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2043/07/28 (火) 12:03
横浜ダンジョン四階層
「——前衛、五秒支えろ!」
場に響く凛とした鋭いその声は美しく、然れど、場にふさわしい無骨さを備えた、的確な指示。前衛と呼称された者たちが、その役割を果たさんと気迫を込めてその場に立ち、迫る脅威の全てを受け止める。
「前衛、弾いて伏せろ!後衛、一斉発射!」
五秒後、耳に届いた言葉通りの行動を前衛と呼ばれている者たちが起こした結果、そこに現れたのは、黒き大鬼の巨大すぎる群れ。
さて、五秒支えろ、とは、前衛と呼ばれている者たちへの指示であると同時に、後衛と呼称された者たちへの指示——五秒後までに備えておけという意が込もっており、一斉に発射するための何かを準備したということ。
前衛と呼ばれた者たちが目の前の黒き大鬼を全力で弾き返し、その場に伏せたと同時に、その何かが場に現れる。それは、極彩色と呼んで差し支えのない光の奔流——魔法、魔術、魔導、その力の全てがないまぜになったそれが、黒い群れを飲み込まんと唸りを挙げる。
「前衛、そのまま待機!中衛前進、掃討せよ!後衛、前衛への回復支援!」
大勢は決した、とはいえ、その場は間違いなく敵地。油断慢心は趨勢を逆転させる猛毒であることを、彼女——花宮 加奈はよく知っている。だからこそ、気を抜くことも思考を止めることもない。
多くの命を預かっている、自分に預けてくれていることを、彼女は、重々承知しているから。
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2043/07/28 (火) 13:27
横浜ダンジョン四階層 臨時拠点
何事も最初が肝心、というのは、人もオーガも変わらないということだろう。四階層への階段を登り終えた先には広大な空間、三方に分かれた通路からそれぞれ二万ほどの敵の群れ、計六万超の大群とやりあうことになったカイトたち。とはいえ、そこは歴戦の探索者クランであるクリムゾン・オーダーと月煌蝶、見事な連携で撃退する。
しかし、彼ら彼女らの表情は、そこまで明るいものにはならなかった。
「——ブラックオーガ?」
「せやね。打たれ強いとは思うたけど、まさか、ここまでヤバなるとは思わんかったわ。うちの奴らがしっかり解析しとるから、詳しくはそれを見てからやな——」
臨時拠点内に設置したテントで話すのは、探索者クラン『クリムゾン・オーダー』クランマスターの花宮 加奈、探索者クラン『月煌蝶』クランマスターの生天目 良悟、この二人。
敵——ブラックオーガの大群を撃退、つまり、半数ほどを撃破、半数ほどが撤退するという結果で、四階層初戦を終えたのち、勝利に浮かれることなく、すぐさま取り掛かったのは——通路の封鎖。
ダンジョン攻略は長期戦である。次の階層に進むごとに強さを増していく魔物がその原因の大半なのだが、ならば、どのように対応するのが最適解となるだろうか。過去五年間、さまざまな試行錯誤が行われてきた中、被害が少なく、効率の良い攻略法がいくつか考案されてきた。
これはその中の一つ——ぱむぱむメソッド。日本有数の探索者クランである『ぱむぱむファミリア』が考案したダンジョン攻略法であり、多くのクランが参考にしている。
交戦の際、危険な状況に追い込まれる理由の大半が、挟み撃ちなどのような数的不利。ならば、そうなってしまう要因を無くしていけばいい。それが、ぱむぱむメソッドの基本理念。
今回のように三つの通路があるならば、まずは全て塞ぎ、態勢を整える。塞ぎ方は簡単——土石魔法による力技だ。土石魔法は拠点設置の際にも重用するため、ダンジョン攻略には欠かせぬスキルである。
土石魔法の使い手による臨時拠点の設置後、通路の一つを解放し、いくつかの隊にわけてローテーションで探索していく——というのが今回のプランである。
「——なるほど、これは厄介だな」
「ほんまやで。オーガ自体、厄介なんやけど、こいつは更にやな。で、さっきの奴ら、七万近くおったらしいで?」
「ということは、最低でも二百万以上か……」
「四階を開くん、結構時間かかってもうたからな……下手すりゃ、その倍やで……中々どうして楽しなってきたやないか——」
全てのダンジョンに共通すること、傾向として、階層更新時に初めて交戦した大群は斥候部隊——本隊は、最低でも三十倍、階層を更新するまでに時間をかけた分だけ数が増すと言われており、カナとリョウゴは、四百万超のブラックオーガが待ち構えていると予想している。とはいえ、二階層にせよ、三階層にせよ、同じようにオーガの大群を撃破してきているからこその四階層到達である。そうであるにも拘らず、カナとリョウゴが警戒しているのには、二つの理由がある。
一つは、オーガの進化個体であるブラックオーガが想定以上の強さだということ。
月煌蝶の斥候職による解析スキルの結果、判明したのは、三階層のオーガたちと比べ、五〇から一〇〇レベルほど高く、ほぼ全てのステータスが五割増し、最悪なのはVIT(バイタリティ)が通常のオーガより約三倍ほど高いこと。その数字は、三階層の階層主であるオーガヒーローのそれに近く、別の言い方をするなら、オーガの三倍倒しにくい。
つまり、四階層の難度は、三階層の三倍以上であるということ——現在のダンジョンの中でも、最高クラスの高難度であるということだ。
残る二つ目の理由、それは——
「——簡単とは思っていなかったが、ここまでとはな。そういう意味では、アンナがここにいて良かった」
「そりゃ確かに。『アスクレピオス』持っとるアンナはんがいるかいないかで、攻略速度が——」
「ま、それもそうだが……アイツらを呼ぶ口実になるからな」
「ああ、なるほど。大先輩方が来てくれるんなら、ありがたいですわ」
「とはいえ、来れても二人くらいか……そうなるとやはり——」
「リポップ対策言うたら、あの方ですな」
「当然だ。九州から来てもらうさ——」
リポップ——それが、もう一つの理由。
ロールプレイングゲームなどで、モンスターが現れることを、ポップと呼ぶ。そして、そのモンスターを倒したあと、しばらくすると、再び同じ場所に現れる現象を、リポップと呼ぶ。
実のところ、拠点を建てたり、道を舗装する理由が、このリポップにある。
魔物は、ダンジョンから生まれる、が、アスファルトやコンクリートで舗装した場所からは、少なくとも今現在まで、魔物が生まれたという報告は無い。そもそも生き物が勝手に生まれてくる時点で、地球上での生命の摂理からは逸脱しているが、ダンジョンではそういうものだと、多くの者が納得している。
そして、リポップ、つまり、魔物が生まれてくるまでには時間がかかるわけだが、階層を上げれば上げるほど、生まれてくるまでの時間が早くなる。
カナとリョウゴが、横浜ダンジョン四階層を警戒し、慎重になるのは無理もないことである。