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赤黒く粘りのあるゲル状のそれが、作業台に置かれたそれ――クロムモリブデン鋼と呼ばれる金属塊を覆い、徐々にその姿が消えて無くなっていき、そこに残されたのは、先程より赤黒くなった金属塊。
「――で、これを、こう!」
その赤黒くなった金属塊には触れず、占い師が水晶玉の周りで動かすように、金属塊の周囲で両手を動かすルミア。すると、金属塊がまるで生きてるかのように
「――ほい、ほい、ほいっと!」
ルミアの声に応じるかのように、動き出した金属塊が、その形を変えていく。
「ふう……ざっとこんな感じだね」
「す、すごい……」
「何回見てもすごいわね……」
作業台の上には、柄の無い、一本の刀
「試してもいいですか?」
「うん、もちろん!向こうに――」
カイトは、乱雑に置かれていた鉄片を掴み取っては宙に放り、ふっ、と息を吐く。
「なるほど、これはダメですね」
鉄片は四等分に斬られ、カイトが握る刀のようなそれには、ヒビが入っていた。カイトがダメと断じた理由こそが、ルミアが、魔導刀をオススメしなかった理由。
刀という武器製造において欠かしてはならない鉄の粘り――靭性が全く足りていないことが、魔導刀製作、最大の障害である。
「び、びっくりしたー……」
「こら、カイト!ダメだよ!」
「ふぇ?」
「てか、すっご……凄腕とは聞いてたけど、こんなにすごいんだ……え、断面なにこれ!?」
「ルミア、私の配信のアーカイブ、観てないの?オーガヒーローの首、スパーンってぶった斬ったのよ、カイトくん」
「……魔導刀、いるの?」
ルミアからすれば、技術的な課題のある魔導刀より、通常の日本刀で問題ないと考えるのは当然のこと。もし、魔導刀という魔導武具が完成すれば、
何より、自分の想像を遥かに凌駕しているであろうカイトの剣の技量を考慮するなら、今は、通常の日本刀一択である、間違いなく。
そんなことを考えていたルミアに、耳打ちするナナミン、その内容は――
「……なんか、カルマが大きい魔石、集めてるっぽいんだよね」
「……あー、なるほど、そりゃ英断だわ。あんなクズに、こんな良い魔石、勿体無いにも程がある。てか、ナナミンの新しい銃でも作ったら良いんじゃない?」
「……そんなことできる訳ないでしょ!オーガヒーロー、カイトくんが一人で倒したんだからね?実際、あの時の私、火力不足だし――」
「……あー、通常弾だったのね」
「……いや、それはそうなんだけど……そうじゃなくたって使いたくないわよ、一発二千円ってなんなのよ……」
「……いやいや、それでもだいぶ安くなってるんだよ?相場の五分の一くらいだし――」
実のところ、ルミアは、ナナミンのスポンサーである。だからこそ、オーガヒーローの取り巻き相手に通常の魔導弾五千発を撃ち込んでも、あの金額に抑えられたとも言える。
魔導銃の別名、金食い虫。ナナミンレベルの有名配信者に、ルミアという天才魔導師がスポンサーにつく――そのくらい金回りが良くないと、まともな運用は出来ない。それが、魔導銃と呼ばれる魔導武具である。
さて、魔導銃のコストパフォーマンスの悪さを知ったのが魔導初心者だった場合、ある疑問を抱く者が現れる可能性が高い。
「ルミアさん、質問なのですが――」
「うん、アカネちゃん、どうしたの?」
「お金、どのくらい、かかるんですか?」
「……聞こえてた?」
「……はい」
魔導銃のようなコストパフォーマンス最悪の魔導武具ではなく、お財布に優しい魔導武具はないのだろうか――魔導初心者であるアカネからすれば当然の疑問である。
「大丈夫大丈夫、魔導銃が特別なだけ。構造的にコスパ度外視なんだ、これ♪ そういえば、アカネちゃんもダンジョンは潜るの?」
「あ、はい、そのつもりです」
「ほほう、武器は決まってるのかな?」
「アカネはなんでも出来るんだよ!」
「え、そうなの?」
「そ、そんなことないです、器用貧乏なだけです!?もう、カイトやめてよ――」
「えー、爺ちゃんも褒めてたよ?」
「剣聖お墨付き、か……そんなアカネちゃんには、アレをオススメしようかな――」
工房の奥にタッタッタッと小走りルミア、細長い何かを持って、戻ってきた。
「『突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも はずれざりけり』で、お馴染みのあれを魔導アレンジしたコイツは、中々にクレイジーな代物だよ!」
「これって――杖、ですか?」
「そそ、魔導工房ルミアージュの目玉商品――魔導杖ノースタイラーさ♪」
「へえ……試してもいいですか?」
「もちろん!あ、向こうに専用スペースがあるから!行こ行こ!」
工房の一角、二十メートル四方のガラス張りのスペースへとやってきた一同。入り口脇に設置してある端末をルミアが触ると、機械的な駆動音が鳴り、平均的な成人男性ほどの大きさのヘンテコな人形が、スペースの奥の方に現れる。
「性能評価試験用魔導人形のドエームくんだよ♪自動修復機能ついてるから、遠慮なくガンガン攻撃してあげてね!」
「はい、わかりました……」
(おお、なんか雰囲気あるなぁ……)
感触を確かめるように、肩や腰、腕や手首など身体全体を巧みに使って、自分の背丈と同じくらいの魔導杖を――大道芸人のスイングジャグリングのように――クルクルクルクル回していくアカネ。いつもの柔和な雰囲気は完全に消え、むしろ剣呑さを増していく。
「ふっ――」
低く響く衝突音。ドエームくんのお腹に、魔導杖の先端がめり込む。アカネの魔導杖による打突だ。スッと魔導杖が離れると、めり込んだ箇所が元通りになっていき、それを見たアカネが微笑み――
「――ふっ!!」
高く硬質な破砕音。ドエームくんの腹部が、アカネの魔導杖による打突で、完全に貫かれていた。
「なるほど……カイト!」
「はいはーい――」
アカネに呼ばれたカイト、四歩ほど離れた場所に立つ。続いて、腰に二本差す刀の柄を交互に触りながら、カイトは、アカネに問う。
「どっちがいい?」
「んー……模造刀かな」
「うん――」
直後、金属同士がぶつかったとわかる衝突音が鳴ったことを皮切りに、アカネが舞う。
先程とおなじように、スイングジャグリングさながらの魔導杖の取り回しを見せるアカネが、回転の合間合間に不規則な攻撃を仕掛ける。打突、払い打ち、撥ね上げによる頭部への攻撃から
杖術、棒術、棍術、全ての良さをミックスしたようなアカネの姿がそこにあった。
「……これ、器用貧乏っていうのかな?」
「……なるほど、自己評価が低いのね。ノースタイラーって売れ筋だから、色んな人が試しに一振りしてったけど、アカネちゃんより扱えた人なんていなかったわよ――」
剣聖と讃えられし偉大な祖父、阿修羅と称される天賦の才を有する
「……あんなにクルクルしながら攻撃とか、動画とかの自称達人よりすごいよね」
「……ホントそれね。正直、アカネちゃんは器用貧乏じゃなくて――」
渋谷事変の際、門の向こうから現れた緑色の化け物の名を誰かが口にしたことで、世界が変わったように。彼女にふさわしい適切な名称、適切な表現を、ひとりの魔導師が充て、それを誰かが観てたことによる変化。
この日、彼女のタレント『器用貧乏』が、本来あるべき形へと姿を変える。
剣聖の孫娘にして、阿修羅の