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工房街――当該地域内の一定区画を探索者ギルドが購入後、設備等を整え、魔導を始めとしたダンジョン攻略のための技術開発を主目的とした地域。小規模な研究学園都市という見方をされる。
ダンジョンが存在する地域に必ず一つ存在するため、〇〇工房街という名称となる。
例:渋谷工房街 横浜工房街 など
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2043/07/26 (日) 09:49
横浜工房街 魔導工房ルミアージュ
ナナミンの友人である魔導師ルミアの工房に連れられたカイトとアカネ、当初の予定通り、ソレについての話を切り出したのだが――
「――え、流石に勿体無くない?」
「いや、まあ、それはそうだけど――」
「そうなんですか?」
「おや、魔導のこと、そこまで詳しくない感じかな?よろしい!手取り足取り、じっくりねっとり、ルミアお姉さんが教えてあ・げ・る♪」
「あ、巻きで」
「くっ、これだから元トップアイドルは……仕方ない、サクッと教授しちゃうね♪」
今回、ナナミンが、カイトとアカネをルミアに引き合わせたのには、理由がある。
「――なーんて、大袈裟に言う程のものじゃないけどね。魔導なんてのは、魔石ってものをちゃんと理解してればそれで大体問題なし♪というわけで、第一問!カイトくん、魔石はどうすれば手に入るかな?」
「魔物を斬る♪」
「お、おお、即答……ナナミンから少しだけ話は聴いてたけど、いやはや剣士してるねー。なんにせよ、正解!そう、魔石が欲しいなら魔物を倒す。今や世界の常識だね!さて、第二問!なんで魔物は魔物って呼ばれるでしょうか!黒髪ロングが可愛すぎるアカネちゃん、わかるかな?」
「え、えーと……魔石を持ってるから、でしょうか?」
「んー、ほぼ正解!魔石を体内に宿す化け物、略して、魔物。ビックリするくらい安直だよね。しかも、日本語準拠なのがちょっと笑っちゃう。海外だとマモーノとかだもんね!さて、ここからちょっと難しくなるよ。第三問、なんで魔石は魔物の中にあるのか。はい、ナナミン、答えて!」
「わ、私!?んー、そういうものだから?」
「ブッブー!不正解!全然ダメー!理由を聞いてるんだよ?『なんで魔物の中には魔石があるの?そういうものだから!』なんて、そんな当たり前のことを自信満々に答えないで!ホント恥ずかしい。それ、ただの思考放棄だから!なんで魔物の体内に魔石があるのか、その理由が知りたいんだよ?まったく、ナナミンはホント、ナナミンなんだから〜♪」
「ぐぬぬ……」
「それじゃ、カイトくん、ナナミンの代わりに答えてみよう!」
「うーん、と…………わかんない!」
「わかんない、か…………大正解!」
「……は?」
「不服そうなナナミンのためにも説明するね!私みたいな魔導師たちは、日々、魔石のことも色々研究しててね。詳しくは、お肉大好きナナミンのために割愛するんだけど……今のところ、魔物の体内に魔石が生成されるメカニズムがさっぱりわからないの。いくつか仮説はあるんだけどね。ま、そんなわけで、三問目の答えは、わからない、でした。カイトくん、凄い!」
「わーい、やったー♪」
「(な、なに、この可愛い生き物、ガチ推せるんですけど……なるほど、チョロそうで案外そうでもない、あのナナミンが落とされる訳だ……カイトくん、なんて恐ろしい子……)んっんっ!さて、ここで最後の問題!第四問!なんで魔石の大きさは魔物によって変わるのか。これはかなり難しいから、全員に聞いてみようかな♪」
ルミアからの最後の問いに考え込む三人。約三〇秒後、最初に回答したのは、アカネ。
「――レベル差、でしょうか?」
「なるほどなるほど、レベル差ね……残念、不正解!問題文を思い出してごらん」
「え…………あ!」
「そう、魔物の個体差じゃなくて、全ての魔物を比較したら、っていう問題なのさ。ふふ、引っかかったね。ただ、レベル差が魔石の大きさに関わること自体は正しい。だからこそ、何故、魔物の種類によって魔石の大きさが異なるのかが気になったわけだね、我々、魔導師は」
