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元婚約者に捨てられたのに、翌日には財閥御曹司の花嫁に!?
元婚約者に捨てられたのに、翌日には財閥御曹司の花嫁に!?
リンゴトバナナ
恋愛現代恋愛
2025年06月30日
公開日
2.7万字
連載中
霧島誠司と出会って24年、交際して8年。 小早川美月は、彼こそが“たった一人の相手”だと信じていた。 けれど―― 幼なじみとの積み重ねた時間は、突然現れた「運命の人」には勝てなかった。 つらいときほど、霧島は何度も美月を置き去りにした。 結婚式を間近に控えたある日もそうだった。 ウェディングドレスの試着中、美月をひとり残して、彼は“あの人”のもとへ向かった。 高熱に苦しむ彼女へ、電話越しに冷たく放たれた言葉―― 「薬でも飲んで寝とけよ」 その背後から聞こえた甘い声――「誠司、お風呂入ったよ〜」 その瞬間、美月の中で、何かが音を立てて崩れた。 積もり積もった想いは、とうとう限界を超える。 「……婚約、解消させていただきます」 そう告げた彼女に対し、霧島は笑って言った。 「また拗ねてるだけだろ? どうせ冷静になったら戻ってくるって」 なにせ、小早川美月が霧島誠司を“好きすぎる”ことは、誰もが知っていたから。 彼女が本気で去るなんて、誰ひとり思っていなかった。 ――けれど。 数日後、美月は静かに、ある財閥の御曹司と婚姻届を提出していた。 そしてその後。 霧島は彼女の足元にひざまずき、必死に縋る。 「……悪かった。戻ってきてくれ。胃が痛くて、眠れないんだ。頼む、もう一度だけ……」 返事をしようとした美月の腰に、背後からそっと回される腕。 「――俺の妻に、勝手に触るな」 凍るような低い声に、霧島が顔を上げる。 目の前には、美月を抱き寄せたままの御曹司。 「スカートに汚い手をかけないでいただけますか。……不快です。お引き取りを」 そうして、美月は裏切られた過去を超えて、“本当にそばにいてくれる人”と出会ったのだった。

第1話  ここまで

秋の雨がしとしとと降りしきり、大粒の雨がガラス扉を叩きつけ、ぼんやりとした水の幕を作り出していた。


小早川美月は、雨の中を車で走り去っていく男性の背中を見つめたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。


ウェディングドレスを試着していたスタッフの女性が、そっと声をかけてきた。「小早川さん、あと三着残ってますけど、続けますか?」


美月は我に返り、少しうわの空で答えた。「もういいです。着替えさせてください。」

鏡に映った純白のドレス姿の自分を見つめると、胸の奥が痛み、もうすぐ涙が溢れそうになった。


あの迷いもなく雨の中を駆け出して行った男性は、美月の婚約者――霧島誠司だった。


ほんの数分前、美月が最初のウェディングドレスを着たばかりのとき、カーテンが開くと同時に誠司の携帯が鳴った。雨音で外はうるさかったが、美月には電話越しに聞こえた女性の声がはっきりと耳に残った。


「誠司さん、すごい雨で傘もなくて、タクシーも捕まらないの。どうしよう?」


誠司はすぐに答えた。「清夏ちゃん、心配しないで。すぐ迎えに行くから。」

電話を切ると、美月を見ることもなく、「ドレスは君が決めておいて、用事があるから先に行く。」とだけ言い残し、振り返ることなく外へ走り去った。


美月が我に返ったときには、すでに車のテールランプさえも雨の中で見失っていた。


少し前までは幸せそうに笑っていた美月の顔が、今は苦笑いしか浮かばない。


美月はあの女――水野清夏のことを知っていた。それが誠司にとって“特別な人”だということも。けれど、二十年以上の幼なじみという絆が、突然現れた女性によって壊されるなんて信じられなかった…。


何度も頼み込んで、やっと誠司がウェディングドレスの試着に付き合ってくれた。それなのに、水野清夏からの一本の電話――しかも、傘を忘れたという小さな理由で、彼はすぐに美月のもとを離れてしまった。


本当は、もっと早く気づくべきだったのかもしれない。


八年の想いは、結局“運命の人”には敵わなかった。


美月は生まれてすぐ、誠司と婚約を交わし、共に育ってきた。十六歳で恋人になり、あの頃彼女は誠司にとって唯一無二の存在だった。誠司が十八歳で留学に行く前、「必ず帰ってきて君を迎えに来る」と約束してくれた。


