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 2043/07/26 (日) 12:26

 探索者ギルド横浜支部


 ダンジョン探索を生業とする者ならば一度は見たことがある、その光景。渋谷事変以降、世界は変わり、その変化に人類は順応しなければならなかった。今、ギルド内の者全てが注視している光景こそが、新たな世界に順応したことで生まれたものである。


 そう、これは、新たに作られた権利が行使された結果――


「――な、なにしやがんだ、テメエ!!」

「おい、やべえぞ、血が、血が止まらねえ!」

「治癒持ち、呼べ!あと、クラマスもだ!こいつら、絶対……あ、う、あ……――」

「――こいつら、絶対、なんですか?」


 何故か呼吸を荒くしながらギルドの床にへたり込んでは、必死になって助けを呼んだ挙句、何かを言いかけていた二十代後半くらいの年頃の男の喉元に、左腰部に刀を二本差す小柄な少年が、模造刀の切っ先を突きつけていた。


「いや、違っ、助け――」

「好きなだけ、呼んでいいですよ」

「……は?どういう――」


 困惑する男の耳元に顔を寄せた少年は、心底愉しそうに、今の心境を告げる。


「……あと何人、斬らせてくれます?」

「――っっっ、う、あ……」


 優しい声音で伝えられたその言葉は、恐ろしく、悍ましく。心臓の奥深くにまで恐怖という刃が突き刺さったような感覚に支配された男は、涙を流し、涎を垂らし、床を濡らし、自我も身体も無意識に震わせていた。


 これは、渋谷事変以降、突如として目覚めた力によって悪事を働くという、人類にとって裏切りに等しい蛮行を許さないという意を示すために作られた新たな法であり権利――『殺傷権』――が行使された光景である。



 ライセンスの序列順

 EX>A+>A>A−>B>C>D


『殺傷権』

 探索者と傭兵に与えられた権利。この権利によって、一部の探索者や傭兵に対して殺傷行為をしても罪に問われることがない。

 これは、渋谷事変以降、一部の探索者や傭兵たちの手にかかり、無辜な一般人や善良なパーティやクランが全滅したケースが多発したことを考慮し、抑止力として考案された権利である。

 ただし、全ての殺傷行為が認められているわけではなく、一般的に悪質とされる行為(殺人、殺人未遂、暴行、恐喝恫喝など)に及んだ探索者と傭兵のみが、殺傷権によって処断される粛清対象となる。

 殺傷権とは粛清対象を処断するための権利である。そのため、粛清対象への殺傷行為が罪に問われることは絶対にない。

 また、この殺傷権が誕生した経緯を考慮し、この権利を悪用した者は危険人物とみなされ、以下のルールが適用される。


 探索者ギルド、傭兵ギルドともに、危険と判断した人物に懸賞金を設定し、殺害命令が可能となる。このルールは、殺傷権を悪用した者に限らず、ダンジョン内外での重犯罪者やテロリストなどにも適用される。また、指定される人物の立場は一切考慮されない(一般人も対象)。

 ただし、探索者ギルド、傭兵ギルド双方の最高責任者であるグランドマスター、当該区域内の探索者ギルド、傭兵ギルドそれぞれのマスター、計四つの承認が不可欠である。



 2043/07/26 (日) 12:36

 探索者ギルド横浜支部長室


「――手間をかけさせたね、坊や」

「全然大丈夫!」

「ふっ、アンタら、本当にあのハゲジジイの孫かい?素直で可愛いねぇ♪」

「あはは……」

「あのー……それで、なんで私たち、こんなところに呼ばれたんでしょうか?」

「はぁ……ったく、アンタは、相変わらずオドオドしてるねぇ……配信の時の元気はどこいったんだい――」


(む、無茶言わないでよー!!)


 ナナミンが心の中で、なんでこんなことになったのー!?と叫び出すのには理由がある。


 横浜の探索者ギルドのギルドマスターが座る椅子に彼女――妙に貫禄のある老婆がいた。それだけで、ナナミンが萎縮するのも当然である。

 ナナミンは、彼女に拾ってもらったおかげで

探索者になれた。いわば彼女は大恩人。頭が上がらないにも程があるのだが、問題はそこではなく。何故、彼女が横浜の地にいるのか、それが今、最も大切なこと。


「――全く、せっかく横浜に来たのに、美味しい中華のひとつも食べれないなんて、一体どうなってるんだい?」

「ひと段落ついたら、是非、ウチにいらしてください、全力で歓待させていただきます」

「ははっ、そうさせてもらうよ。カナのところはイイ料理人が多いからね、期待しとくさ」


 その場には、クリムゾン・オーダーのクランマスターの顔に切り替えているカナの姿も。シークレット・ナインの一人でもある、あのカナが敬服している彼女。あの剣聖をハゲジジイ呼ばわりする彼女の正体とは――


「――ハゲジジイへの依頼内容とは……まあ、だいぶ違っちゃいるけど、結果的にはイイ仕事してくれたね。そっちも助かったよ、坊や」


 ナナミンと出会う前にゲンジから――オーガヒーローがどの程度の強さなのかを確かめてほしい――と頼まれていたカイト。実のところ、オーガヒーローは、カイトとゲンジ、アカネの三人で討伐する予定だったのだ。だからこそ、ナナミンちゃんねるにカイトが出ており、しかも、本来なら一緒に討伐するはずのオーガヒーローの単独撃破に挑戦してるとは夢にも思わなかったのだ。

 オーガヒーローの撃破を、剣聖に依頼できるこの老婆の名前は、竜胆リンドウ 小梅コウメ、八十四歳。剣聖たる藤堂 源慈の一つ年上の幼馴染であり、八十年来の悪友。

 そして、何より彼女には、とんでもない肩書きが存在している。


 探索者ギルド、。世界に点在する八七の探索者ギルドを統括する者、それが彼女である。



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