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婚約破棄されたけど、推しがスマホから出てきてプロポーズしてきた件
婚約破棄されたけど、推しがスマホから出てきてプロポーズしてきた件
たかつど
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年07月01日
公開日
1.5万字
連載中
貴族の御曹司である婚約者・蒼月レオンに冷たく告げられる。 「君のような地味な娘は、俺の隣にふさわしくない」 絶望の中、家を飛び出したほのか。雨の中、涙ぐんでスマホで推しの動画を再生―― 「ルキくん……わたし、もうダメかもしれない……」 すると、画面から光が―― 突然、スマホから飛び出してきたルキ。 「やっと……見つけた。ずっと君を見ていた」 なんと彼は二次元キャラではなく、“別世界に実在する人物”で、ある理由から現世に干渉できる存在だった。 ルキ「君の魂の輝きが、僕の世界と繋がった。君を泣かせるやつの代わりに、僕が幸せにする」 ――いきなりのプロポーズ。

第1話 プロローグ:婚約破棄、そして推しとの出会い


「君とはもう終わりだ、ほのか」


 ――その一言が、私の人生を終わらせた。


 ちょっと待って、それ言うの、今ここで?

 このお城みたいなパーティー会場のど真ん中で、みんな注目してるのに?


「え、ちょ、待って……なんで?」


「君みたいな地味で冴えない子が、俺の隣に立てるとでも思っていたのかい?婚約破棄だ」


 その瞬間、周囲の笑い声がいっせいに上がった。

 上流階級の子息たちの冷たい目。

 シャンデリアの光が、涙のしずくをきらめかせる。


 だめだ。ここにいたら壊れる。

 私は靴を鳴らして走り出した。まるでガラスの靴を落としそうな気分で。



 家に帰る気力もなくて、真夜中の公園にひとり。

 雨はどんどん強くなるけど、どうでもよかった。

 私はスマホを取り出し、いつものように「推し」の動画を再生する。


 アイドルグループ《†Neon Grave†》。

 そのセンター、天ヶ瀬ルキ。

 銀髪、赤い目、儚い微笑みと突き刺すような歌声――

 ああ、彼だけが、私の世界の光だった。


『いつか、君を見つけ出すよ。たとえこの命をかけても』


 ルキの歌声が流れる。


「……見つけてよ、今、私ここにいるのに」


 涙がぽたぽたスマホに落ちる。


 その瞬間、画面が激しく光った。


「え――?」


 スマホが熱を帯び、光の粒が溢れ出す。

 目を見開いた瞬間、まばゆい閃光が夜を切り裂いた。



 次に目を開けたとき、目の前にいたのは、

 濡れたアスファルトの上にひざまずく、天ヶ瀬ルキ本人だった。


「……やっと会えた」


 そう言った彼は、画面の中よりもずっと綺麗で、

 だけど、それ以上に――現実離れしていた。


「君が、泣いてたのが見えた。僕の契約者……夢咲ほのか」


「え、え? え??」


「君を、俺の世界に連れていく。もう誰にも泣かせない。――だから」


 彼は立ち上がり、私の手をとって、静かに言った。


「俺と、結婚してくれ」



 ……は?


