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2043/07/29(水) 20:29
横浜市内 中華料理『山清楼』屋上
「——なるほど、これが
「食べちゃいけないものとか、ありますか?」
「ご配慮、痛み入ります。大抵の毒であれば、我々は無効化しますので心配無用です。ただ、あまり香りの強いものは——」
四階層東ルートでのあれやこれやを済ませたカイトたちは、今日も今日とて、滞在先である山清楼屋上のペントハウスへ帰ってきた——新たな住人
さて、新たな住人たちの中心は、膝よりも長い艶やかな黒髪が美しい妙齢の美女。その膝には、上機嫌な様子のクロがちょこんと座る。
そんな彼女の名を、カイトたちは、横浜ダンジョン四階層の東ルートにて知ることになる——
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2043/07/29(水) 17:06
横浜ダンジョン四階層東 影狼のねぐら
残り一〇万を切った辺りで、ブラックオーガジェネラルは撤退を決めたのだろう、比較的手薄な場所から逃げ出してしまった。リーダー役であるブラックオーガジェネラルの逃亡に、残されたブラックオーガたちは大混乱、散り散りに逃げ出していった。
そうして、影狼のねぐらでの戦いを終え、クロとノワールが再会する、その一部始終を見たカイトたちは、心が安らぐのを感じていた。無論、全てのシャドウウルフを救えたわけではなく、到着前に重傷を追わされた個体の中にはアンナたち『スイートハート』の治癒が間に合わず、そのまま亡くなった者たちもいた。
だが、それでも——
「——皆さま、どうか罪悪の想いにだけは囚われないでいただきたいのです」
「「「——っっっ!?!?!?」」」
「皆さまのおかげで、死にゆく定めに巻き込まれてしまった多くの同胞が救われたのです。感謝こそすれ、非難の類がこもった言葉や意を皆さまに向けることは、このわたくしが許しはしません。皆さまには、我々からの感謝の意だけを受け取っていただければ幸いです——」
おそらく、この場にいた全員が思ったことなのだろう、多少の誤差はあれど、ほぼ全員が同じような言葉を口走った。
魔物が日本語を喋った!?、と。
「——あら、これは失礼いたしました。わたくし、闇の大精霊さまが眷属の一、シャドウウルフ・オリジンのノワールと申します」
しかもめちゃくちゃ丁寧だ!、と、その場の全員が思ったのは間違いないほど、それは見事すぎる流暢な日本語が、大型トラック並の大きさの魔狼の口から放たれていることに、皆が皆、驚きを隠せない。
一同の驚く姿を見たノワールが思い至ったのだろう、全身から黒い粒子——闇の魔力を漲らせ、身体全体を覆い、球状の霧のような何かでできた巨大な球が現れる。
そして——
「こちらの方が話しやすいですか?」
黒い霧の球が形を崩し、大型トラック並みの大きさの魔狼がいたはずのそこに現れたのは——妙齢の女性。黒いナイトドレスに身を包み、膝よりも長い艶やかな黒髪に赤い瞳、妖艶でありながら柔和な雰囲気も見て取れる、まさに美女がそこにいた。彼女が誰なのかは聞くまでもないとは、そこにいる誰もが思っているだろう。しかし、ひょっとしたら別人の可能性が、微粒子レベルで存在するかもしれない、という古のネットスラングを脳裏に浮かべながら、ナナミンが切り込む。
「え、と……聞くまでもないかもだけど、一応聞くね……クロちゃんのお母さんの、ノワールさん?」
「はい、その通りです♪」
その場にいたほぼ全員が、ですよねー、というツッコミを心の中でしてしまうくらいにはわかりきっていたこと。だが、事の問題はそこではない。
「ま、魔物って、人になれるの!?いや、そもそも何で日本語を喋れるの!?」
ナナミンの疑問はもっともである。その場にいたほぼ全員が、そうそう、それそれ、それを聞きたかった、と言わんばかりに何度も頷いていた。
「なるほど……なんとなく感じてはいましたが、皆さまは、異世界の人族の方々、という理解でよろしいのでしょうか?」
ナナミンちゃんねるパーティであるナナミンにアンナ、アカネ、クリムゾン・オーダーのカナやナズナたち、その全員が、今、ノワールの口から語られることがものすごく重要なことだと察した。そういうことに興味のないカイトはクロと
「ちょっ、ちょっと待って!ノワールさん、色々と詳しく話ができる人、呼んでもいい?」
ナナミン、話を中断してでもこの場に呼ぶべき人間がいると主張する。誰を呼ぶべきかを挙げると、その場にいたほぼ全員が納得。魔導バギーで二〇分もあれば、その人物がこの場に到着するので、連絡を入れて、しばし待機することに。
一六分後——
「——お待たせー!話ができる魔物だって?なんだか面白いことになってきたねー♪」
魔導工房ルミアージュ店主にして、大人気配信者であるナナミンのスポンサー、そして、世界屈指の天才魔導師——西条 ルミアがあらわれた。
世界が、異世界を知る。