【時間設定は、本編の食事会(ep118)が終わった直後となります】
アパートに戻ると私は手に持っていた荷物をテーブルにおいてベッドに腰かける。
ふぅ……。
口からため息が漏れた。
自然と視線がベッドわきにある写真立てに向いた。
私の大好きなお兄ちゃん。
鍋島光二さん。
ずっと兄弟のように育ってきた。
多分、お兄ちゃんの中では今でもそのまんまだろう。
でもいつからか私の中では、お兄ちゃんは、お兄ちゃんではなくなっていた。
そう、一人の男の子、男性と意識し始めていた。
しかし、そんな矢先、家の引っ越しがあった。
でも諦めきれなかった私は、短大を卒業後戻ってきた。
愛しいお兄ちゃんに会うために。
そして、今度こそきちんとこの気持ちを伝える為に。
だが、運命の女神さまと言うのはすごく、そう、ものすごく意地悪だった。
お兄ちゃんは、県外の大学行って、県外の会社に就職していたのだ。
そのことを知ってすごくがっかりした。
でも、それでももし地元に戻ってきたらという望みを胸に、お兄ちゃんを待っていた。
そしたら、その願いがかなったのかわからないが、お兄ちゃんが地元に戻ってきた。
やったっ。
これって恋愛小説みたいじゃない。
やっぱりお兄ちゃんと私は赤い糸で結ばれているんじゃないかとか思ってしまった。
でも、やっぱり運命の女神さまは超がつくほど意地悪だった。
距離を詰める前に、お兄ちゃんは別の女と付き合い始めていたのだ。
星野つぐみ。
その女の名前だ。
その事をお兄ちゃんのお母さま、鍋島弘子さんから聞いた私は、いてもたってもいられなくて突撃しちゃってた。
星野模型店というお店の店長である彼女は、悔しいことに、私と違って落ち着いた感じのある大人の女という印象を受ける人だ。
もっとも、お兄ちゃんのこととなると途轍もなく獰猛になる。
まさに普段は大人しいのに気に入らないことになると激怒する学生時代の友人の飼っていた猫にそっくりだった。
なお、その猫は未だに私だけになつかない状態であり、友人から不思議がられていたが……。
まあ、それはいい。
ともかく今は、この泥棒猫をなんとかしなきゃダメだ。
私だって負けてられない。
お兄ちゃんへの思いは、誰にも負けないと自負がある。
だがら、突撃したのだ。
だが、そんな時、お兄ちゃんがやってきた。
そして初めて見るお兄ちゃんの怒った顔。
私は、怖かった。
でも、それでもお兄ちゃんを譲りたくなかった。
私の方がお兄ちゃんに相応しいと。
でも、今日、お兄ちゃんはあの女と結婚した。
くそっ。くそっ。くそっ。
悔しかった。
とても悔しかった。
自分が負けたと思いたくなかった。
なのに、それでも私は敗者だと実感してしまう。
そう思いつつテーブルの荷物を見る。
ウェディングブーケ。
結婚式の時、花嫁が投げる奴である。
よりによって恋敵から私に投げられた。
嫌がらせのように……。
いや、嫌がらせではないんだろう。
多分、あの時強い風が吹いたから偶々こっちに飛んできたのだろう。
要は、運命の女神様が悪いのだ。
そうだ。そうに違いない。
私はそう思う事にした。
そして、壁の本棚に目を向ける。
そこにはびっしりと本が並んでいた。
私の唯一の趣味。
それは小説を読む事。
それもいろんなジャンルの本を読み漁っている。
本は、お兄ちゃんと別れてからというもの、私の心を癒してくれた。支えてくれた。
だから大好きだった。
そして、いつかこんな恋をお兄ちゃんとするんだと想像したりしていた。
でも、それも終わった。
ふう……。
息が漏れる。
でも今更本を読むのを止めたりはしない。
だってさ、本は私の唯一の趣味で、心の拠り所なんだから。
もっとも、暫くは恋愛小説は読みたくないけどね。
そんな事を思いつつ立ち上がってウェディングブーケを手に取る。
あ、花瓶に飾っておくか……。
そう思いつつ、受け取った時のことを思い出す。
なんで私なの?
嫌がらせや優越感に浸りたくてワザとやったのか。
そんな思考が走り、私はあの時、怒りに包まれていた。
怒りが理性を凌駕し、間違いなくあの時はまともじゃなかったと思う。
だって、受け取ったそれを目の前で地面にたたきつけやろうかとか、捨てて踏みつけてやろうかとさえ思ったのだから。
だけど、そんな私に側にいた一人の男がぼそりと言った。
「なんでそういう気持ちか知らないけどな、人のいるところでやるな。いないところでやれ」
年は三十から四十ってところか。
どちらかというと太めのいかにもオタクという感じの男だった。
スーツを着ているのにとてつもなく似合っていなくて違和感しかわかない。
場違いの男。
そんな男がそう言ったのだ。
実に興味なさそうに小さな声で。
それはとても小さく、多分、私にしか聞こえてないだろう。
それで一気に私は我に返った。
今、私、何をしょうとしていたんだ?!
そんな私にお構いなく、男は言葉を続ける。
「もっとも、それを粗末にする女にいい出会いなんてないだろうけどよ」
ぼそりとそう言うともう興味がないと言わんばかりに私から離れていく。
私は、唖然としてウェディングブーケを持ったまま、その場に立ち尽くしていた。
一体何なのよ……。
そして、結婚式の後の披露宴代わりの食事会も終わり、私はアパートに帰ってきた。
私は失恋したんだと実感していたはずなのに、気が付けば私は別のことばかり考えていた。
そう、あの男だ。
ブーケを受け取って我を忘れそうになっていた私にぼそりと言った男だ。
なんなの、あの男は。
すごく失礼だし、いかにも知ってるぞみたいな言い回し。
それにあの太めの身体に、いかにも根暗そうな顔つき。
どう考えてもモテない典型的なオタクだ。
なのに、気になって仕方なかった。
あんなことを言われたのは初めてだったから。
だから、どうしてもあの男の事を考えてしまっていた。
私にとってそんな事は初めてだった。
そう、お兄ちゃんを除いて……。