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 1868/01/25(土)

 山城国 某所


「——げふっ、がっ、ぐ、あ……」


 周囲の者と同じように、戦装束とも呼ぶべき軍服を纏った青年が口から血を吐いては、身体を震わせながら地に膝を突く。


(ふ、ざけるな……ふざけるなよ……だめ、なんだよ……これは、この戦いだけは、僕が行かなきゃだめなんだ……)


 しかし、体に力が入らないのだろう、地に伏した青年が、向かうべき約束の場所とは真逆へと運ばれていく。


(僕が守らなきゃ、みんなが……みんなが……そんなの、いやだ……動けよ、僕の身体……お願いだ、動いてくれよ!僕を戦わせてくれよ、みんなを守らせてくれよ——)


 その年の八月、この青年は命を落とす。その二ヶ月前に斬首された、兄のように慕う男の後を追うように。

 のちに戊辰戦争と呼ばれる戦い、そのきっかけとなる戦いに、この青年は参戦することすら出来なかった。


 そして、時代が変わった。



 2043/07/29(水) 16:35

 横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら


 線が一つ引かれる度に、幾つもの命が消える。斬線とでも呼ぶべきそれは、一人の少年が生み出すもの。その少年の凄絶な笑顔と挙がる笑い声は、先程まで大挙していた黒い鬼たちの歩を止める。ならば、と少年から近寄っては宙に線が何本も描かれ、黒い鬼たちに拭うことを許さぬ恐怖と、逃れることも叶わぬ死を贈りつける。どれだけ拒もうとも、少年は、黒い鬼たちに贈り続けることだろう。

 黒い鬼たち——ブラックオーガジェネラル率いるブラックオーガの軍勢は、迂闊にも土足で踏み入ってしまったのだ。

 その少年の触れてはならぬ領域——前世まで含めた生涯で最も悔しく、最も憤った時の、あの日の感情を思い出させてしまった。


 今の少年は、かつて『沖田 総司』として生きていた頃の感覚が完全に蘇り——自分と同等の力量を有する悪鬼羅刹と化した武人たちを相手に殺し合いをしていた、新撰組一番隊組長としての感覚を以って——本当の意味での阿修羅と化していた。


 少年の身体がブレる——次の瞬間には、少年の周囲のブラックオーガ五体が四等分にされていた。何をどうすれば言葉通りの瞬殺が可能になるのか、ブラックオーガにはわからない。しかし、目の前の現実の意味だけはわかる。

 この小さき者が、小賢しい猿の皮を被った——竜や龍、魔王やといった、外に存在する絶対的強者と同じような——怪物の類いなのだと、ブラックオーガたちは理解させられた。


「——ふふふ、ははっ、はははは!」


 少年は笑う。それは、いとも簡単に殺されていくブラックオーガの醜態を笑っているわけではない。他者を斬り殺すことが楽しくて笑っているわけでもない。

 ただただ嬉しいのだ。自分の感情に身体が付いて来てくれることが——最後まで一緒に力尽きるまで戦いたかったあの時とは違い、助けたいと思った自分の気持ちを身体が裏切らないでくれることが嬉しくて仕方がない、と、少年は心の底から歓喜していたのだ。

 これは、続きだ。あの日あの時、終わってしまった剣の未来——そうなるべくして生まれた者の途絶えてしまった道、その続き。


 故に、阿修羅は笑う。



 2043/07/29(水) 16:37

 横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら


(な、なんだ、あの化け物は——)


 この戦場には、外でも強者と呼べる者たちがいる。その中でも、特に強い者が三者——と考えを巡らせているのは、天井付近に潜伏しながら、この闘争の趨勢を見守る彼女。


(雷使いと影狼の真祖、こいつらなら私だけでも一応はどうにかなるだろうが……問題はアイツだ——)


 彼女自身も強者に類するからこそ理解できることがある、あの人族の子供は異常だ、と。

 勝負に絶対は無い、殺し合いならば尚のこと。だが、そのことを踏まえても、このように言うしかないこともある——万に一つも勝ち目が無い、と。


(竜や龍の頂天に座する者ら、世界より認められし本物の勇者、そして、我らが主君たる魔王陛下——そういった絶対的な強者は確かに存在している。あの人族の子供も、そういった化け物の類いだろうな。もしかすると、今代の勇者以上の——)


 つい先月、戦場で相見あいまみえた今代の勇者とその仲間たち。その強さを思い出すと屈辱に身体が震えるが、同時に、照らし合わせる。


(……やはり、この少年の方が上、か?勇者は、仲間どもの支援あってこその強さ。この少年を支援しているのは、影狼の真祖のみ。たったそれだけで、オーガ軍の精鋭どもを相手にここまでやれる……いや、ここまで何もさせないとは、だな……さて、既に勝敗は決したか……ふふ、少し寄り道し過ぎたようだ——)


 膝まで伸びる美しい紫髪、その綺麗な髪をかき分けるように生えている山羊のような形の黒角は、彼女がただの人間ではないことを示す。

 そして、背中から伸びるコウモリのような大きな翼が動き出し、戦場には不釣り合いな赤いドレスを翻しながら、しかし、周囲からはその存在を隠しつつ、彼女は向かう。

 彼女の行く先は、三階層へ続く階段であり、その先の先こそが目的地——地球側の地上。


 彼女の名は、シルフィナ。ダンジョンの外において——地球側ではない方の人間たちから——魔族と呼ばれている者であり、絶対的強者たる魔王が率いる魔王軍、その一員である。



『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/29 17:04

 配信タイトル:【横ダン四階】横ダン四階層、二日目!豪華ゲスト♡【ゲスト有り】


 エルチャ総額:一六九万一七〇〇円

 チャンネル登録者数:二〇三万二〇六四名


 本日の配信は終了しました



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