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 横浜ダンジョン四階層 某所


 彼女は憤っている——己の不甲斐なさ、己の無力さに、心の底から恥じ入っては、自分に憤慨していた。自分の家族を救うことも出来ず、ただ逃げることを選ぶことしか出来ず。かつては五〇万を超えていた家族も、今はもう千を切っている現実は、悲しみ以上に、その心を怒りに染めあげる。

 例えば、絶対にありえないことだが、自分だけが生きていく、ただそれだけならば、彼女はどうとでもなると理解している。しかし、残された家族には、まだ幼い者たちも老いて満足に動けない者たちも多い。それ故に、やはり動けない。だが、このままでは守り切れない——彼女は、怒りと共に焦りの感情と向き合いつつ、あの忌々しい侵略者どもをどうしたらいいかを思索する。

 しかし、彼女は怒っていた——ある日、突然現れた、あの醜い大鬼のことを、ただただ無惨に噛み殺すことだけを考えてしまった。


 だからこそ、見過ごしてはならぬ異変に気づくのが遅れてしまった——



 洞窟型のダンジョンと一口に言っても、実にさまざま。それは例えば、光源の有無。場所によってはランタンなどの光源が必要な場合もあるが、横浜ダンジョンは、床や壁がほんのり光を発している。

 これらは全て魔鉱石と呼ばれており、通常の蛍光鉱物とは異なるメカニズムで発光している。その仕組みは、ダンジョンの空気中に含まれる魔素と呼ばれる物質が、魔鉱石に反応して光を発している。ちなみに、光源の持ち込みが不要な魔鉱石の等級は、鑑定スキルによると、四等級以上とされている。


「——おお!なんかいた!」


 横浜ダンジョン四階層の床や壁は、その全てが三等級以上の魔鉱石——世に出回る魔導武具の多くが、三等級の魔鉱石で製作されていることを考慮すると、床や壁を掘っているだけでひと稼ぎできる、ゴールドラッシュならぬ魔鉱石ラッシュといえよう。

 ナナミンちゃんねるを視聴している探索者や傭兵らがそんなことを考える中、ひとつの珍事が起こる。


「子供やな……っっ!?」

「怪我をしていますね——」


 その生き物は、黒く小さく——


「ふふ、治りましたよ♪」

「わーい!」

「ちょ、まさか——」

「ふぇ?」

「飼う気まんまんやな……」


 その生き物を抱いている少年を除いたその場の全員も、配信を観ている人たちも。脳裏によぎったのは、ダンジョン関連のとある用語とその生物が何者であるかという二点。

 まずは一つ目。今現在、成功例がたったの三件しか報告のない、極めて難度の高い行動——テイム。そのテイムを、阿修羅ことカイトが無意識に試みようとしていると、全員が気づく。

 そして、二つ目。カイトの腕の中ですやすやと穏やかに眠る、黒く小さな子犬生き物の正体——見つけた場所を考えれば、その子犬のような生き物が、シャドウウルフの子供であることは、誰にでも容易に想像がつくことだろう。

 だからこそ、リョウゴが心底驚いていた。


 リョウゴの解析スキルによって、その生き物のステータス画面が、リョウゴの視界にのみ表示される。その最初の項目、種族名がこのように表示されていた。


 種族名:シャドウウルフ・■■■■

【※警告※ 現在の貴方の権限では、レベル4以上の情報閲覧は許可されておりません】



『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/28 17:03

 配信タイトル:【横ダン四階】初めての横ダン四階層!ゲストもいるよ♡【ゲスト有り】


 エルチャ総額:六九万三一〇〇円

 チャンネル登録者数:一九一万六一三七名


 本日の配信は終了しました



 2043/07/28(火) 20:36

 京都 祇園ダンジョン五階層 某所


「——甘いねえ、甘々だよ」


 石畳の床、石造りの壁、規則性が見られるそれらは、何者かの手が加えられたことを想起させる。そんな場所を満たすのは、犬頭の大男たち——コボルトの群れ。粗雑な革の鎧を着込み、鉄のような物で作られたであろう剣や槍をその手に握るその者らは、皆一様に殺気立っている。何故か。それは、とても簡単な理由。

 自分たちの縄張りに、見知らぬ生き物が、勝手に入り込んで来たからだ。


「ひとつ、ふたつ、み——は、いらなかったか。ま、とりあえず、みんなも大丈夫そうかな?」


 その赤い髪の青年は、周りを見渡し——自分の仲間たちも、順当に戦えていることを確認する。同時に、彼女らからの支援要請の内容を考える。


(四〇〇万オーバーのオーガの進化個体に、新種の魔物か……ま、たしかに、俺とアイツが適任だな——)


 赤い髪の青年は、その場ですべきことを済まし、仲間にその場を任せ、向かうべき場へと——横浜ダンジョン四階層へと向かう。



 2043/07/28(火) 21:09

 鹿児島 桜島ダンジョン十一階層 某所


「あわわわっ!?」


 その巨大すぎる建造物から溢れ出てきたのは、教材で使われるような人体骨格模型そっくりの魔物——スケルトン、約百万体。違いがあるとすれば、まるで騎士のような甲冑や騎士剣のようなものを身につけていること。

 そんな魔物たちの姿を高台で見ている桃色髪の彼女は目を閉じ、ぶつぶつと何かをつぶやき、ふぅ、と一息つく。


「——カナちゃんやアンナちゃんさ、早く会いでえな〜♪あ、噂の阿修羅あすらくんや、その妹ちゃんとも会いでえな〜♪」


 独特な口調の彼女が何かを呟き終えると同時に、数十名の男女がスケルトンの軍勢に向かう——始まったのは、一方的な


横浜よごはまも久々だなぁ……色々と楽しみだべ♪」


 桃色髪の彼女は、その場ですべきことを済まし、仲間と共に向かうべき場へと——横浜ダンジョン四階層へと向かう。



 この二人もまた、かの動乱におけるメインキャスト——集うべき者らが集うことで、その地にて、大乱を起こす者たちもまた動きを強める。


 戦いの幕開けが近づきつつある、つまりは、そういうことだ。

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