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第14話 嫌がらせ


企画書は二日間かけて磨き上げられ、ついに完成した。玲子は藤原に連絡を取った。

「今、藤原グループ本社にいます。午後、お越しいただけますか?」藤原の声には、ほんのわずかな励ましが滲んでいた。彼女にもう一度アピールの場を与えたいのだろう。もし優れた成果を見せれば、プロジェクトはそのまま決まるかもしれない。


電話を切ると、玲子は藤原グループ本社の会議室へと直行した。


「神崎財閥は長年不動産分野を主力としてきました。基盤は非常に強固です。私たち神奈川支社は分社とはいえ、専門的な不動産プロジェクトチームを有し、初期の計画や実行面でのプロフェッショナリズムは、他の競合には到底及びません」

玲子は自信に満ち、明快に企画内容を述べていく。神崎財閥という金看板こそが、実力の証明でもあった。


「この土地の価値は言うまでもありません。ポテンシャルは計り知れなません。もし私たちが開発に失敗すれば、自らの名に泥を塗るだけです。だからこそ、私たちはこのプロジェクトを必ずや業界の新たな象徴に仕上げる自信があります!」

壇上から見下ろすと、数名の責任者たちが肯定的な視線を交わしているのが分かる。主賓席の藤原の目には明らかな称賛が浮かんでいた。


彼女はさらに強力な切り札を繰り出した。

「私たちは経験だけでなく、すべての協力に全力を尽くします。万が一、後に不可抗力の問題が発生したとしても、そのすべての責任を担う覚悟と能力があります」


会議の雰囲気は円滑で、順調に進んでいた。ちょうどその時、秘書がノックして入室し、複雑な表情で藤原の耳元に何かを囁いた。


藤原は一瞬だけ目を細め、すぐに平静を取り戻した。

「神崎社長が直々にお越しとのことです。お入りください」


玲子は書類を握る指が急に強張り、関節が白くなった。目には一瞬、戸惑いが走る。


会議室の扉が開かれ、神崎が冷ややかで傲慢な空気を纏いながら入室した。瞬く間に、室内の和やかな空気が凍りつく。


「このプロジェクト、神崎財閥本社も興味があります」

彼は簡潔に告げ、底知れぬ黒い瞳で玲子を一瞥し、すぐに視線を逸らした。


藤原は両手を組み、穏やかだが探るような口調で言う。

「神崎社長、つまり本社は支社と競合するおつもりですか?」


「そうです。何か問題でも?」

神崎は淡々と答えた。


その言葉に、会議室にいた全員が驚きを隠せなかった。つい先ほどまで玲子は本社の実力を支社の後ろ盾として強調していたのに、今やそれが競争相手となるのだ。


「社長ほどの方が、わざわざ私のような一職員とプロジェクトを争うんですか?」玲子は堪えきれず、皮肉を滲ませた口調で言い放ち、頬が怒りで紅潮した。彼が妨害する気なのは明らかだった。


「君か?確かに、力不足だな」

神崎は手元の資料を無造作にめくりながら、辛辣に言い放った。


玲子は奥歯を噛みしめ、必死に怒りを抑える。今ここで反論すれば、プロジェクトが完全に潰れてしまうだけだ。


「神崎社長、水野さんの企画を最後までお聞きになってみては」

藤原が絶妙のタイミングで口を挟む。


だが神崎は聞く耳を持たない。

「新しい企画書は後ほど提出されます。彼女の案は、聞く価値がない」

そう言い捨てて立ち上がり、玲子の涙ぐんだ瞳を一瞥もしないまま、

「失礼しました、続けてくれ」と会議室を出て行った。


その突然の介入により、会議は完全に潰された。玲子は何も考えず、すぐに彼の後を追った。


藤原グループ本社ビルの外で、神崎はちょうど車に乗り込もうとしていた。


「待って!」玲子は急いで車の窓まで駆け寄り、怒りを込めて問い詰めた。

「神崎、あなたはいったい何がしたいの!」


神崎は危険な光を帯びた目で細める。

「誰に向かって話してる?」


「大企業の社長が、取引先の会社でこんな邪魔をして、神崎家の顔に泥を塗る気ですか?」

玲子は頭を上げ、覚悟を決めて詰め寄った。


「俺がふざけてるとでも?」

神崎は鼻で笑い、勢いよくドアを開けた。

「理由が知りたいのか?乗れ」


「何をするつもり?」

玲子は警戒しつつ後退した。


「乗るのか?」

彼は苛立った声で言い、強引に車から降りて彼女の手首を掴み、そのまま後部座席に押し込んだ。


「水野秘書」

運転席の中村が緊張しつつ口を開く。バックミラーごしに神崎の顔色を伺いながら、

「本社秘書室で急な募集があって、社長の意向で……水野さんにぜひ人選して欲しいと」


玲子は体勢を整えると、すぐに反論した。

「中村さん、私はもう社長の秘書じゃありません!採用なんて私には関係ありません」


中村は困り果て、苦し紛れに続ける。

「水野さんが一番、社長の仕事の癖や必要性をご存じですし、新しい人選も……」


「ふん」

玲子は冷笑し、鋭い視線を神崎に突きつけた。

「分かりました。社長のお気に召す秘書の『後継者』、きっちり『選ばせて』いただきます」

彼女はわざとトーンを強めた。心の中は虚しさでいっぱいだった。必死に努力して、少しでも彼に近づきたかった。その結果が、あっさり捨てられる運命だったなんて――


「止めて!降ります!」

彼女は目を閉じ、今にもあふれそうな涙を必死でこらえた。


友人の美羽の家に戻るや否や、藤原からメッセージが届いた。

「今晩、時間ある?この前中断されたディナーの埋め合わせをしないか?」


翌日、神奈川支社。


予想通り、オフィスの空気は冷え切っていた。玲子が席に着いた途端、次長が険しい表情で近づいてくる。


「プロジェクトで何か問題が起きたら……」

玲子は先手を打ち、相手の非難を遮った。

「その時は、私が自ら辞職します」


次長は言葉に詰まり、顔を真っ赤にしてそのまま去った。


炎天下の夏日、蒸し暑さが堪える。昼休み、再び威圧的な態度で次長が現れた。

「君、みんなの昼飯を買ってきなさい!」


玲子はこれ以上波風を立てたくなく、無言で紙に全員の注文を書き留めた。商店街やデパ地下を駆け回り、重い弁当箱を両手にぶら下げ、汗だくになって息を切らす。


その時――

大きな荷物を抱えた中年女性が勢いよく突進してきた!


「きゃっ――!」

玲子は激しく地面に倒れ、手にしていた弁当箱が宙を舞った。こってりとした惣菜が全身にぶちまけられ、見るも無残な姿になった。


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