「なるほど……」
次に回答するのは、ナナミン。
「――身体の大きさ、とか?なんとなく、そんな印象なんだよね」
「なるほどなるほど……残念、不正解だ。身体の大きさに関しては、明確に否定が可能だからね。わかりやすい一例もあるし」
「一例?」
「――オーガとオーク」
「あっ!?」
オーガとオーク、その大きさはかなり近く、両者の平均身長は共に、三から四メートルの間に収まる。しかし、どちらの魔石が大きいかといえば――
「――明らかにオーガの魔石の方が大きいからね。ならば、レベルなどの条件をきちんと揃えたらどうなるか、そんな疑問は当然挙がる。幸いにも、渋谷事変以降、我々には解析スキルという便利な力が習得可能になったからね、検証のための素体集めは容易だ。ふふ、便利な世の中になったもんだ♪ともあれ、同じ一階層、同じレベル、ほぼ同じ身長のオーガとオーク、その魔石の大きさを比較したが、見事にオーガの勝利。で、その情報が出回った結果、横浜ダンジョンが大人気になった訳だ。まあ、匿名掲示板嫌いのナナミンが、このことを知らなくても不思議ではないけど」
アイドル時代、あることで炎上し、匿名掲示板が大荒れ、心無い言葉で深く傷ついた――という事を経験して以降、匿名掲示板そのものを嫌厭しているナナミン。匿名掲示板で話題になった『魔石稼ぎするなら横浜ダンジョン、効率が最強すぎる』という情報を拾ってないのも当然である。
何はともあれ、ナナミン、不正解。残る回答者は、カイトのみ。そのカイトが、何かを思いついたのだろう、元気に挙手する。そんなカイトを見たルミア、答えを促す。
「――強いかどうか、とか?」
なんともカイトらしい回答である。その回答を聞いたルミア、僅かに考える仕草を見せる。その五秒後、ルミアが口を開く。
「んー……ギリギリ正解、かな?」
「おー、やったー!」
「ま、ギリギリだけどね。解釈によっては当てはまるかな、って感じ。で、アタシが用意した答えは、種族全体の個体数の差なんだよね」
「ルミア、どういうこと?」
「つまり、個体数が多い種族ほど魔石は小さくて、その逆に、個体数が少ない種族ほど魔石が大きくなるってこと。実はこれ、今回、ナナミンたちが持ち込んできたコレにも当てはまるんだよね――」
ルミアは、手元にある巨大な魔石――オーガヒーローの魔石に触れながら、言葉を続ける。
「例えば、渋谷ダンジョンでお馴染み、ゴブリンなんかは、魔石の小ささで有名だよね?数の比較をすると、それこそ横浜と比較なんかしたら、最低でも千倍は違うんじゃないかな?で、一匹一匹の強さは、オーガと比較したら百分の一くらいかな?だからこそ、今も渋谷は危険なダンジョン扱いされてるわけだけど。で、オーガヒーローって、オーガの中でも数が少ない個体、だからこそ、魔石が大きい、その可能性があるってこと♪」
なるほど、と納得した三人の姿を見て、さらにルミアが言葉を続ける。
「ただ、そうなると……これは仮説になるんだけど、魔物という存在は進化が前提の生物なのでは、っていう考えに行き着く。そして、いずれ必ず、人の手に負えない化け物が誕生することになる――という事を踏まえると、魔石という物に対して、ある種の疑念が生まれる」
「疑念……何を疑うっていうの?」
「――あまりに都合が良すぎる」
「――っっ!?」
「進化した生き物と互角以上に戦えるようにするための道具を用意できる環境を整えた――そういった意図を、魔石という素材に感じてしまうのさ」
「つまり、どういうこと?」
「……ふっ、どうもしないよ」
「はい?」
「言ったじゃないか、これは仮説だ。アタシの杞憂の可能性は大いにある。それに、今さら止められる訳もない。既に人類は、魔石という融通が利きすぎる素材に依存し始めた。その流れを止めることなんか出来やしないんだから。さて、カイトくんもアカネちゃんも、魔導のことをそれなりに理解したよね?そろそろ本題に入ろうか――」
ルミアが、オーガヒーローの魔石をコンコンと叩きながら、確認の言葉を二人に届ける。
「――本当に、この魔石で刀を作るの?アタシとしては、オススメしないけど?」
魔導刀製作――ナナミンが、ルミアの元へ、カイトとアカネを連れてきた理由である。