 それが、婚約破棄された夜に起きた、まさかの“再プロポーズ”だった。



 ---


 《第1章冒頭:推しの正体》


「あの、あのあの、ちょっと待って?」


 私はルキの手をぶんぶん振って後退り。


「現実? 夢? それとも私がついに正気を失った!?」


「残念ながら、すべて現実だよ。いや、世界としては少し“異なる”けど」


 ルキは、まるで当たり前のことのように笑った。


「僕は“ノアリウム界”の第五王子。ネオン・ルクス=フィルドール・ティアレ。君の世界では“ルキ”として活動していた」


「ちょ、名前長っ!」


「はは、こっちの名前で呼んでくれていいよ。ルキで」


 どうやら彼は本当に、別の世界から来た存在らしい。


「私、婚約破棄されたばっかなんだけど……なんで推しがプロポーズしてくるの!? てか、私と接点どこ!?」


 ルキは静かに答える。


「君は、僕を“本当に”好きでいてくれた。

 見た目だけじゃない。歌や言葉、僕の弱さや孤独さえ、ずっと受け止めてくれていた。

 君の想いが、僕の世界に“扉”を開けたんだ」


「わたしの、推し活が……異世界を、開けた……?」


「うん。君の魂は、僕の“運命の契約者”として選ばれていたんだよ。あとは時間の問題だった」


 こうして私は、婚約破棄されたお嬢様から、

 “推しの異世界花嫁候補”へと転職(?)することになった――



 ---


 《第2章:推しは夜の雨にキスをする》


 雨の音だけが、世界を満たしていた。

 ぽた、ぽた、と木の葉を叩く水音。

 冷たい風が頬をなでても、ルキ――いや、天ヶ瀬ルキ(本名:ネオン・ルクス=なんとか)の手は、あたたかかった。


「……もう、わかんないよ」


 私はぽつりとつぶやく。

 目の前のルキは、確かに“推し”の姿をしていた。

 動画で何百回と見たあの顔、あの声。

 でも、彼の目は――思っていたよりもずっと深くて、寂しそうだった。


「私、昨日まで“平凡な推し活お嬢様”だったのに。今日いきなり婚約破棄されて、推しが実体化して、異世界王子で、プロポーズって……夢じゃなかったらヤバいやつじゃん、これ」


