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 2043/07/29(水) 06:12

 横浜市内 中華料理『山清楼』屋上


「——ワンッ!」

「惜しい!もう少しだね♪」


 中華料理『山清楼』屋上、ペントハウスの中庭にて、一人の少年、一匹の幼い魔狼、一個のゴムボールが戯れていた。


「アカネちゃん、おはよ、う……プロ?」

「おはようございます、ナナミ……さん。アレは……ただの一般人ですね」


 芝生の上を裸足で縦横無尽に駆ける少年——カイトの足元には、ペット用のゴムボール。昨日、帰宅する前に購入したものだ。その小さなゴムボールを、まるでサッカーボールのように、両足や背中、胸など、サッカーのルール上で接触を禁止にされていない身体の部位全てを駆使してはコントロールしていくカイト。ゴムボールの挙動は驚くほど滑らかで、まるで生きているようだ。

 そのゴムボールを追いかけるのは、元気を取り戻した幼い魔狼、カイトのゴムボール捌きに翻弄されながらも、楽しそうに芝生を駆けている。


「エラシコ、じゃなくて、ダブルエラシコ!?からの、ルーレット!?ヒールリフトまでしちゃうの!?あの小さいゴムボールで?カイトくんって、サッカーまで凄いの?」

「剣術以外なら、サッカーのリフティングが好きなんですよね、理由は良くわからないんですけど。それにしても、流石はナナミ……さん、サッカーも詳しいですね♪」

「アイドル時代に、高校サッカーの応援団長やってたからね♪(あれ……この話、アカネちゃんにしたかな?)」


 ちなみに、何故、この場にナナミンがいるか、その理由は、翌日も朝早くから動くことになることをわかっていたから。家主であるカナの了承済みである。

 昨日のナナミンちゃんねるの配信終了後、カイト、アカネ、ナナミンの三人は帰還。リョウゴたち月煌蝶の面々は探索を継続。アンナは治癒要員として、横浜ダンジョン四階層の臨時拠点に詰めて、そのまま朝を迎えていることだろう。

 その後、山清楼のペントハウスに宿泊した方が効率的だろうとの判断から、ナナミンはアカネの部屋で、アカネと一緒に就寝した。心なしか、アカネの機嫌が良さそうなのは気のせいではないのだろう。


 さて、今、カイトにゴムボールで遊んでもらっている——カイトによってクロと名付けられた——その幼い魔狼は、昨日の夜、山清楼のペントハウス内にて、目を覚ました。



 2043/07/28(火) 20:49

 横浜市内 中華料理『山清楼』屋上


 目を覚ました幼い魔狼は、何もかもに驚いていた。見知らぬ場所も嗅いだことのない雑多な匂いも、を戸惑わせるには十分だ。そう、この魔狼はめすである。

 そんな彼女を抱いているカイトから発せられる何かだけが、寂しさを和らげ、心に安らぎを与えていた。だからこそ彼女は、カイトに、その身を預けていた。

 その後、目を覚ましたことを良しとし、クロも入浴済みとなる。おそらく、温かい湯に浸かるのは初めてのクロ、最初こそ戸惑ったものの、最終的には満喫していた。


「——ワフゥン♪」

「うん、一緒に寝ようね!」


 風呂から上がった後、クロがカイトから離れることはなく、そのまま朝を迎えることとなった。



 2043/07/29(水) 09:17

 横浜工房街 魔導工房ルミアージュ


「……ナナミン、朝早くない?」

「探索者はそういうもんでしょ?」

「「おはようございます♪」」

「カイトくんもアカネちゃんもおはよう、今日も姉弟そろって可愛いね……で、その……可愛らしいのに中々どうしてヤバい狼ちゃんは?どこから拾ってきたの?」

「クロだよ!」

「うん、そうみたいね……カイトくんの名前も載ってるし……また凄い子をテイムしちゃったね。テイムに成功したこと自体凄いのに——」

「——ってことは」

「うん、ばっちり見えてるよー♪」


 今回、カイトたちがルミアのもとに訪れたのは、備品の調達を兼ねて、クロの正体を知るため。リョウゴの提案である。

 リョウゴの解析スキルは、レベル三。解析スキルのレベル三は、戦闘メインで活動している場合、かなりの高レベルといえる。探索メインでも鑑定スキルを上げる者が多いため、レベル四以上の解析スキル持ちは意外に少ない。

 そして、ルミアの解析スキルは四、ちなみに鑑定スキルは五である。

 ちなみに、スキルレベルの上限は定かになっておらず、一つ挙げるだけでも、かなりの時間と労力、何より本人の資質が問われると言われている。現時点でのスキルレベル最高値は、調理スキルのレベル八となっている。

 さて、今回、ルミアの解析スキルによって表示されたクロのステータス内の個体名などの情報は、以下の通りである。


 個体名:クロ

 種族名:シャドウウルフ・オリジン

 主君名:藤堂 海斗

 闇の大精霊の大眷属たる影狼の真祖、その称号を継承する資格を有する者。幻想種の一。当該個体は、五代目となる(称号は未継承)。死後、闇の精霊となり、後継たる者の力となる。


 紙に起こしたそれらの情報を見たナナミンは、大いに驚くことになる。

 精霊と呼称される者たちが存在するとは知っていたものの、実際にダンジョンで遭遇したという報告がないことを知っていたから。

 精霊とは、未だに誰も接触したことが無い未知の存在であり、今後のダンジョン攻略において重要な存在になることを、世の探索者や傭兵は知っている。

 自分たちがステータス欄の職業を変更する——するためには、精霊との意思疎通が必要であることを、世の探索者も傭兵も、ずっと前から知っている。それは、自身のステータス画面を開けば一目瞭然だからだ。

 例えば、ナナミンのステータス画面であれば、このように記載してある。


 個体名:草壁 七海

 種族名:人族

 職業名:無職※

 ※転職条件を満たしました。転職を希望の際は、お近くの精霊にお伝えください。精霊の種類によって、転職可能な職業が変わります。ご了承ください。


 精霊の情報は、今の情勢において、お宝の中のお宝であるということ——クロという存在の価値は、あまりに凄まじいということだ。

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