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 2043/07/29(水) 16:19

 横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら


 ダンジョン攻略時の集団戦では、基本的には、三種の役割に大別される——前衛、中衛、後衛の三つだ。

 前衛に求められるのは、突破力と防御力。特に重要なのは防御力。ダンジョンの魔物の多くは、人間と同サイズ以上。そんな魔物たちが群れを成して襲いかかってくるのを食い止める、もしくは、敵の陣形を崩すための突破などが、前衛の役割である。


「——前衛!一〇秒、耐えよ!」

「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」


 骨格や筋肉の質や量、密度などの良し悪しが、膂力を初めとした総合的な筋力の大きさに繋がり、身体が大きいイコール大きな筋力を有しているのも当然であり、そうであるなら、平均一六〇から一七〇センチメートルの人間が、四メートル越えのブラックオーガの突進を正面から受け止めるのは、もはや不可能である——渋谷事変以前なら。

 それを可能にしたのは、肉体強化などの支援魔法や支援魔術、魔導武具による基礎防御力の向上など、魔法、魔術、魔導の影響が大きいのは確かだろう。

 しかし、最大の理由はSP——ステータスポイントにあると断言できる。

 渋谷事変以降、人類を含めた全ての生物が、レベルシステムと呼称した恩恵を享受している。ありとあらゆる行動がレベルアップに繋がり、レベルアップすることで基礎ステータス値が上昇、さらにステータスポイントを割り振ることで、理想の自分になれる。

 そう、自分の倍以上も大きな黒鬼の群れの前進を、たったの八名で、きっちり食い止められる戦士たち——タンクとも呼称される重戦士たちがこの場にいられるのは、ステータスポイントのおかげである、間違いなく。

 前衛職に必要とされるSTR——ストレングスの値が、ブラックオーガの平均値である五七〇を、前衛の八名全員が上回っていることで、そもそも当たり負けしない。


 大人と幼児ほどの体格差がありながら、単純な腕力で抑えつけるという光景は、渋谷事変以降の生物の在り方を象徴しているようである。


「後衛、中衛に突撃支援!中衛、近接戦の用意だ、乱戦に備えよ!」


 後衛の役割を端的に述べるなら、支援——後方からの火力支援、補助支援、治癒支援といったところだろうか。やり方自体は各々に任せる形になるが、基本はタレントを活かした異能や魔法、タレントに左右されない魔術や魔導、それぞれを臨機応変に駆使していく形となる。

 中衛は、器用貧乏とよく言われるが見方を変えるならそれは、バランスの良さを示す。時に前衛と共に敵を食い止め、時に後衛と共に遠くの敵を殲滅する。その上で、前衛にも後衛にも出来ない、戦術的戦略的な行動を可能とする。


「前衛、後衛の位置まで防御態勢で後退!後衛、二分以内に前衛を全快させよ!中衛、私が出たのを合図とし、友軍の大将と思われるあの巨大な魔狼の方向へ三人一組で各個撃破していけ!前衛と後衛は、このポジションを死守!了承した者は、鬨の声で我に示せ!」

「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」


 今、この戦場にて相対する者たちの個体数の比率は、非常に偏っている——ブラックオーガ率いるブラックオーガ約八〇万の軍勢に対するは、カイトたちとノワールたち合わせて二〇〇にも達しない寡兵。

 百万近い軍勢と約二〇〇の寡兵、常識的に考えて、軍勢の勝ちは間違いなく、寡兵の負けは順当だろう——渋谷事変以前ならば。


 だからこそ、シークレット・ナイン最強の呼び声高き彼女、花宮 加奈も動く。


「ナズナ、一分後だ!わかってるな!」


 常識が崩れ去って非常識が真実となった、あの日。幻想が現実に変わった、あの日。数多く存在する力の中からその幻想が、誰よりも早く彼女に宿った、あの日。


 その幻想は、力無き人々に涙を流させる悲劇を、憂いなき笑顔と共に在れる喜劇に変える。


「花宮 加奈、出るぞ——」


 それは、理不尽に死を与えてくる幻想を殺すための幻想。あの日、人類に与えられた——異能という名の希望、その始まり。


「——『ケラウノス』!!」


 雷の化身、降臨。



 シャドウウルフたちの拠点、その上方に浮かぶのは、人の形をした雷。その雷は、赤いポニーテールを弾ませながらブラックオーガたちの陣形を強引に焼き切り、生体機能を停止させていく。

 それは、自身の身体をケラウノスの雷へと変化させて敵陣へ突進する、集団戦における常套的な技。


 カナ曰く、雷躯らいくである。


 花宮 加奈の異能——『ケラウノス』。シークレットタレントとも呼称されているその力は、その名の由来であると思われる神話に準えたかのように、雷という自然現象を昇華し、己の意を貫くための力とするものである。

 自然現象である雷の最大電圧が約一億ボルトであるのに対して、ケラウノスの雷はその五倍——最大五億ボルト、というのが、ケラウノスのフレーバーテキストで確認可能。そして、電気を通さないと言われている絶縁体でも、自然現象である雷ですら防ぎ切ることはできない。絶縁体破壊と呼ばれる現象が、ケラウノスの雷であれば、自然の雷以上に容易く発生する。


 花宮 加奈の『ケラウノス』は、実質、防御不可能であるということだ。




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