「夢だったらよかった?」


 ルキの声はやわらかいけど、少しだけ、寂しげだった。


「……」


 返事ができなかった。

 だって、夢で終わらせるには、彼の手が温かすぎたから。


「ねえ、ルキは――じゃなかった、ルクス王子?」


「ルキでいいよ。君が好きになってくれた名前だから」


「……じゃあ、ルキは、私が泣いてるの、ほんとに見えてたの?」


「見えてた。ずっと見てた。画面越しじゃなくて、“魂の共鳴”で」


「それ、アイドルがファンに言ったら惚れるやつ……」


「うん。だから、言ったんだ」



 不意に、ルキが私の手をぐっと引いた。

 水たまりを飛び越えて、少し大きな街路樹の下へ。


「風邪、ひくよ。濡れたままじゃ」


「……もうどうでもいいって思ってた」


「ダメだよ。君は大事な人だ」



 ――“大事な人”。

 たった五文字の言葉が、胸に深く刺さった。


 誰かに大事だって言われたの、いつぶりだったろう。

 婚約者だったレオンには一度も、そんなふうに言われたことなかった。

 私はずっと、誰かの“持ち物”で、“責任”で、“義務”だった。


 でも今、目の前の彼は私を“選ぼうとしている”。



「……ねえ、本当に連れていけるの? 君の世界に」


「できるよ。契約の儀をすれば、君は“星の花嫁”になる」


「星の……なに?」


「僕たちの世界では、異世界の魂と結びついた者を“星の婚約者”と呼ぶんだ。魂同士が引き合って、未来を変える存在。君はその資格を持ってる」


「うーん……つまり、推しと合法的に結婚できる契約?」


「そうだよ」


 即答だった。


 私は一瞬笑いかけて、でもまた視線を落とした。


「……でも怖い。行ったらもう、こっちには戻れないんでしょ?」


「うん」


「知らない世界で、知らない人たちに囲まれて、知らない自分で生きるの、たぶん……私、怖い」


「うん、それでいい。怖いって思える君が、僕は好きだ」


「え……?」


 ルキがそっと近づく。

 雨の粒が肩に落ち、彼の銀の髪が、濡れながら揺れた。


「怖くても、ちゃんと立ち止まって考えようとするところ。誰かに言われたからじゃなくて、自分で選ぼうとするところ。僕は、そういう君を守りたいって思ったんだ」


「……ルキ……」


「君が泣いてる姿、胸が張り裂けそうだった。画面を割ってでも手を伸ばしたかった。だから――もう泣かないで」


 彼の手が、私の頬に触れる。


「……君を愛してる。たとえ、この命をかけても」


 そして――


 唇が、そっと、私の額に触れた。



 それはキスというには軽すぎて、

 でも、抱きしめられるよりも深くて、

 私はただ、息をのむしかできなかった。


「契約の扉は、君の意志で開く。僕は急がせない。……でも、僕の世界には君が必要なんだ」


 私は頷くこともできず、ただ雨の中で、彼の赤い瞳を見つめていた。


 それはまるで、夜空に浮かぶ赤い星のように――私の未来を変えそうな光だった。



 ---


 《第3章:扉の鍵を持つのは、君だけだ》


 次の日、目を覚ますと――彼はいなかった。


「……ルキ?」


 濡れた服のまま、昨夜は夢のような感覚で眠ってしまっていた。

 だけど起きてみると、手のぬくもりも、彼の声も、消えていた。


 あれは夢だったのか――

 そう思いたくなるほど、部屋はいつもと同じで、

 スマホの画面には《†Neon Grave†》の公式動画が再生されているだけだった。


 だけどひとつだけ、違うものがあった。


 枕元に置かれていた、銀色のペンダント。

 中心には、小さな赤い宝石。

 どこか見覚えがある――そう、あのときルキが着けていたもの。


 夢じゃなかった。



 私はペンダントを握りしめ、学校には行かず、街を彷徨った。

 ぼんやりと歩いていると、不意に見覚えのある声が背後から響いた。


「ほのか、やっと見つけた」


 ――レオンだった。


 灰色のコート、きっちり整えられた黒髪、冷たい瞳。

 一度は“婚約破棄”を叩きつけてきたはずの彼が、なぜか今になって追いかけてきた。


「……何の用?」


「婚約破棄は、俺の本意じゃなかった。そう言ったら、信じるか?」


「――は?」


 思わずペンダントを握りしめる手に力が入った。



「お前の力が目覚め始めていた。周囲から“干渉を止めろ”と言われたんだ。だが、まさかお前が《扉の鍵》を持つとは思わなかった」


「なにそれ……? 私が鍵? 何の?」


 レオンは一歩近づいた。

 その瞳は、初めて見るような“何かを試す”光を帯びていた。


「世界の狭間にある“ルクス界”――奴が来た場所だ。そこに干渉できるのは、“魂が強く共鳴する者”だけ。

 お前はその器だ。俺たちはそれを知らなかった。だから、遅れをとった」


「ちょっと待って。あなた、“奴”って、ルキのこと?」


「……ああ。あの王子は危険だ。お前を連れていくつもりだろう? この世界から消すために」


「そんなわけないっ!」


 反射的に叫んでいた。

 ルキの声、ぬくもり、あの額のキスが――すべて嘘だったなんて、絶対に信じたくない。


「彼は……私を“大事な人”って言ったんだ。そんなの、嘘じゃない」


「信じたい気持ちは理解する。でも、それは“術”かもしれない。君の魂を開かせるための――な」


「……黙って」


 レオンの口調は冷静だった。

 でも、彼の言葉が突き刺さるようで、私はうつむいた。


 そのとき、ペンダントが淡く光った。


 《ほのか。君を試す声が聞こえる。でも、僕は君を信じてる。君の意志が“扉”を開く。僕は、君が選んだ道を受け入れる》


 ルキの声だった。

 心の中に直接、響いてくるような――そんな優しい声。


 私は顔を上げ、レオンを睨み返した。


「私は、彼を信じる。

 あなたに捨てられて、推しが現れてくれて――そのとき初めて、“自分を選んでもいい”って思えたの。

 だから、私はもう、誰かの都合で生きない。私の意志で、“彼の世界”に行く」



 ペンダントが強く光り出す。

 足元に、淡い星の光が満ちていく。


「君は……!」


 レオンが目を見開く。

 空間がねじれ、銀の蝶のような粒子が私の周囲を包む。


 ルキの声が再び響く。


 《来て、ほのか。君が望むなら、僕はその世界を変える》



「……行くよ、ルキ」


 私はそう言って、光の中へと身を投げた。


 次の瞬間、重力がふっと消え――


 ――私は、“推しの世界”に、旅立った。



 ---


 《第4章:星に選ばれし者》


 まぶしい――

 光に包まれた視界は、まるで天井のないプラネタリウムの中に落ちたみたいだった。


 私はゆっくりと目を開ける。

 そこには、夜空よりも深い青と、星屑のような城が広がっていた。


「ここが……ルキの世界?」


 透明な床の下には宇宙のような空間が広がっていて、星々がゆっくりと巡っている。

 私は“空に浮かぶ城”に立っていた。


 そのとき、足音がした。


「ほのか!」


 ――ルキだった。


 銀の髪をなびかせて、彼は駆け寄ってきた。

 さっきまでの“画面の中の推し”ではなくて、ちゃんと息をしている“彼”だった。


「来てくれたんだね。本当に、ありがとう」


 ルキは笑って、私の手を取った。


「この世界へようこそ、夢咲ほのか。ここはノアリウム界――星の王たちの棲む場所。そして君は、この世界に光をもたらす“星の鍵”だ」


 ……あれ? 今ちょっと物騒なこと言われなかった?


「え、私って鍵? どこか開けちゃう系?」


「うん、“運命の門”をね」


「いや、さらっと言わないで? それ重大案件じゃん!?」


「でも、大丈夫。君なら、きっと選ばれる」


 その言葉の意味を、このときの私はまだ知らなかった。



 ルキに導かれ、大広間に案内される。

 そこにいたのは、彼にそっくりな5人の男性――彼の兄弟たちだった。


 ・長男:ゼフィロス=冷静沈着、全体の統治者。眼鏡で知略派

 ・次男:カリオン=戦士タイプで腕っぷし強い。皮肉屋。

 ・三男:セレス=医術と癒しを司る。中性的な美貌

 ・四男:ノクト=無口で影のような存在。暗黒魔術を操る

 ・そして五男:ルキ=“歌と光”の力を持つ、希望の王子


 ――そう。ルキは“第五王子”であり、この国の中では最も位が低かった。


 そして、兄たちがそろって発した第一声は――


「この娘が、星の鍵だと?」


 ……え、そんなに驚く?



