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『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/29 16:04

 配信タイトル:【横ダン四階】横ダン四階層、二日目!豪華ゲスト♡【ゲスト有り】

 現在の同時接続数:約一五〇万人

 SNSトレンドランキング:世界第二位

 エルチャ総額:一〇四万一七〇〇円


 検索サジェスト:ナナミン カナさま

 横ダン四階 ナズナちん アンナさま 

 阿修羅 ニャーサーカー 黒髪ウサギ



 負けることがわかっていて、それでも勝負をやめない者、諦めない者をあざけ笑う者は少なくない。無駄な時間、無駄な労力、そのように非難する者もいることだろう。

 死ぬことがわかっていて、それでも戦いをやめない者、諦めない者を嘲笑する者もやはり少なくない。無駄死にだと侮蔑する者もいることだろう——そんな生き様を、死に様を、彼は絶対に笑うことはない。


 もし、世界中の全ての者が笑ったとしても、その魂に誓って、最後まで戦おうとする者を笑わない、彼だけは、絶対に。


「——これは……」

「嬲り殺しか……」


 臨時拠点から約七〇キロメートルほどの場所で、シャドウウルフとブラックオーガが戦っていた、いや、それは最早、戦いとは呼べないかもしれない。

 小高い丘のような場所の麓にある洞窟、その前に、巨大な——大型トラックほどの大きさの——黒い魔狼が、その身から血を流しながら!迫り来るブラックオーガの群れに対抗、まさに孤軍奮闘である。その周囲には、クロの仲間と思しきシャドウウルフの死骸も転がっており、クロが悲しそうな声を挙げていた。

 斥候役を務める者たちから報告が挙がり、その絶望的な——百万体以上のブラックオーガに対して、三十二頭のシャドウウルフという——戦力差を知ったカナたちは、どう立ち回るべきかを迷っていた。


「……ワンッ、ワンワンッ!」

「うん、もちろん——」


 その場の全員の背筋を悪寒が襲う。


「……、僕が助けてみせる」


 彼の呟きは、誰にも届かない。その代わり、おそらく彼の——藤堂 海斗の生涯初めての本気を見せる。その証拠を周囲の者に知らしめる。現代最強の剣士による掛け値無しの全力、殺気が、その場の空気全てに侵食する。


 阿修羅、降臨。


「——っっっ!?」

「な、に、これ……」


 その場の全員が、自身を襲う謎の悪寒の正体に気付いた時には、その場からまるで瞬間移動でもしたかのように阿修羅が掻き消える。そして、その数瞬後には、最も近いブラックオーガから順番に奥に向かってバラバラにされていくのを目の当たりにしていた。


「総員、阿修羅を援護せよ!魔狼たちは友軍、決して手を出すな!アンナ、魔狼たちを回復!クリムゾン・オーダーの名にかけて、全て救出するぞ!ナズナ、わかってるな!」

「はいはーい——」


 阿修羅の意を察したカナ、即座に全員へ指示を伝える。同時に、ナズナに対して何かを促し、その何かを察しているナズナもまた、カナのそばを離れ、前衛組に合流して前に進む——それは、ナズナの異能の特性を活かす、クリムゾン・オーダーにとっていつもの連携行動。


 そして、魔導拡声器を手に取ったカナが、戦域に向けて告げる。


「五秒後、敵を止める!皆、合わせよ!」


 阿修羅を含め、全員が心の中でカウントを開始。斬り伏せながらとにかく前に進む阿修羅は、巨大な魔狼——シャドウウルフ・オリジンの成体の前に到着。クリムゾン・オーダーの前衛は、ブラックオーガの群れの最後方と接敵。中衛、後衛は、五秒後に備えて遠距離攻撃の用意。


 そして、彼女の準備も整った。


「(全く、副団長使いが荒いんだから……)ほいじゃ、いきますか——」


 それは、彼女のことを第二世代——レディアント・エイトと呼ばせるだけの特殊な異能。花宮 加奈の『ケラウノス』や生天目 良悟の『レーヴァテイン』のように派手で華のある異能ではないが、ある意味では、それらの異能すら凌駕する特性を持った異能——


「——『グレイプニル』!」


 それは、何者をも捕らう不可避の紐。


「よし!ここから五〇秒だ!総員、敵を削れるだけ、削れ!」

「ちょ、五〇秒って、マジか……いやー、倒れる倒れる、っと!はい、全員、捕縛完了。大人しくしててねー」


 任意に除外した生物以外を対象として、対象の数だけ半透明の紐を作り出し、捕縛する。それが『グレイプニル』という名の異能である。

 その拘束力は凄まじく、階層主ですら無力化することも可能。ただし、長時間の異能の現出は難しく、今のナズナの場合、長くて一分。もし、それを超過した場合、魔力欠乏状態となり、しばらく動くことができなくなる。他にも魔力吸収という特性もあるのだが、基本的には捕縛目的での使用が主である——ならば、拘束しながら魔力を吸収したらいいのではと、誰もが思うだろうが、拘束と魔力吸収を同時にはできない。そして、再使用までには二分かかる。ズルは出来ないという訳だ。

 ともあれ、戦いの場における時間の一方的な確保は、戦の趨勢を左右するものである。

 制約こそあれど、約一分もの時間を確保し、自由に使えるということは、それ即ち、疑似的ではあるものの——時間を支配するのと同義。


 忍足 凪沙の『グレイプニル』とは、圧倒的な劣勢すらひっくり返せるほどの——戦局を変えうる可能性を秘めた、特殊かつ強力な異能なのである。

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