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第6話 人たらし

 その後は少しずつレジ周りのことやレジ対応もやってもらった。

 凪野は少しテンパりながらも天性の顔と人当たりの良さで愛想よく接客して、なかなかサマになっていた。

 若い女の子たちはもちろんのこと、常連客の女性客にもかわいがられていたし。そして、やっぱり男性客にまで……。

 ムッとしてた客だって凪野が笑顔を向ければちょっと焦ったあとはニヤニヤしたり、恥ずかしそうに目を背けたり。


 人たらしもいいところだ。


 ミスしたり、対応が遅くなっても嫌な顔されることなんてまったくなかった。

正直、ずるいなって思う。


「ん? なに? 俺なんか失敗した?」

「え、あ、ううん、ううん。そうだ、商品の補充しよっか。店長にレジ代わってもらおう」


 話しながら棚の状況を軽くチェックして歩く。


「補充の標品はバックヤードに置いてある。ダン箱で届くんだけど、そのまま店内に持っていくのは見た目がよろしくないのと、個数確認のためにオリコンに入れなおすんだ。大体は店長がしてるけど、たまにめっちゃ暇な時とか手伝うこともあるよ」

「へ~、その仕事いいな」

「まぁ、数かぞえて移し替えるだけだもんな」

「でも、きっと一緒にはできないよね」


 ちょっと残念そうにポツリと零した声に振り返った。きょろりとした目とかち合う。その声と仕草が妙に意味深で俺は慌てて前を向いた。


「店長ー、仕出し教えるからレジお願いします」

「おお、東谷は面倒見がいいな。お前がいれば安心安心」

「店長が教えたっていいんですけど」


「ハハハハ」と豪快に笑って店に出る店長を二人で見送ると、今度は凪野が振り返った。


「俺は東谷がいいんだけど」


 またしてもトンデモ発言にハッと息を飲んだ。


「いいから、こっち!」


 まったく、どうしてこいつはイチイチこんな感じなの? みんなにこんな感じなの? だとしたらヤバすぎでしょ。


 俺のことどうしたいわけ? 


 抗議は頭の中でだけでして、台車を二台出して説明する。


「これがさっき言ったオリコン。手前からお菓子類、カップ麺、日用雑貨で並んでる。この台車に三つか四つ重ねて持ってく。凪野はお菓子お願い。俺はカップ麺の方やるわ」


 二人で荷下ろし荷積みをして、台車をゴロゴロ押して店舗に出た。


「まずはお菓子やろう。数が減ったのを前に出して、後ろに商品を補充する。賞味期限の早いものを手前に置くんだよ。上段以下は奥にいれれないから、いったん棚から出さなきゃいけない。こうやって店のカゴに入れておくんだ。そんでオリコンの商品を奥から並べて、カゴの商品を戻す。あ、もちろん商品のパッケージが手前に向けてね。凪野もやってみて」

「うん」

「そうそう。なるべく綺麗に見えるようにクシャッて折れてるのとかも、こうやって直す。うん、上手い」


 褒めると凪野が照れくさそうに視線を落とした。しかも、ちょっとうれしそう。意外な反応に、俺までちょっと照れくさくなった。


「俺、あっちでカップ麺やってくるね。凪野終わったら声かけて」

「うん、わかった」


 なんだったんだろう、あの反応。初めて見る顔してた。

 ……なんか、ちょっと可愛くなかった? いや、顔がいいのはもちろんわかってるけど、そういうことじゃなくって。保護欲くすぐってくるっていうか……。ちょっとパパ活相手のおっさんたちの気持ちがわかるっていうか……。

 ん? そういえばパパ活の実態って一体何なんだろう。凪野はデートって言ってたけど、デートってつまり食事に行ったり、映画行ったり、………手とか繋いじゃったり?


 自分の手を見て、凪野の上目遣いが浮かんだ。小首を傾げ、綺麗な澄んだ目できゅるんと俺を見つめてくる。


『俺は東谷がいいんだけど』


 凪野の声が頭の中で聞こえてカッと顔が熱くなった。


 いやいやいやいやいや、変な編集すんじゃないよ! 仕事だ仕事! 


「……や?」


 わけわかんない妄想消えちまえ!


