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第6話 庭園にある小屋

 仕事を止め、私は暗い気持ちを晴らすために屋敷の外、庭園に出た。

 ソルテラ家の庭園は、屋敷から外へ向かう道以外は一面芝生で、そこには様々な種類の花々が咲いていた。

 こんなに自然豊かな庭園にしているのは、高度な魔術師の家系だからかもしれない。

 カルスーン王国の魔法は、空気中に散っている魔素を体内に取り入れて、呪文という形で行使する。

 魔素は人工物が密集している所では少なく、自然が多い場所に多く存在する。

 だから、この屋敷の庭園は自然にあふれているのだろう。


「オリバーさまがいる小屋はどこかしら……」


 私は多種多様な花を眺めながら、オリバーが訪れるという小屋を探す。

 以前、庭園の掃除をやったことがあるが、そのような建物を見つけられなかった。

 屋敷や庭園についてはすべて把握したと思っていたのに、見落としている場所があったなんて。


「エレノア! あなた、仕事はどうしたの?」

「ちょっとスランプ気味でして……。気分転換です」


 庭園をてくてく歩いていると、メイド長に声をかけられる。

 私は正直にここへ来た理由を告げた。


「ブルーノさまとスティナさまに見つからないようにね。あの人たちに見つかると、余計な仕事が増えるから」

「はい。例のお二人はどちらにいらっしゃるのです?」

「ブルーノさまは広間、スティナさまは私室にいらっしゃるわ」

「分かりました。見つからないように仕事場へ戻ります」


 スティナがこの庭園にくることはまずない。

 時戻りする前、私が庭園の掃除に回された時、この庭園のことを”統一感がない”とか”古臭い”とか文句を言っていたのを聞いた。

 ブルーノが庭園に来るときは、決まって攻撃魔法の練習をするとき。

 それは気まぐれで、掃除の時間にかちあった際は、ブルーノが練習に満足するまで待たなくてはいけないため、仕事の邪魔でしかなかった。

 ブルーノが広間、スティナが私室にいるのであれば二人に見つからず仕事場へ戻るのは容易なはずだ。


「あなたの気分転換は、どうすれば晴れるのかしら?」

「えっと……、庭園をぐるっと一回りしたら」

「嘘ね。あなた、”庭園をぐるっと一回りしている”もの」

「うっ……」


 私の嘘などメイド長にはお見通し。

 他の嘘が思いつかず、私は正直に告げた。


「オリバーさまと会ってお話がしたかったのです。訪問着の採寸をしていた際に、よく”庭園の小屋”にいると聞いていたので、そこに行けば会えるのではないかと。でも、小屋がどこにあるか分からなくて……」

「エレノア……、オリバーさまは私たちの主人。気軽に会って話せる間柄ではないの」

「す、すみません」


 メイド長は深いため息をつき、私に厳しく指導する。

 オリバーは屋敷の主人。私はその屋敷に仕えるメイド。

 気分が落ち込んでいるからと話にゆく関係ではないのだ。


「オリバーさまはとてもお優しい人だから、新米メイドのあなたが接し方を誤るのも分からないではないけど……」

「以後、気を付けます」

「今回は特別ですよ。次回同じことをしたら、反省文を書いてもらいますからね」

「はい……」


 メイド長の小言に私は深く頭を下げた。

 頭をあげると、メイド長は困った顔をしていた。


「……オリバー様なら、軟膏草を掻き分けた道の先にある小屋にいるわ」


 メイド長は私にそう言って、この場を去る。

 他のメイドの様子を見に行ったのだろう。

 私はメイド長の後姿に一礼し、メイド長が言った場所へ向かう」

 指された道は石床などで舗装されておらず、道らしきところ以外は背の高い草に囲まれている。

 背の高い草は”軟膏草”といい、見た目はただの雑草だが、人間の指ほどある太い茎からはドロッとした粘り気のある液体が出てくる。それに薬剤を混ぜて身体に塗る軟膏にするのだ。私が知っているのは、前にブルーノから虐められて怪我をしたとき、これで造られた軟膏をよく使っていたからである。


「この先に道があるなんて思ってもみなかった」


 私が小屋を見つけられなかったのは、前の記憶からなる先入観のせいのようだ。

 メイド長に言われなければ、分からずじまいだっただろう。



「……本当にここであってる?」


 軟膏草の道を進んだ先に、建物らしきものがあった。

 一階建てで、メイドや使用人が利用する用具入れと同じ大きさだ。

 しかし、それはツタで覆われており、本当に中に人がいるのかと思ってしまう景観だった。


「いいや、メイド長が言ってたんだもの。ここがオリバーさまが利用している小屋よ」


 疑心を払い、私はツタだらけの小屋に近づいた。

 そして、ドアをコンコンと叩く。


「君は、エレノアだね」


 しばらくしてドアが開かれ、オリバーが姿を現した。


「でも、どうしてこの小屋に……? 僕に何か用?」

「あ、えーっと」


 しまった、オリバーの元を訪れる理由を全然考えてなかった。

 私は、考えているふりをしながら即興で小屋を訪れた理由をでっちあげる。


「そ、そう! 昨日聞き忘れたことがあったので、直接聞こうと思いまして――」

「そういうことね」


 私が小屋を訪れた理由に納得してくれたオリバーは小屋から出てきた。

 ここで用件を済ませるみたいだ。


「えっと……、裏地についてなのですが」


 オリバーに適当な質問をする。彼は嫌な顔せずすべての質問に答えてくれた。


「――質問は以上です。答えてくださりありがとうございます」

「わざわざここまで来てくれてありがとう」


 オリバーは笑顔で私に手を振り、私を見送ってくれた。

 これ以上、話を聞きだせないと悟った私は、気分転換を止め、仕事場へ戻る。


 その後、仕事場へ戻った私はオリバーの訪問着を完成させ、彼はそれを着て王城へ向かった。

 それが私が一度目の時戻りで変えられたこと。

 オリバーが国王から前線へ出兵を命じられ、そこで戦死する。

 そのあとの結末は全く同だった。


「ブタの遺品を今日中に整理しろ、ブス」


 ブルーノがソルテラ伯爵になり、私に遺品整理の仕事を押し付ける。

 私はそれに従い、オリバーの私室に入った。

 私室に入るなり、肖像画を外し、その壁に体重をかける。

 隠し部屋に入り、私は青白く光った水晶を手にした。


『さあ、”いつ”に戻す?』


 水晶の声が私の頭の中に響く。

 前回は半信半疑で使ってみたが、今回は違う。

 この水晶の【時戻り】は本物だ。


「”三か月前”に戻して」

『あい、分かった』


 私は迷うことなく【時戻り】する道を選んだ。

 今回で得た経験は”次”に活かす。

 私はそう心に誓い、二度目の【時戻り】をした。

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