やかなサカナ料理を提供してくれるに違いない。憲二さんも、そんな料理を楽しみに、きっと、いつも早く帰ってくるだろう。


 そこでは、ボクが長らく経験していない、食卓を囲んでの一家団欒というやつが繰り広げられるかも知れない。


 そして、受験を控えたボクは、二階にある自室に戻り、憲二さんと先生は寝室へ――――――。


 そこで、まさか朝までプレイステーションに興じるわけではないだろうし、湯舟の母親と交際していた頃と違って、もう避妊に気を配る必要などないのだ。ただ、毎晩、自室の階下でが行われたら、受験勉強に専念しろ、などと忠告を受けても、とても受け入れられないだろう。


 身寄りのなくなったボクを引き取るという貧乏くじを自分から引き受けたこれまでの恩義はあるにしても、それでは、コチラの神経がもたない。ここは、これまでの恩に報いるために、涙をのんで、一人暮らしのためのアパートを借りるしか無いか……それが、自分にできる憲二さんへの最大の恩返しだ――――――。


 ふと、そこまで考えが及んだところで、自分の想像……いや、妄想の内容があまりにも具体的に進みすぎて、ボクは自身の顔が紅くなるのを感じた。似合わない恋のキューピッド役になろうと無理をしたことが良くなかったのだろう。どうも、頭が正常に回っていないようだ。


 自らの想像力のたくましさに自分で呆れつつ、ため息をついていると、玄関のベルが鳴り、そこから漏れ聞こえてくる声で、二人が帰宅してきたことがわかった。


「さすがは、いかりスーパーだな。高級品の品揃えが豊富だったぞ」


「へぇ、そうなんだ」


「活きの良さそうな鯛が買えたから、今日は、ポワレとペルシャードを作らせてもらうわ」


「わ〜、スゴい! 楽しみだなぁ!」


 無能なキューピッドは、語彙力を失ってしまったかのように応答し、


「じゃあ、なにかあったら読んで下さい!」


と続けて、自室にこもることにした。洗面所で手洗いを済ませてから、買ってきたばかりの可愛らしいデザインのエプロンを身につけようとする先生の姿を視界の中心に置くことを本能が拒否した、というところだ。


 それから、どれくらい時間が経ったのかはわからないけど、階下からは、バターの香りとともに、食欲をそそるニンニクや香草の香りがただよってきた。


 においに釣られて、リビングに向かうと、憲二さんが「ちょうど良かった」と笑顔を見せる。


「腹が減ったんじゃないんじゃないかと思って、呼びに行こうと思ってたところだ。もう少しで、食べられるらしいぞ?」


 そう言った憲二さんの表情は、これまで見てきたものの中でも、一番輝いていたかも知れない。

 夕食を囲んだ団らんの席で、叔父は阪神タイガースの暗黒時代と現在の強豪ぶりを熱心に語り、先生は、その話に相槌を打つように、何度も首をタテに振っていた。

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