「ルキ、まさかこの世界の均衡を“地上の民の娘”に委ねるつもりか?」


 とカリオン王子。

 顔は推し似なのに、声がなんかガチで怒ってる。


「だって、彼女は僕を選んでくれた。僕が唯一、心を許した“契約者”だ」


「契約? また君は勝手なことを……」


 ゼフィロス王子が静かに眉をひそめる。


「だが、星の扉は彼女に反応した。ならば、異論はあれど――試練を受けてもらおう」


「し、試練……?」


 ルキが、私の方を見て、少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「言ってなかったけど、この国では“鍵”としての資質を試す儀式があって――」


「言ってなかったどころじゃないよ!? それ最初に言うやつだよ!?」


「試練の内容は、王たちとの“共鳴”だ」


 ゼフィロスの言葉に、私は目をぱちぱちさせた。


「共鳴って……?」


「それぞれの王子と一定時間を過ごし、“魂の波動”を重ねていく。その中で、本当に契約すべき者が選ばれる」


「……まさか、ルキ以外の人とも……?」


「そうなる」


 ルキが視線を伏せた。


「でも……僕は信じてる。君の心は、最後まで僕を選んでくれるって」


 ……それ、なんて修羅場型恋愛リアリティショー。


 だけど私の胸の奥には、不思議と“受けて立ちたい”気持ちが芽生えていた。

 婚約破棄されて、自信をなくして、でも――

 この手を取ってくれた“推し”がいたから、今ここにいる。


「……いいよ。やってやろうじゃない、試練。

 ただし、ひとつだけ覚えてて」


 ルキをまっすぐ見て、私は言った。


「私はもう、誰かの言いなりになんてならない。

 自分で選ぶ――誰を信じて、誰を愛するかを」


 ルキの目が、ぱっと輝いた。


「うん。だから君が“星の鍵”なんだよ」


 こうして私は、異世界の王子たちとの“恋と運命の試練”に挑むことになった。

 ……まあ、まさか初日の試練で剣を振るう羽目になるなんて、誰が想像しただろうか。


 ---


 《第5章:その手にふさわしい覚悟を見せろ》


「まずは俺が試す。異論はあるまい、ゼフィロス兄上」


「……ない。ただし、必要以上の無礼は慎め」


「へっ、わかってるよ」



 こうして、私の“初試練”の相手は、筋肉&皮肉の塊・カリオン王子になった。


 どこからどう見ても威圧感のかたまり。

 肩幅は私の倍、背丈も優に190は超えてるし、腕なんか……柱かよ。


 そして第一声がこれだった。


「ふん。地上の民は貧弱だって聞いていたが……なるほどな。見るからにひ弱な娘だ」


「はあ~~!?」


 私は反射的に語尾を荒げた。

 初対面なのにこの失礼なやつなんなん?


「君がこの国を導く“鍵”だと? その軟弱な細腕で、誰を守れるっていうんだ?」


「細腕だからって甘く見ると火傷しますよ王子」


「口だけは達者だな」


「王子もね」



 ルキが慌てて止めに入ろうとしたが、ゼフィロス王子が手を挙げて制した。


「“共鳴の試練”は、あくまで心と心の波動を確かめるもの。戦闘であれ、言葉であれ、形式は自由とされている」


「――ならば決まりだ」


 カリオンは、ゆっくりと剣を抜いた。

 黒銀に光るそれは、見るからに重たそうで――でも美しかった。


「共鳴の試練、第一段階。お前には、“覚悟”を見せてもらう」


「……まさか、戦えってこと?」


「違うな。逃げずに俺と向き合え。それだけでいい」


 ……じゃあせめて、剣しまって?(本音)


