目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

32


『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/29 16:29

 配信タイトル:【横ダン四階】横ダン四階層、二日目!豪華ゲスト♡【ゲスト有り】

 現在の同時接続数:約二三〇万人

 SNSトレンドランキング:世界第一位

 エルチャ総額:一四九万七二〇〇円


 検索サジェスト:ナナミン 阿修羅

 ニャーサーカー ニャーサーカー無双

 カナさま 横ダン四階 ナズナちん 

 アンナさま 黒髪ウサギ



 2043/07/29(水) 16:29

 横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら


「——ははははっ!!」


 斬って斬って斬りまくる。それは、配信で今まさに映されている絵を端的に言い表す言葉。

 魔導ドローンにはAIが搭載されており、ピント調整や画角位置などの補正がオートで行なわれる。その結果、阿修羅の凄まじい動きを撮るために最適な距離感——通常の約三倍ほど遠くから撮影することで、ナナミンちゃんねるの視聴者が、阿修羅の動きを大まかに把握することができる。それを目撃している。


 それは、阿修羅と影狼たちの共演——間断無き猛攻がもたらすのは黒鬼たちの破滅。


 さて、阿修羅の連撃、その凄まじさ、驚嘆すべきは何か——その問いに対する回答こそ多くあれど、ほぼ全てに共通している特徴がある。

 それこそが、阿修羅が阿修羅たる所以。

 シークレット・ナインが一人、『アスクレピオス』のアンナ・イングラムは非戦闘職、回復を主とする支援職である、が、それ故に多くの近接戦闘職を見てきている。それこそ、シークレット・ナインやレディアント・エイトにも確かに存在する近接戦闘職の立ち振る舞いも見ている。

 そんな彼女をして、藤堂 海斗の戦い振りを目撃しては思わず口に出してしまった、阿修羅という名は、正しく確かに的を射た発言だと理解させられてしまう——その動き。

 三つの顔と三対の腕——三面六臂さんめんろっぴを有する闘争の神、それが阿修羅と呼ばれる存在への、大衆が抱くイメージだろう。当然だが、藤堂 海斗は人間、一つの顔に一対の腕である。

 もし、人を阿修羅と見間違えることがあるとすれば、その条件とは何か。簡単かつ当たり前のことだが、その人の姿が三人以上に見えるだけの動きを示す——三面六臂を再現することが、阿修羅という名で称される条件である。

 そして、三面六臂、否、それ以上を現出しているのが、現代最強の剣士、藤堂 海斗。


(に、人間の動きとは思えない……カイトくん、ホントにすごい……)


 またの名を、ニャーサーカー、そして——阿修羅。彼の真骨頂こそが、阿修羅たる所以。


「ガルァァァァ!?」


 彼の真骨頂であり所以を端的に語るなら——速さ。だが、ここで重要なのは、ブラックオーガなどのような魔物の大群を相手にしているにも拘らず、速くいられること。それが肝要。

 例えば、ボクシングのジャブ。フラッシュなどとも呼ばれるそれは、敵の近くに腕を置き、腕の瞬発力のみで放たれる、徒手格闘における最速最短の攻撃と呼んで差し支えないだろう。

 渋谷事変前でも世界トップレベルのボクサーが放つジャブは時速五〇キロメートルを超え、渋谷事変後である今なら時速二〇〇キロメートル超えは間違いない。単純な速度であれば、阿修羅の剣は、その倍となる。

 問題はここから——最速最短を誇るジャブは、ブラックオーガにどれほどのダメージを与えることができるだろうか。

 そう、阿修羅の剣は速さと同時に、ブラックオーガを致命させる鋭さを有している。言い換えるなら、スピードとダメージを両立させている、剣士の理想——幻想を現実にする。

 それが阿修羅の剣であり真骨頂、阿修羅が阿修羅たる所以——天稟であり天賦の才。

 悪鬼羅刹が集いて狂喜乱舞していた剣の終わりの時代でも、天の上においても天の下においても、渋谷事変前でも渋谷事変後でも、彼の才は、唯一無二。


 その才に、強いて名を宛てるとするならば、神と呼ばれる者たちですら凌駕するという意を込めて——『神越者』。


 彼の逸話——敵が一つ斬ろうとする間に三つの突きを放って貫き殺す——という、現代風に言うなら、舐めプに等しい戯れを死線上であっても可能とすること、それも、渋谷事変前にそれが可能であること自体が、彼の才の高さを証明している。

 戦の場から離れたことで、戦の場で得られた知と智を武に換える作業——練磨に次ぐ練磨、研鑽に次ぐ研鑽を終えた日本中の武、その集大成とも呼ぶべき舞台にあって尚、かつての彼は天稟てんぴんと呼ばれるほどの剣士だった。

 日本各地で、長きに渡り磨かれた武を体現する者、武人たちは、その舞台にて、悪鬼羅刹と化す。その狂気的なまでに磨かれた武に取り憑かれた鬼たち——すら恐れる者たちこそが、その舞台の主演たち。

 その者たちは、悪鬼羅刹どもが喰らい合う舞台——幕末、京の都を跋扈しては己の武を披露する鬼どもを喰らう狼、壬生狼みぶろとして恐れられた者たち。


 その名は——新撰組。


 鬼を喰らう狼の群れたる新撰組、そこの誰もが認める不世出の天賦の才が、かつての彼にその肩書きを——『一番隊組長』という名を与えた。

 現代よりも短い五〇余年という当時の平均的な寿命よりも圧倒的に短い、二十四年という短い生涯。それに輪を掛けて短い、新撰組発足から五年にも満たない活動期間。

 だがそれでも、かつての彼は、現代の最強談義において必ず名が挙がる存在となった。


 もし、病に侵されてなければ。

 もし、天寿を全うしていたら。


 かつての彼は、剣から銃へと移り変わる武人にとって不遇な時代に、古今を見回しても比肩する者無き才と、その才に不釣り合い過ぎる弱き肉体で生まれ落ちた、剣士として不運な生涯だった——とされていることを、かつての彼に関する知識として現代まで残っているからこそ、今を生きる者は夢想する。


 もし、ダンジョン攻略に挑んだらどうなるんだろうか、と。


 それは当然、彼だけの話ではない、歴史に名を刻んだ英雄英傑、その全員が対象になることは間違いない。だが、彼もまた、そのうちの一人であることに変わりない。

 剣の時代の終わりに集いし悪鬼羅刹が認める壬生狼という名の修羅たち、そんな修羅たちに認められた修羅の中の修羅こそが、かつての彼。


 その名は——『沖田 総司』。現代最強の剣士にして阿修羅と呼ばれし者の魂に刻まれた、大いなる者の名である。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?