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闇の大精霊の大眷属というフレーバーテキストが暗に示すのは、その個体が特別であるということ。実際に接敵する数は違えども、純然たる事実として百万の巨大な鬼たちを一頭で相手取り、勝つことを諦めない胆力の持ち主が、気力体力ともに完調に整えられた上、新旧を問わず傷という傷が治ったとしたら——そこに、本気の阿修羅が加勢したとしたら。
状況は既に変化している。百万の軍勢で、百にも満たない魔狼を蹂躙する時間は終わった。
これより始まるは、人族と魔狼による共闘——挟撃という名の逆襲の一手である。
「——グルルァァァァァァァ!!」
挙がるのは咆哮、込められしは憤怒。かつての全盛期を凌駕する暴威がその身に宿ったことを悟った巨大な魔狼——個体名ノワールは、闇の大精霊、その大眷属たる力を、その本領を見せつける。
ノワールの影から生まれしは影狼、百体。それらは、本体の三分の一程度のステータスを有する眷属。それら一頭一頭の実力は——オーガで換算すると——実に、一騎当千。
同じく眷属たるシャドウウルフの護衛として、約半分が影に沈んでは守るべき対象のすぐそばに現れ、残りの五〇頭が、ノワールと共にブラックオーガを蹴散らす、
そこには、ノワールほどの
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配信用魔導ドローンには、配信者が任意のタイミングで視点を追加し、自動で画角などを調整する機能がある。これは、配信者から決まった距離をキープする定視点モードとは違い、配信者を別の画角から映したり、動きのあるダイナミックな映像を配信上に載せる為の機能である。また、この機能は、前もって配信者本人とは別の誰かを登録し、任意で視点追加することができる。
そして、ナナミンは、阿修羅が動いた瞬間、その機能をすかさずオンにした——日本屈指の撮れ高女王の勘がそうさせた。
結果的にそれは、大正解だった——
(——な、なにこれ……)
ナナミン御用達の魔導ドローンから射出された別視点撮影用魔導ドローンはピンポン玉くらいの大きさであり、小回りも利くことから、世間では高速と評価されるアクション性の高い戦闘ですら捕捉する。ちなみに、ルミアのお手製であり、その性能は世界トップクラス。
そんな魔導ドローンが、動きを追いきれなくなるほどの速度域——フレーム内に収まるのはほんの僅か、気付けばフレームの外に消える——そんな挙動を現実に可能とする剣士など、存在するはずがなかった。
そして、それ以上に凄まじいのが、何故すぐにフレームの外へ、阿修羅が出ていってしまうのか。その理由は簡単だ。そこに留まる必要がない——次に斬るべきを斬りに向かっているだけ、そんな簡単な理由である。
(何をやってるのかは本気でよくわかんないけど、カイトくんがキレッキレなのは間違いないよね!もうさ、クロちゃんの仲間をいじめる奴らなんか——)
この時、ナナミンもナナミンちゃんねるの視聴者も同じ言葉を想起し、口にする。それは、皆が皆、同じ気持ちになったから。
この場にたどり着く前、ナナミンちゃんねるの視聴者は、クロの愛くるしさにメロメロ、好感度爆上がりである。そんなクロの家族と思しき魔狼たちが大ピンチ、からの、ブラックオーガが本気でウザい。
では、そこから導き出された結論とは——
「——やっちゃえ、ニャーサーカー!!」
ネットミーム化、待った無しである。
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藤堂 海斗という剣士の強さ、その秘密とはなにか。それを彼の祖父に問うた場合、このように答えるだろう。
天衣無縫という言葉を体現している——型無き剣であることだ、と。
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簡単な仕事の筈だった。我らの力に屈さぬ者などいないのだから。現に、あの忌々しい獣を満身創痍に追い込んだ。あとはゆっくり確実にトドメを刺せば、我らは更なる力を授かる。さすれば、愚かにも我らに歯向かってくる生意気な小さき猿ども心置きなく喰らえる、と——黒き大鬼の中にあってなお巨大な黒鬼は考えていた、先ほどまでは。今は違う。
その筈だった、そうなる筈だった、と、不可解が過ぎる現況に、困惑と焦りだけが思考を埋める。
「——グアッッッ!?」
「ガッ!?グルァァッ!」
挙がる怒号と悲鳴、それが示すのは劣勢の況。同胞であり直属の部下である黒き大鬼たちは、
だからこそ、何故、こんな有様になっているのかを理解できない、否、理解したくない——古今、勝ち戦を負け戦に変えてしまった挙句、取りこぼした勝ちを取り戻すことに執着してしまう者の反応がこれ——愚将凡将の典型である。
「ブルァァァァァッッッ!!」
巨大な黒鬼——ブラックオーガの上位種であるブラックオーガジェネラルは発破をかける。だが、時すでに遅く、戦線の瓦解を止めることはできず。自身の前後から次々と討たれていく部下たちの姿は、彼から正常な判断力を奪っていく。
もし彼が、智将猛将に分類されるような名将だったならば、今のような状況で慌てふためくことなど、絶対にあり得ない。
そもそも彼我の戦力差は歴然——圧倒的なアドバンテージである数の力を活かし、前後どちらかを圧し潰すだけで、有利な盤面へと戻せたのだから。
彼から見て前方に、突如として現れた殺意の塊としか形容できない、その特異が極まっている存在こそが、正常な思考能力を彼から奪い取った張本人。
戦局を変えることが可能な強大な個は、戦場にてどう動くべきか、どのように動いたら効果的なのかを、その存在は、自らの行動で以って雄弁に語っていた。