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第15話 反撃


玲子はぶつけられ、目の前が一瞬真っ白になった。額が机の角にぶつかり、鋭い痛みでめまいがした。周囲からは悪意のある非難が容赦なく浴びせられる。


数秒間ぼんやりした後、彼女はやっとみじめな姿で立ち上がった。腕には熱い油とスープがかかり、ひりひりと焼けるような痛みが走る。


おなじみの気配が、突然間近に迫ってきた。


玲子の心臓がぎゅっと縮む。顔を上げると――神崎が少し離れた場所に立っていた。どれほど前から見ていたのか、さっきの惨めな様子をすべて見られていた観客そのものだった。


「勤務時間中に、持ち場を離れてまでこれか?」彼の視線は散乱した弁当箱を一瞥し、声は氷のように冷たい。


最も惨めな瞬間を見られたことに、玲子はまるで頬を叩かれたような熱い羞恥を感じた。


「どうした?」神崎の嘲笑は影のようについてくる。「これが人目を引く新しい手口か?」わざと声を大きくし、周囲の視線が集まるようにした。「ここは共有スペースだ。汚したなら、自分でちゃんと片付けろ!」


玲子はまぶたがぴくぴくと痙攣した。「わ、私は…トイレで少し処理を…」


「ダメだ!」彼は即座に拒否した。「今すぐ、きれいにしろ!お前は神崎財閥の人間なんだ。会社の恥になるな!」


玲子は深く息を吸い、反論したい衝動を必死に抑えて、黙って清掃用具を借り、機械的に床の汚れを片付け始めた。鼻をつく匂いと、額や腕の痛みが混ざり合い、吐き気がこみ上げる。


新しい弁当を買い直し、彼女はほとんど逃げるように百貨店を後にした。


その細く頼りない背中を見送りながら、神崎は無意識に眉間にしわを寄せた。


「使えないやつだな。」彼は低く冷笑した。


中村がタイミングよく近づき、恐る恐る報告する。「社長、山本社長の方が…昨日また水野秘書を要求してきました。」


「神崎財閥はあいつの遊び場じゃないぞ。調子に乗りやがって!」神崎はネクタイを緩め、声は冷たくとげとげしい。この女、よほどのやり手なのか、山本がここまで執着するとは…?得体の知れない苛立ちが胸に湧き上がる。


