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2043/07/27 (月) 17:24
横浜ダンジョン一階層 本道
アカネの実力を確かめること、魔導杖ノースタイラーの実戦での使用感を確かめること、この二つの目的を果たした三人は、三階層から二階層、一階層と、巡回任務をこなしつつ、会話を楽しんでいた。女三人寄れば、というやつである。
話題は、三人の共通の話題でもある、カイトのことになった——
「——そういえば、ナナミンから聞いたんだけど、カイトくん、リョウゴくんのお手伝いしてるんでしょ?」
「はい、そうみたいです。昨日は、リョウゴさんに
リョウゴ曰く、その日予定していた横浜市内の
「今日も、
「朝ごはん食べたら、着の身着のまま、寝癖を直す間もなく……よっぽど楽しかったんだと思います」
「そかそか……それじゃ、あの時のことは、明日、ちゃんとお礼しなきゃ」
「えっ!?アンナ、お礼してないの?アンタにしては珍しくない?」
「それって、筑波のこと、ですよね?」
色々と思うところがあるのだろう、アカネがバツの悪そうな表情となり、それを見たナナミンが怪訝な表情。
「ん?多分そうだよね?アンナ?」
「うん、そうだよ〜」
「結果的には良いことをしたんだとは思いますが、カイトにも非があると言いますか……」
「え、どういうこと?」
アカネの説明を要約するとこうだ——竜胆学園の入学式の前日の夜に、カイトは階層主を倒した。
午後六時になっても渋谷に帰ってこないカイト、ゲンジが筑波ダンジョンに急行、どうやら最前線にいるらしいカイトの元へ。魔導バギーで現場に到着したゲンジ、カイトを叱りつけながら連れ帰った——というのが事の顛末である。
「なるほど、お礼を言う間もなかったわけだ。アンナにしては珍しいと思ったわ」
「このことがあって、カイトは、夏休みまでダンジョン禁止になりまして」
「なるほど……三ヶ月も音沙汰なかった理由がそれなんだ」
「私の場合は、単純におじいちゃんから許可が下りなくて、行けなかったんですけどね」
「え?アカネちゃんでも許可下りないの?」
「たまに、竜胆学園の学生さんをダンジョンで見かけることはありますが……」
ナナミンもアンナも納得がいかない。竜胆学園の学生は、ダンジョン攻略のことを日々学んでいることから、決してレベルが低いということはない。ないのだが——
(アカネちゃんより強い学生なんて、カイトくん以外、見たことないんだよなー……)
(今の時点でも、A級か、もしかするとA+までなれそうなアカネさんに、許可が下りないのですか?)
どう考えても、アカネより強い学生がカイト以外にいるとは思えないナナミンとアンナ。二人の表情から察したのだろう、アカネに許可が下りない理由、その答えを口にする。
「その、おじいちゃんが心配性で——」
その言葉を聞いたナナミンとアンナは、揃って同じ考えに至る——藤堂先生って過保護なんだ、と。
藤堂 源慈、孫たちが大好きである。
「でも、入学前ですけど、カイトくんは筑波ダンジョンに行ってますよね?」
「あ、確かに!」
そう、入学前ではあるが、カイトは確かにダンジョンに赴き、当時の筑波ダンジョン最前線である五階層の階層主を撃破したからこそ——その戦いぶりの凄まじさに、日本大好きアンナ=イングラムが、戦いの神と云われる『阿修羅』を連想し、その名が広まったのだから。
「え、と……どうしようかな……」
「ん?」
「どうかしましたか?」
アカネが言い淀む。その様子に、どうにも言葉にしにくい何かがあるのだとナナミンとアンナは理解した。
「言いにくいことなら大丈夫ですよ?」
「そうそう、無理に聞くつもりないもん」
「言いにくいわけでは……そのうちバレるし、いいよね、うん……」
「え?」
「一応、他言無用にしてほしいんですが——」
アカネがキョロキョロと周囲を見渡し、ほかの探索者や傭兵がいないことを確認し、ナナミンとアンナに、その事実を伝える。
「——……うっそでしょ?」
「いえ、でも、確かに……」
「おじいちゃんって、EX級ですよね」
藤堂 源慈もまたEX級探索者でありEX級傭兵。ただし、他のEX級と異なるのは、異能ではなく純粋な武の力量のみで、その位置に至っている、現代の武人として最高峰の一人であること。ちなみに、ゲンジ同様、武の力量のみでEX級ライセンスを取得した者が他に二名存在する。
「つまり、そういうことなんです」
「た、確かに、そう言われたら……」
「だね……そりゃ、藤堂先生でも止められないわ——」
