あの夜会には多くの貴族たち参列していた。あまりに多くの目撃者が居た事もあるからだろう。
これによりラルヴェン王子の不祥事が国中に知れ渡った。
そして、彼に対する不信は高まり──彼は王太子の座から引き摺り下ろされた。
近々王太子候補の選挙を行うらしい。彼の上には未婚の兄が一人、下にはまだ弟が二人いる。
ラルヴェン王子はそれでも、自分の過ちを認め──王太子に返り咲こうとしたが、欠けた信頼など当然取り戻せない。
私も彼も転生の異物。なので、作者様が紡いだ物語の中とは違いう。きっと、彼は王太子に戻る事は無いだろう。
そして、マルちゃん事マルガレータとの婚約も破棄。
マラスピーナ侯爵家も無事に奪還し、父母も牢獄から解放されて、私の家族たちは皆、無事に屋敷に戻ったらしい。
事のほとぼりが冷めて、国外追放令も白紙になり──私は再びロズミア王国の侯爵家に行った。
マルちゃんは屋敷に居た。そして父母はこのたびの事を私に深謝する。
いや、謝るのは私の方だ。私が理由して、家族みんなが危険に晒されたのだから。
私はいたたまれない気持ちになって父母とマルちゃんに深く詫びた。
「頭をお上げなさい」
父母は私をしっかりと抱き締めて、励ますように背を摩ってくれた。だが、こんな風に優しくされるのはやはり違う。
「いいえ。お父様お母様……私はこれまで沢山の罪を重ねました。だからマルちゃん、いいえマルガレータがこんな目に遭ったのよ」
「でもヴィオレシア? この子は”奇形”で──」
母が、冷たくきつく言おうとする前に私は首を振った。
「もう、こんなのやめましょうよ。良くないわ。同じ人間なのに。私も深く反省してる。魔力無しだからって蔑んで、私は純粋で可愛いこの子にずっと嫉妬していた。この子にどれだけ酷い事をしたの分からない。謝っても謝り切らないわ」
──許してとは言わないけど、本当にごめんなさい。
私がマルちゃんに心から謝ると、彼女は目を丸く開き首を振るう。
その唇には優しい笑みがのっていた。
やっぱりこの子はどこまでも優しい。そしてお花畑だ。
……ああ、こんなに可愛い。
だからヒロインなのだと改めて思ってしまった。
そして、今回の事はアゼルの全面協力があったからこそ救済に到った。
その旨を言えば、私の家族は彼に深々と感謝を述べた。
初めこそ彼の職業に恐れを抱いていたが、それでも根があまりにも誠実な彼に、父母はすぐに打ち解けた。
……そして“娘をお願いします、幸せにしてあげてください”と。両親は頭を垂れた。
「勿論です。大切にします」
はっきりとした宣言。
そして、注がれる甘やかな視線。親の前でこうも堂々と……私はほんの少し照れ臭くなってしまった。
そうして、私たちは帰路につこうと、馬車に乗った時だった。
「お姉様!」
マルちゃんだった。
私が振り返ると、彼女ははにかんだように笑う。
「私を助けてくれた騎士様から聞いたのです。“貴女のお姉様──ヴィオレシア様が助けろと仰いだ”のだと。本当にありがとうございます。私……お姉様の婚約者様に口説かれてその気になって、奪うみたいに、あんなに酷い事したのに」
その言葉に私は、眉を寄せて少し呆れたように笑う。
「さっきも言ったでしょう? いい? これは全部、我が儘放題に振る舞ってきた高慢な私が撒いた種よ。それだけの責任があったの。マルちゃん……ちがう、マルガレータが気にする事は一つも無いわ」
そう言うと、彼女はキョトンとするものの微笑んだ。
「ふふ、呼ばれ方、マルちゃんがいいです。お姉様」
そう言って微笑む妹はやはり最高に可愛い。
泣き顔も可愛いが笑顔だって可愛いのだ。やっぱ、推せる。ほんと、妹は沼──そう思いながら、私はそっと頷いた。
「そう? じゃあマルちゃん。もう変な男に騙されないでね? あなた純粋だから、変な男が寄りやすいわ。甘い言葉に乗ったら駄目よ?」
そう言って笑むと、マルちゃんはぱぁっと花が咲くような可愛い笑顔を見せて頷いた。
「お姉様ともっとお話ししたかったけど……帰りが遅れちゃいますね。次、会えるのはお姉様の結婚式の時かしら? 楽しみにしてますわ!」
その声はまるで鈴の音みたいに軽やかで、でも、心の奥まで響いてくる優しさがあった。
そう言って、彼女は私とアゼルに向かって、綺麗にドレスの裾をつまんでカーテシーをする。礼儀正しく、それでいてとびきりの愛嬌を忘れない仕草。まったく、どこまでも絵になる妹だ。
そして私たちの乗った馬車がゆっくりと走り出すまで、彼女はずっと手を振って見送ってくれた。お日様の光に揺れる、柔らかな髪と笑顔が、いつまでも目に焼きついて離れない。
──ああ、そういえば。
マルちゃんに言われてやっと思い出したけど、そうだった。
私たち、もう戸籍上は夫婦だけど、あれこれあってバタバタしていて、まだちゃんと神の前で「永遠の誓い」はしていなかったのだ。
「……うっかり忘れてたわね」
ぼそりと呟いて隣を見やれば、アゼルがこちらを向いて、いつものやんわりとした微笑みを浮かべていた。
「勿論、ヴィオたんの真っ白なドレス姿見たいから。結婚式は、ちゃんとやらないとね?」
ああ、まったく。
なんでこうも、同じことを考えてるのよ。
バカみたいに息ぴったりで──でも、だからこそ、胸が擽ったくて熱くなるの。
なのにその後。
──式が終わったら、ストッキングの香り嗅がせてね。
なんて、あまりにも甘やかに囁くものだから。私は目を細めた。
ほんっと、どうして私、この人を好きになっちゃったんだろう。
いや、分かってる。分かってるわよ?
変態で、ちょっとズレてて、でも、誰よりも誠実で真っ直ぐで、私をちゃんと見てくれる。
──ああ、やっぱり私の好きになった人は筋金入りね。
そんなことを思いながら、私はぽっと、頬を赤らめて、窓の外に流れていく景色を見つめていた。
***
そうして私たちが結婚式を挙げた日の事は……また別の話。
──けれど、結婚式が終わって“死が二人を分かつまで”には、まだまだ波乱と触手と変態と、深く甘い愛が待っている。
そもそも私たち夫婦に平穏なんて、似合うと思うかしら?
(おわり)