六年ぶりに帰国した誠司は、昔とは何もかもが変わっていた。約束通り、結婚しようとしてくれたけれど、その心はもう、美月ではなくなっていた。


冷えきった心は、どれだけ努力しても温まることはなかった…。


美月は重くて繊細なドレスを無表情で脱ぎ捨て、鏡の中に映る自分を見つめると、まるで滑稽なピエロのようだった。スタッフが慰めの言葉をかけようとしたが、言葉が見つからず、ただため息をついた。心の中で思わず呟く「こんなに美しいのに、あの婚約者は本当に見る目がない。」


ドレスを片付けていたスタッフが気づかぬうちに、美月はそっと扉を開けて外に出た。


「小早川さん!雨がひどいので、少し待ってください!」スタッフは傘を持って追いかけたが、強い雨に足を止められ、美月の背中が雨に消えていくのを見送ることしかできなかった。


東京に秋が訪れて初めての冷たい雨。寒さが骨の髄まで染み込んでいく。タクシーも捕まらず、美月は傘もささず、ただふらふらと歩いて帰ることにした。全身がびしょ濡れのまま、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。


どれくらい眠ったのかは分からない。目を覚ますと、頭が割れるように痛む。携帯を手に取ると、すでに夜の十一時を過ぎていた。ぼんやりとした意識の中で、無意識に誠司に電話をかけていた。「誠司…熱があるみたい…」


誠司の声は明らかに不機嫌だった。「熱があるなら薬を飲め!今、接待中だから邪魔しないでくれ!」

電話を切る直前、向こうから水野の声がはっきりと聞こえた。「誠司、お風呂入ったよ。あなたもどうぞーー」


美月の頭が一気に冷え、胸が締めつけられるような痛みに襲われた。携帯の画面を見つめながら、しばらく呆然とした。


病院へ一人で行き、点滴を受けることになった。うとうとと眠っていると、突然手に鋭い痛みを感じて目が覚めた。ナースコールを押すと、看護師が慌てて謝ってきた。「すみません、血が逆流してしまいました。急患対応で手が足りなくて…」


「大丈夫です。」美月の声はかすれていた。


看護師は心配そうに「どうして一人で来たの?こんな夜遅くに、付き添いもいなくて…あれ?泣いてるの?」と尋ねた。


美月は驚いて顔を拭き、初めて頬に冷たい涙が流れていることに気づいた。乾いた唇を舐め、針の跡を指さし「…ちょっと痛かっただけです」と小さく呟いた。


「本当にすみませんでした!」看護師はもう一度丁寧に謝り、布団を整えて部屋を出て行った。


静かな病室で、美月は天井をぼんやりと見つめていた。手の痛みで涙が出たわけではない。その涙は、崩れ落ちた心の仮面から溢れたものだった。


こんなことは何度目だろう。最も必要な時、誠司はいつも水野のところに行ってしまう。美月は、もうこれ以上我慢できなかった。


二十四歳。前の十六年を誠司と過ごし、残りの八年を恋人として過ごした。かつては心の底から彼を愛していた。ただ、今その愛は、皮肉なほど痛みを伴うものに変わってしまっていた。


点滴の液体が一滴一滴、美月の心に重くのしかかる。


もう十分すぎるほど、失望した。


美月は携帯を取り出し、誠司とのLINEを開き、指が少し震えるが、しっかりと文字を打ち込んだ。


「ここまで。」


送信ボタンを押した瞬間、泣き崩れそうになったが、不思議と心は静かだった。むしろ、ほっとした気持ちさえ湧いてきた。目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちた。


翌日、日帰り入院を終え、退院の手続きを済ませた。病院を出ると、叔母の小早川華子から電話がかかってきた。美月は八歳の時に両親を事故で亡くし、叔父の家で育てられてきたのだ。


「叔母さん、どうかしましたか?」美月は淡々と答える。


「美月、兄の哲が仕事でトラブルがあって、昨日会社を辞めたの。モリトオグループに入れてあげたいんだけど、偉いポジションじゃなくてもいいから、係長くらいで十分。もうすぐ誠司さんと結婚するんだし、頼んでみてくれない?」


叔母の一方的な話を、美月はさえぎった。「私と誠司は別れました。結婚しません。」


電話の向こうでしばらく沈黙があり、すぐに叔母の激しい声が飛んできた。「美月!何を言ってるの!助けてくれたくないから嘘ついてるんでしょ?」


美月は携帯を強く握りしめた。「嘘じゃありません。本当に終わったんです。手伝えません。切ります。」相手の怒鳴り声を無視して、さっと電話を切った。


空っぽで冷たい部屋に戻ると、見慣れた景色さえ息苦しく感じる。ここは誠司のマンション。もう一秒たりともいたくなかった。息をするたびに、胸に焼けた刃物が刺さるようだった。美月はスーツケースを閉じ、迷うことなくその場を後にした。



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