「でも…山本社長のあのコネは…」中村は困った顔をする。


「神崎財閥はあいつがいなきゃやっていけないのか?」神崎は苛立たしげに遮り、大股でその場を去る。中村も慌てて後を追い、それ以上は何も言えなかった。


玲子は重い弁当箱を提げて神奈川支社に戻り、同僚たちに配る。せわしなく動き回るうちに汗だくになり、腕の焼けるような痛みはさらに増した。


彼女は洗面所に駆け込み、冷水で赤く腫れた腕を雑に洗い流す。痛みが少し和らいだ。


翌日。中村が玲子を神崎財閥本社の面接室へと連れて行く。


再びここへ足を踏み入れると、まるで遠い昔のようだった。六年前、彼女は不安に震える応募者だった。六年後の今、決定権を持つ立場になっていた。


「水野秘書…」中村は汗を拭いながら言う。「社長のご命令です。良い人を選んだら、すぐにお連れください。」


玲子は分厚い履歴書を無造作にめくり、指先でボールペンをくるりと回し、淡々と返事した。「分かった。」


最初の面接者はメイクが完璧で、きびきびとした中にも世慣れた雰囲気があった。玲子は鋭い質問を次々と投げ、数回のやり取りで相手は目に涙を浮かべて走り出してしまった。


その後も次々と面接をしたが、能力不足や雰囲気が合わないなど、誰一人として彼女の目にかなう者はいなかった。


人事部の部員は互いに困惑の視線を交わし、かつての主席秘書の厳しすぎる基準に文句も言えずにいた。履歴書の山はどんどん薄くなっていく。


そこに、白のシンプルなスーツに黒のタイトスカートを履いた女性が入ってきた。しなやかな姿で、明らかに入念に身支度してきている。


「お名前は?」ついに“基準”に合う人が現れ、玲子は本来なら安堵するはずだった。しかし、胸の奥の重苦しい違和感は一気に頂点に達する。


「面接官様、高橋円と申します。」女性は甘い笑顔で、程よい恥じらいを見せた。


玲子は履歴書をさっと見る。経歴は華やかで、名門大卒、美貌も申し分ない。非の打ち所がない。


「あなたでいいわ。」彼女は履歴書を閉じ、もう何も聞かずに立ち上がった。「残りはそちらでお願いします。私はこの人を連れて行きます。」


高橋円は戸惑いながら、不安げについてくる。


「面接官様、お名前をお伺いしても…?」高橋円は控えめな声で話しかけた。


「私が誰かなんてどうでもいいわ。」玲子は興味なさげに答える。「あなたが覚えておくべきなのは、あなたは社長の秘書になるということ。」


社長室の前。玲子は大きく息を吸い、分厚い檜の扉をノックした。


懐かしい環境に一瞬だけ郷愁を覚えたが、すぐに打ち消した。


神崎は広いデスクの後ろに座り、物音に気づいても目線をほんの少し上げただけで、書類から目を離さなかった。


「社長、新しい秘書をお連れしました。」玲子はドア口に立ち、距離を保ったまま、表面上の微笑みを浮かべた。


「こっちへ来い。」命令は簡潔で、逆らう余地はない。


玲子は近づく気はなかった。「お仕事の邪魔はしません。私の跡継ぎはお連れしましたので、きっとご満足いただけるかと。」その「満足」という言葉を口にしたとき、胸の奥が針で刺されたように痛んだ。たとえ決意が固まっていても、この人を完全に忘れようとしても、その痛みは鋭く消えない。


神崎はようやく書類を閉じ、背もたれに体を預ける。無言の圧迫感がじわじわと広がった。


「玲子、こっちに来い!」声には明らかな苛立ちが滲んでいる。


玲子は背筋を伸ばし、淡々と、しかし鋭さを含んだ声で答える。「社長、立場は上下でも、私たちは『サザンベー』プロジェクトのライバルでもありますよ。」


神崎はこめかみを揉んだ。彼女は無愛想で面白みがないと思っていたが、牙をむいた彼女はこれほどまでに手強いとは思わなかった。


玲子はもう彼を見ず、身を引いて高橋円を中に入れる。


高橋は怯えと憧れが入り混じった目で神崎を見つめる。伝説の社長が、こんなにも若くてハンサムだったなんて!興奮を抑え、軽くお辞儀をした。「社長、高橋円です。よろしくお願いいたします。」声はわざと甘く柔らかい。


神崎の眉間が一気に険しくなる。自分が求めているのは有能な補佐役であって、見かけだけの花瓶ではない。疑念の眼差しが玲子に向けられる。


しかし彼女はそれに気づかぬふりで、高橋を半歩前に押し出した。「社長、彼女は名門大卒で能力も問題ないはずです。」意味ありげに付け加えた。「それに――」


言葉の先は、想像を誘う。


「彼女の能力をちゃんと見極めたのか?」神崎はその場で問い詰める。


玲子は首を振り、高橋に向き直る。笑顔にはかすかな冷たさがにじむ。「高橋さん、チャンスはあなたにある。これからは社長の前でしっかりアピールしてね。」そう言い残し、背を向けて歩き出す。


「待て!」神崎は勢いよく立ち上がった。


玲子はまるで聞こえないかのように、歩みを止めなかった。


突然、耳元に風が走る!次の瞬間、社長室の重厚な檜の扉が背後で強く叩きつけられた!


「バン――!!!」


轟くような大きな音が廊下に響き渡った。


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