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 2043/07/29(水) 11:46

 傭兵ギルド横浜支部


 赤髪の青年は、入った瞬間に気づく。


「——なるほどな……」


 その六階建ての小綺麗なビルの一階中央に位置するは総合受付、そこの施設などに用件がある場合、誰もが皆、そこに向かう。それは、赤髪の彼も例外ではないようだ。


さんは、今いるかい?」

「はい?失礼ですが、どちらさ、っっ!?」


 携帯情報端末を手に取り、白昼堂々とサボる受付嬢が、目の前にいる赤い髪の青年が何者なのかを認識する。その様子を見ていた、他の受付嬢たちもまた、傭兵ギルド横浜支部に訪れた青年のことを認識する。


 正規の傭兵たち全員が受け取っている等級別のタグプレートの中でも、ごく一部の傭兵だけに与えられた、その漆黒のタグプレートの意味を知らない傭兵ギルドの受付嬢は存在しない。


「し、失礼しました!沢渡サワタリ北斗ホクト横浜支部長のことで間違いないでしょうか?」

「そうそう、ホクトさん、いるかな?」

「え、と……支部長は——」

「おや?おやおや!これはまた、なんとも珍しい方がお越しになられたのですね!」


 まるで図ったかのようなタイミングで、赤髪の青年に話しかけた銀髪の男、その脇には、世間がイメージするビジネスマン像を再現したかのような黒髪スーツ男。


「カルマに、ハセガワさんか——」


 どうにも鼻につく口調の銀髪男は――カルマ。日本最大規模級の傭兵クラン『ルミナス』のクランマスターである。

 そして、そんなカルマの脇にいるハセガワと呼ばれた男——


「これはこれは、ヤナギくん、お久しぶりですね!活躍は聞いておりますよ」

「ああ、久しぶりだな、ハセガワさん。聞いたぜ、支部長補佐になったんだろ?」


 黒髪スーツ男の名は、長谷川ハセガワ慎二シンジ、四十七歳。傭兵ギルド横浜支部長補佐、つまり、傭兵ギルド横浜支部において、支部長に次ぐ権力者である。


「ええ、ええ、そうなんです。働きを正当に評価していただけるのは有り難いことですね」

「ああ、ごもっともだな。おめでとう——」

「いやはや、ヤナギくんに祝福されるのは、素直に嬉しいですな——」


 ヤナギと呼ばれた赤髪の青年と、ハセガワが握手する。そこに流れる雰囲気から、どうやら二人は知己であり、友人に近い間柄のようだ。


「で、ハセガワさん、ホクトさんは——」

「それがですね——」


 一昨日、横浜に拠点を置くとある傭兵クランが、何者かの襲撃を受け、クランメンバー全員が行方不明になっている——ヤナギと呼ばれた赤髪の青年は、そのような説明を聞かされる。


「ブラックドッグの奴らが……で、ホクトさんまで連絡が取れなくなったと——」

「はい、昨日の昼過ぎくらいにギルドを出て、夕方に一度通話して以降、こちらからの連絡に出れなくなったようで……」

「あのホクトさんまで行方不明、か……それは流石に——」

「ふふ、心配無用ですよ——」

「どういう意味だ、カルマ?」


 ハセガワが焦燥、ヤナギが緊迫した面持ちでいるのに対し、ニヤニヤしながら二人の会話を聞いていたカルマ、会話に割って入る。


「この私、カルマ率いるルミナスが、支部長捜索をいたしますので、支部長補佐もさんも——」

「……おい、カルマ——」


 その時、その場にいたB級以上の傭兵全てが無意識に、臨戦態勢を執っていた。理由は、赤髪の青年ヤナギが——


「な、なんでしょうか……」

「俺は、テメエなんぞに、名前呼びを許可した記憶はねえぞ?」

「ぐっ……し、失礼しました、ヤナギさん」


 赤髪の青年ヤナギが激怒し、カルマを今すぐにでも殺せる状態になったことで、濃厚な魔力と殺気が身体から漏れ出た。ダンジョンでの戦いに慣れているイコール殺気を浴びることに慣れているB級以上の傭兵が臨戦態勢になった理由だ。

 そして、赤髪の青年ヤナギが、この場に来ていることに気付き、周りが騒然とし始めた。


「ハセガワさん、俺もこっちに来たばっかりだからさ。日を改めて、また来るよ」

「ええ、わかりました。何か進展がありましたら連絡させていただきますね」

「お互いにな——」


 カルマには一瞥もせず、赤髪の青年ヤナギは、傭兵ギルド横浜支部を出る。そして、携帯情報端末を取り出して操作する。


「——あ、リンちゃん、久々。トラさん、そこにいるかい?」


 彼は横浜ダンジョンに向か——わずに、横浜駅に足取りを向かわせる。


「……なるほど、とりあえず今からそっちに向かうわ。直接、トラさんと話さないと……そう、今は横浜。ほら、カナとアンナが、横ダンの階層更新してるだろ?アレの手伝い頼まれてさ……うん、一時間もあればそっちに着くから、トラさん、呼んどいてもらえるかい——」


(——ったく、カナから聞いてはいたが、予想以上におかしなことになってやがるな)


 携帯情報端末を懐にしまい込んだ赤髪の青年ヤナギは、横浜駅を視界に捉えながら、今日すべきことを考える。


(まずは、トラさんと情報共有して、そのあとはを迎えに行かないとな……アイツはホント、毎回手間がかかるな——)


 彼の携帯情報端末には、ポチという名の誰かからの救助要請に等しいメッセージが届いていた。メッセージの内容と彼の返信はこうだ。


『——トイレで居眠りしてたら、私だけ仙台に来ちゃった!?助けて、ハヤトくん!』

『わかったから、そこを動くな。牛タンでも食って待ってろ、わかったな?』





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