「東谷ぁ」


 突然目の前にさっきよりもっとくっきりクリアーな凪野の顔面が覗き込む。


「うわ!」


 ビックリして尻もちをつくと、凪野の全貌が見える。凪野は俺の真隣でちょこんとしゃがんでいた。


「なんなの?」

「え、何って終わったから声かけたんだけど」

「もっと普通に声かけてよ」

「フツウ?」


 またしてもコテンと小首を傾げている。


 うぅ、こいつのこれって演技なの? どうなんだよぉ。


 頭を掻きむしりたくなる衝動を堪えて、体勢を戻した。


「こっちももう終わるから……これでよしと。じゃぁ、次ぎ冷蔵室。お菓子の台車持って来て」


 バックヤードにオリコンを戻し、冷蔵室へ向かった。


「ここね」

「なんか重圧感半端ないドアだね」

「まぁ、いわばデカイ冷蔵庫だから」


 ごついドアノブをグッと下ろして、扉を開けるとたちまちひんやりした風が俺たちに吹きかかる。


「うわっ」

「大丈夫?」


 自分の体を抱える凪野の反応が想像通りでおもろい。


「ちょっと寒いけど、ペットボトルや缶の飲料系はココで作業する。デザート類に、紙パックとレジ前の栄養ドリンク系はチルドの棚だからさっき教えた方法と同じね。手前がチルド棚用。減ったものをチェックしてその個数だけカゴで持っていけばいいよ。ドリンクは一番奥からお酒、ジュース、お茶、水」


 ひと一人分ぐらいの狭い通路でしゃがみ込んで凪野を手招きした。


「この一番下の段が二リットルとか大ビン系。んで、壁側のここを開けると……」


 二の腕がじんわり温かくなりハッと目を向けると、凪野が小さくなってピッタリとくっついていた。


「近っ!」

「だって寒いじゃん。こうしてればちょっとはマシ」


 ビックリして引いた体にさらに寄ってくる。閉ざされたひんやり寒い空間で凪野の体温が布越しにでもゆっくりと伝わってくる。無邪気な茶色の瞳、いいアイデアでしょ? といわんばかりの微笑みが向けられて、俺はゴクリと喉を鳴らしてしまった。


 なんで凪野はこんなに近くて平気なんだよ。距離感イチイチバグってんじゃん!

 寒いって、そりゃ寒いけどさっ! 寒いからこそサッサと終らせるべきなんだよ。


 でも、寒がってる凪野を跳ねのけることもできん。実際ちょっとあったかいし。別に嫌な気もしてないし……。


 うぅぅ…………っと考え込んだ俺は意を決してガバッと凪野に抱きついた。


「わっ」

「もうちょっとだし、我慢して。早いとこ終わらせてココ出るべ」


 いうだけ言って、ゴシゴシと両腕を上下させて放した。凪野は面食らった顔で俺を眺めている。


「ここの補充は並べ替えしなくていいからどんどん補充していって。ほら、凪野もやって」

「あ、うん」


 そっからは二人でせっせと補充を頑張り、冷蔵室を出る。途端にもわっとした空気に包まれた。


「凪野はレジ前の栄養ドリンクのチェックして来て、俺は手前のチルド棚やっとくから」

「わかった」


 心なしかちょっと慌ててる? やっぱり、さっきのビックリさせちゃったかな? いきなりだったし。

 でも、「抱っこしようか?」って聞くのも違わない? んで、「うん」とか言われたりでもしたら……。


 頭の中でもわもわとその光景が浮かんできて、そのあまりにも恥ずかしすぎる乙女チックな映像に慌てて冷蔵室の扉を開けて頭を突っ込んだ。


 あぁ、ひんやりした冷気が気持ちいい。


「なにしてんだお前?」

「へぁっ!?」


 凪野かと振り返ったら店長だった。そうだよな、凪野はこんな気怠いおっさんの声じゃない。店長の後ろからひょこっと凪野が顔を覗かせてる。


 なんでそんな感じ? さっきのこともう忘れちゃったの?


「時間だぞぉー、もう上がれ~」

「あ、店長。これ、栄養ドリンクの補充リストです」

「おお~、サンキュウ。あとはやっとくわ。お疲れさん。タイムカードのやり方教えるからちょっとおいで」


 二人は俺を置いて事務室に入っていった。


「お疲れ様でーす」

「あ、東谷。この廃棄持って帰っていいって」

「あ弁当あるある。ラッキー。凪野先選んでいいよ」

「えーっとじゃあ、ハンバーグ弁当にしよ」

「じゃぁ、生姜焼きと俺はハンバーグにしよ」

「俺は、って生姜焼きは?」

「うん、親父の。食費浮くし、いつも助かるんだよね。店長パンもいい?」

「おおーいいぞー。好きなだけもってけ。こっちのデザートもいいぞ」

「やった! 凪野ももらいな、もらいな」

「うん。あ、このプリン美味しそう」


 二人でいっぱいお持ち帰りして店を出た。


「コンビニのバイトっていろいろお得だね」

「いつもあるわけじゃないけどね。でもお得だよな。どう? 仕事やってけそう?」

「うん、楽しかったよ。やることいっぱいあるんだね」

「凪野だったら大丈夫だよ。接客とかもいい感じだったし」

「そう? 嬉しい。俺も東谷みたいにテキパキできるようになりたいな」


 素直に褒められ、少し照れくさかった。でも、楽しそうな凪野を見ていると誘って良かったと改めて思う。


 それにバイトの時は凪野を独り占めにできるのがまた嬉しかった。


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