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私が求めた一人の男
私が求めた一人の男
夜月 純夢
BLファンタジーBL
2025年06月29日
公開日
5,246字
連載中
国立学院に通う王太子のバルタザール そこで彼は一人の男に出会う 作りもののような精悍な顔立ちに、熟れた果実のような紅い唇 そしてその容姿すら添えものにしてしまう、彼の自信に満ちあふれた性格と誰にもなびくことのない立ち振る舞い 彼は誰もを魅了して、そして誰にも手に入れることのできない存在 ヘルムートへの気持ちは、もはや恋 友人になりたい? 恋人になりたい? そんなおこがましい願いは抱かない それでも、たった一刻、そばに寄り添って欲しい その一刻を願うバルタザールの、願いが叶う物語

第1話

「ヘルムート! 其方、私が誰かわかっていてそのような振る舞いをするというのか!」


「もちろん存じ上げておりますよ。この学院におります全て、どころかこの国中全ての人間が、貴方様が何者でいらっしゃるかはわかっていますでしょう」


 そう言ってヘルムートは優雅に微笑んだ。

 その顔がまた、バルタザールを嘲笑っているようで、余計に不快感が溜まる。


「それならば何故、そのような態度をとるのだ」


 整えられた作りもののような顔が、ヘルムートの態度をさらに憎らしいものに見せる。


「それは大変失礼をいたしました。そのような、というのがどれのことかも思い当たりません。しかし、これ以上殿下に不快な思いをさせるわけにもまいりませんので、私はそろそろ姿を消すことにいたします。それでは、本日はこの辺りで失礼いたします」


 ヘルムートはその長身を半分に折り曲げるようにお辞儀をし、颯爽とその場を離れた。

 その姿はどんな美術品よりも美しく、明度の高い肌に艶のある黒髪が風に揺られて当たる様は、どんな女性よりも可憐に見える。熟れた果実のような紅い薄い唇は、老若男女全てのものを魅了した。

 それはどんな地位の人物であっても変わらなかった。この国の第一王子でさえ、ヘルムートの魅力に囚われている。


「また、逃げられた」


 ヘルムートの後ろ姿を見ながら、バルタザールは膝をつく。

 国立学院に入学するまで、王子である自分には誰もが頭を下げ、礼を尽くして応じてくれていた。

 それが、ここへ入学して初めて、自分の思い通りにならない人物と出会った。どうやって言うことを聞かせようとしても、気づくと相手のペースに乗せられ、丸め込まれてしまう。

 手に入れたくても叶わない、まるで絵や写真の中のもののようだ。


「バルタザール様。そこまでヘルムートに執着せずとも、私たちがいるではありませんか」


 不服そうな顔で次の手を考えていたバルタザールに声をかけたのは、オーウェンだ。昔馴染みの彼は、今後もきっと自分に付き従ってくれる。

 に。


「思い通りにならないものこそ、手に入れたいと思うものだ」


「ですが、ヘルムートは誰の誘いにも乗りません。あの顔立ちですから、すでに何人もの女性達が声をかけているそうです。それでも、誰にもなびくことなく、毎日真っ直ぐに寮に帰る。その後は何をしているか、誰も知らない」


「そういうところが、良いのではないか」


 誰もを魅了する美貌。誰にもわからない私生活。何とかして、自分の隣に来てはくれないだろうか。ヘルムートへの執着欲は既に恋心。欲しくて欲しくてたまらない。


「ヘルムートは平民のはずです。言うことをきかせることぐらい、簡単でしょう?」


「地位を盾に命じることなど簡単だ。だが、そうして仕舞えば、ヘルムートは二度と私に目を向けてはくれないだろう。もちろん、王子である私がしないのだ。この学院の誰もそのようなことはしないよな?」


 ヘルムート相手でなければ、地位を盾にいうことをきかせるなど難しくもなんともない。

 王子であるバルタザールの命令に、従わない者などいないのだ。



「はぁっ」


 寮の自室に戻ったバルタザールは、綺麗に整えられたベッドにその身を横たえた。

 王族のみが利用を許される特別室。学生の暮らす寮であるはずが、煌びやかに飾り立てられたその部屋は、王城の自室にも引けをとらない。

 掃除をするのは執事養成課程の実習の一つだ。そこに在籍するヘルムートが、もしかしたらこの部屋に入ったのではないか、そんな願望すら頭をよぎる。

 少しでもヘルムートの痕跡を感じられないかと、その空気にすら意識を配るが、いつもと変わらぬ香りが炊き込まれている部屋では、自分以外の人間の跡は見出せない。

 国立学院の執事養成課程は、その名前に遜色なく一流の執事を生み出しているようだ。


 自分以外の人間の気配を感じられることのない部屋は、いつもどこか寒々しい。耳をすまして聞こえてくるのは、寮内で暮らす生徒達の笑い声。

 国立学院とはいえ、部屋の広さは毎月の寮費に比例していて、平民であるヘルムートは間違いなく相部屋で生活しているはずだ。

 バルタザールの暮らす部屋よりも狭い部屋で二人きり。あのヘルムートが部屋でくつろぐ姿も、寝姿も、湯上がりの姿まで見てる誰かがいる。

 胸だけでは収まり切らず、喉元まで熱くするような気持ちは嫉妬。


「そいつを見つけて……どうするんだ」


 ヘルムートと相部屋の誰か。平民であることは間違いない。

 領主養成課程に在籍するバルタザールとは棟すら別のヘルムートの部屋を知ったところで、何をする?

 この嫉妬心を叩きつけたところで、誰も喜びやしない。それどころからヘルムートには失望されかねない。

 


 バルタザールの行動は常に、『王族らしさ』に付き纏われている。国民のために何をすべきか、何をしていいか、何をしてはいけないのか。

 バルタザールの一言で生活が変わる者がいる。バルタザールの行動一つで、なくなる領地がある。

 国立学院を卒業すれば、再び王子として窮屈なあの生活に戻る。ここにいる間だけ、少しそのしがらみから解かれた振る舞いが許されているだけだ。

 それでも問題行動は、即座に国王に報告されているだろう。

 そしてそれは、バルタザールを締め付ける命令となって舞い戻る。

 国王の紋章の封蝋が押された手紙。定期的に届くそれは、バルタザールの気持ちを滅入らせる。


 ベッドから数歩離れた机の上に置かれた一通の手紙。国王からのものだと即座にわかる印。

 今回は何が書かれているのだろうか。

 労りの言葉など一言もない、『王族らしく』が詰め込まれた内容。

 前回の試験の結果が伝わったか。それともヘルムートへの執着が伝えられたか。

 どちらにせよ今度は何を課せられるのだろう。

 陰鬱な気持ちで机の上の手紙に手を伸ばした。

 国王によって付けられた鎖と重り。増え続けるそれらがバルタザールの心に絡みつく。

 絡みついた鎖によってこころが裂かれる前に、今日のヘルムートの微笑みを思い出す。

 嘲笑っているようにも思える笑顔ですら、バルタザールの心の支え。目の前であれば不快感を覚えるはずなのに、こうして一人で思い出せば、また違った感情が湧き上がる。

 もっと私で笑って欲しい。

 ヘルムートの美貌に心を寄せながら、封を切った。


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