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 2043/07/29(水) 16:22

 横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら


 カナの『ケラウノス』は、存命している全てのブラックオーガを——リーダー役であるブラックオーガジェネラルを含めて——約一分の時を費やして、生体活動を停止させた。しかし、それは、ブラックオーガ全ての殺害と同義にはならない。

 自然回復——これは、レベルシステムの恩恵に与っている者たち全てに共通するある種の機能であり、傍目には死んだように見えるブラックオーガが、まだ死んでいない理由。

 体内に当該個体由来の魔力が残留していること、人間で言うところの心臓に類する臓器が正常にその役割をこなせること、この二点を満たしている場合に限り、時を置けば、心臓に類する臓器を除いた肉体のダメージその全てが自然に回復していく。

 極端な話、体内にその個体の魔力が残っていて心臓が問題なく動くのならば、四肢が欠損してようと、脳ごと頭部が無くなっていようとも、時間が経てば元通りになるということ。ただし、種族によっては元に戻るまで相当な時間が必要であり、与えられた痛みを無かったことにもできない。そして、最も重要なのが、心臓に類する臓器の代替は意味がないということ。


 レベルシステムは完全なる万能ではないことを、今を生きる者たちはきちんと理解しなければいけない。


 なんにせよ、ブラックオーガたちが『ケラウノス』の雷によって死んでいない理由、それが自然回復による肉体修復である。

 実際のところ、オーガという種族の自然回復の速度は尋常ではない——具体例として、指を剥離骨折した場合、渋谷事変前の人間なら二、三ヶ月、渋谷事変以降の人間は最低二日、人によっては約一時間で完治する。

 では、オーガの場合、どの程度で完治するかというと——約三分。その自然回復速度は実に、人の約二〇倍である。

 何故、横浜ダンジョンが高難度なのか、その理由は、オーガという魔物の強さにある——驚異的な自然回復速度も強さの理由に含み、カナの『ケラウノス』に耐えるVITバイタリティの高さもそこに含まれる。

 シークレット・ナイン最強格である花宮 加奈の異能、そのワンアクションで絶命しきれない魔物が群れをなして襲いかかってくるのが横浜ダンジョンという場所。高難度として認定されて然るべきである。


 当然、そのことをカナは理解している。だからこそ、ナズナに用意させていた——


「——ナズナ!」


 ナズナたち前衛の上空で雷躯を解き、自由落下するカナ。そんなカナに、半透明のヒモ——ナズナの『グレイプニル』が約七〇〇本ほど殺到するように伸ばされる。案の定、宙で縛られたカナ、そんなことをされた理由は——魔力供給。

 ブラックオーガ約七〇〇体から吸収した魔力を用いて、ほぼ空になっていたカナの魔力残量の最大近くまで補填。

 地面に墜落する手前で——


「——雷躯!」


 カナの身体が雷光を纏う——雷躯、再び。

 本来ならば、MPマジックポイントの自然回復を待つか、魔力補給剤と呼ばれる魔導薬を用いるなどして、使用可能な状態に戻さなければ、雷躯の再使用はできない。前者は約二〇分の時間経過、後者は五リットル飲むことで、再使用の条件を満たす。

 カナが名を決めた技はいくつかあるが、雷躯は、その中で最も魔力消費の多い技、連続使用は難しい。だが、ナズナの『グレイプニル』によってブラックオーガたちから吸収した魔力を、魔力残量がほぼ空のカナに譲渡することで、速やかな再使用が可能となる。ナズナがカナに同道することが多くなる理由がこれ——異能同士の相性がいい、いわゆるシナジーがあるというやつである。


 何はともあれ、『ケラウノス』の一撃にオーガが耐えるならば、死に絶えるまで雷を浴びせればいい、それがカナが出した当たり前が過ぎるシンプルな結論である。その結果、ブラックオーガ約三〇万体を物言わぬ骸へと変え、残り五〇万体のブラックオーガもまた、半死半生に追い込む。


 花宮 加奈が動くことで戦場の趨勢が大きく傾くことを、クリムゾン・オーダーの精鋭らは理解している。だからこそ、カナの動き出しに合わせるように、効率よく追撃していく——残り四〇万体。

 その四〇万体のブラックオーガは、リーダー役であるブラックオーガジェネラルを守るように配置されている。未だ圧倒的な数を有しているにも拘らず、このような配置を命じてしまうブラックオーガジェネラルの心理状態は、包囲されて追い詰められている敗軍の将のそれ。


 戦局は終盤へ——



 渋谷事変以降、ダンジョンの内外ではステータス値の良し悪しが個人の評価に直結する、ステータス社会と呼称される風潮が生まれた。

 現代社会で問題になっている、ステータス格差による迫害行為——ステータス・ハラスメントという言葉を生んでしまうほど、ステータス値の高低は、生物としての強弱を決定付けてしまうと

 たが、実際はその限りではない。

 ステータスに表示される値だけでその個体の良し悪しを決めつけてしまうのは、あまりに愚かである——そのように主張し、自らの身を以って、ステータス値に頼ることなき強さを証明した者がいる。


 剣聖こと藤堂 源慈である。


 ゲンジは、ステータスに示されている数字を重視せず、タレントやスキルに頼ることなく、己の剣、その技術で——レベルアップ自体はするものの、ステータスポイントを割り振ることなく——ダンジョンの魔物たちを討伐してみせることで、ステータス値という数字に頼らずとも魔物を倒せることを証明した。

 結果、現代社会で問題となっているステータス・ハラスメントという言葉の元凶である——ステータス至上主義という考え方を、真っ向から否定したのである。 

 そして、ゲンジの孫であるカイトとアカネもまた、ステータスに依存することなき、本物の武人である。

 さて、ステータス至上主義者が阿鼻叫喚することになる、とある動画シリーズにて、一番最初に投稿される動画、その終わりはもう間も無く。


 阿修羅とニャーサーカー、この二つの異名を持つ剣士が、何故最強なのかを世界が知る日もまた、もう間も無く。


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