藤堂 海斗が、藤堂 源慈に止められることなく、筑波ダンジョンに挑戦できた理由。それは、とてもシンプルなもの。
剣聖より阿修羅の方が強い、だからこそカイトがダンジョンに挑戦するのを止めなかった、ただそれだけの、非常にシンプルでわかりやすい理由である。
「おじいちゃんはもちろんですけど、僭越ながら私も、出稽古先なんかで褒められたりするんです……それこそ、天才、とか……」
「うーん、実際、アカネちゃんは天才なんじゃないの?」
「私もそう思います。藤堂先生も、それは同じだと思いますけど——」
「私なんて、天才なんかじゃありません。確かに、才はあるのかもしれません。環境にも恵まれてます。自分なりに修練鍛錬を積んできた自負もあります。だからこそなんです。だからこそ、私は、天才じゃないんです」
アカネの言葉の意味をいまいち理解しきれないナナミンとアンナ。アカネという少女が、武の才に溢れていることは、素人の二人でも見てわかるからこそ、なおさら理解し難いようだ。
「おじいちゃんが、私に教えてくれたことがあります。本当の天才、真の天才の条件です。ただ、おじいちゃん自身、あくまでも自分の考えだから鵜呑みにはしないようにとは言ってましたけど……私もこの考え方に賛同してます」
アカネの言葉に、ごくりと唾を飲み込む、ナナミンとアンナ。アカネは、ゲンジに伝えられた言葉を、二人にも伝える。
「——二心が無いことです」
「二心?」
「はい。例えば、剣士であれば、剣を振るうだけでいいんです」
「振るうだけって……」
「剣のことを考えることすら邪念、雑念なんです。二心無き剣には程遠いんです」
「頭空っぽで、剣を振ればいいってこと?」
「理屈としてはそうです。ですが、ただ闇雲にがむしゃらに剣を振っていてどうにかなるほど、甘い世界ではないのはわかりますよね?」
うんうんと頷くナナミンとアンナ。二人を見て、軽く微笑むアカネは言葉を続ける。
「カイトはそれができるんです。といいますか、それに近いことをやってる方って、実は多いんですよ?」
「え?そうなの?」
「はい、二心が無いというのは、つまり——夢中になることなんです」
「「——っっ!?」」
目から鱗が落ちるとは、正にこのこと。二人は、その言葉の意味が示すことを理解した。アカネが言いたいこととはつまり——
「楽しむってこと?」
「はい、そういうことです。でも、実際は、そんなに簡単なことじゃありません」
確かに、とナナミンとアンナは心で頷く。
例えばこれが、二人の好きな歌ならどうだろうか。歌うことが好きで、夢中になって歌って。だがそこに、他人との比較を求められたら?プロとしての評価を求められたら?果たして、歌うことに夢中でいられるだろうか。
「二心無き、か……難しすぎない?」
「うんうん、改めて考えてみたら、何かに夢中になれるってすごいことだよね……」
「カイトが凄いのは、戦ってる間だけじゃなくて、起きてる間、ずっと夢中なんです」
「ど、どういうこと?」
「——イメージトレーニングです」
「あっ!ひょっとして、カイトくんがダンジョンの外で、いつもポワポワしてるのって——」
「はい、いつも頭の中で夢想してるそうです。それを聞いた時から、私もおじいちゃんも、イメージトレーニングを積極的にするようにしましたね」
なるほど、と納得するナナミンとアンナに、更なる追撃をするアカネ。
「ただ、それはそれとしまして。私個人が、自分は天才なんかじゃないって実感した時がありまして……実はカイトって、どれだけ剣を振っても疲れないんです」
「そんなことって、あるんですか?」
「……確かに、言われてみたら、カイトくんの息が上がった姿って見たことないかも——」
大侵攻の時もオーガヒーロー討伐の際も、カイトの息が上がった様子を見ていないことに、ナナミンは気づき、その理由が聞きたくなっていた。
「私も気になって本人に聞いたんです、なんで剣を振ってるのに疲れないの、って。そうしたら、すごく不思議そうな顔で少し考えて、私にこう言ったんです——」
アカネの質問にカイトが答えたその内容を聞いて、ゲンジとアカネが自分のことを本当に天才と思っていないことを理解し、同時に、その二人をしてカイトが本当の天才と評したくなる気持ちが、ナナミンとアンナもわかってしまった。
アカネの質問へのカイトの答えはこうだ。
「——んーとね、病気じゃない限り、息を吸ったり吐いたりするのって疲れないよね?アカネは、疲れちゃうの?」
夢中になって剣を愉しんでいる者、それが藤堂 海斗という名の本物の天才。その才は、剣を振るうことを呼吸することと同義にしてしまう。