 でも、私は一歩も引かなかった。


「いいよ。逃げない。私は、ここに来るって決めたんだから」


「よろしい」


 場所を移したのは、訓練場のような広い円形の空間。

 足元は白い石畳、周囲には星の光を湛えた柱――

 まるで神殿のような場所。


 そして私の前には、剣を構えたままのカリオン王子。


「来い。何も持たずとも、構えずとも、お前が本当にここにいるなら、俺の波動は感じ取れるはずだ」


「……!」


 息をのんだ瞬間、空気が変わった。


 彼の気配が、鋭く、重く、空間ごと刺してくる。

 鼓動が早くなる。

 目の前の彼はまるで、戦場そのものだった。


 だけど私は、一歩も退かなかった。

 逃げたら、また誰かの影に戻る気がしたから。


「怖いよ。でも、私は……もう誰にも、力を見下されたくない!」


「ほう?」


 その瞬間だった。


 カリオンの剣が、一歩だけ踏み込んだ。

 ――風圧。

 剣は私の首の横、ほんの数センチをかすめて止まっていた。


「……っ」


「目、逸らさなかったな。よくやった」


「な、何のつもり!?」


「試しただけだ。お前の眼差しと、覚悟を」


 カリオンは剣を納めると、すっと私の目を見つめた。

 さっきまでの嘲るような雰囲気が少しだけ、和らいでいる。


「なるほど。少しは気骨があるようだな、地上の娘。

 お前のような者が“鍵”として選ばれるのも、そう無理はないのかもしれん」


「……え、それ、ちょっと褒めてる?」


「少しだけな」


 次の瞬間、彼がふいに私の手首を取った。

 太い指が、私の脈を探るように触れてくる。


「波動の確認だ。心を乱すな」


「乱すなって、あの……ちょっと近い……」


「黙れ。動くと感じにくい」


「そ、そう言われると余計……!」



 頬が熱くなっていく。

 なんだろう、この距離。

 目の前の彼は、ただ無表情に心拍を読んでるだけかもしれないのに――

 私の心の方が暴れそうだった。


「……悪くない共鳴だ」


 カリオンはぽつりと呟いた。


「戦う者の芯に、意志の火が宿っている。それは俺の波動と共鳴する要素だ。

 次の試練も――来い。逃げずに、な」


 その言葉は、どこか挑戦状みたいで。

 でも、胸の奥にすっと火を灯してくれるような温かさもあった。


「うん。次も負けないから」


「期待しておこう。……地上の鍵よ」


 そのとき、初めて見せたカリオンの微笑みは、

 なんだか“戦う者同士の信頼”みたいな、そんなやさしさだった。


 試練、第一関門。

 無事(?)突破。


 私の中で何かが少し、強くなった気がした。


 そして――ルキが、その様子を遠くからずっと見ていたことには、私はまだ気づいていなかった。



 ---


《第6章:恋という矛盾式》


 試練の2日目、私はルキとともに再び大広間に呼び出された。


「今日の担当は、長男ゼフィロス兄上だ」


 ルキの声はどこか落ち着きがなく、

 ちらっと横目で私を見て、それからすぐ目をそらす。


 ……? なんか今日、そわそわしてる?


 そう思う間もなく、正面の階段をすっと降りてきた人物がいた。


 ゼフィロス王子――長男。

 黒髪に縁なしの銀眼鏡、すらりとした長身。

 文官のような静かな装束に、内に火を秘めたような雰囲気を持っている。


「夢咲ほのか嬢。昨日の試練は合格だったと聞いた」


「……はい。なんとか」


「僕は剣も筋力も持ち合わせていない。ただ、心を見る。

 僕の試練は――“君の中の恋”を解剖することだ」


「え……えっ?」


「つまり、君が“ルキに恋をしているかどうか”を、僕なりに検証させてもらう」


「待って!?それ、めちゃくちゃ怖いんですけど!?」


「怖いのは“真実”だよ。だが、それが試練の本質だろう?」


 こうして、私は静かな図書の間へと連れていかれた。


 壁一面、本、本、本。

 ふかふかの椅子と、暖炉と、香り高い紅茶。

 まるでヨーロッパの古城みたいな空間。


 そして、ゼフィロス王子が言ったのは意外な一言だった。


「まずは、雑談をしようか」


「……え?」


「愛とは、理屈を越える感情だ。ゆえに、理屈をもって分析するには、まず君自身の輪郭を掴む必要がある」


「ちょっと何言ってるかわかんないけど、つまり……普通におしゃべりするってこと?」


「……そういうことだね。たとえば、好きな食べ物とか、好きな色とか」


「うわあ、王子様が“好きな食べ物”って言った!」


「……これは必要な対話だ」


 なぜか彼の耳がほんのり赤くなっていて、私は思わず笑ってしまった。



 おしゃべりは、不思議と心地よかった。


「焼き芋? それはどんな調理法なんだい?」


「秋に地面に埋めて焼くんです。ホクホクしてて、甘くて、ちょっと焦げた皮の匂いが最高で……」


「……なるほど。それは確かに“好意”という名の情動を呼び起こす料理かもしれないね」


「言い回しが学者すぎる~!」


 談笑のあと、彼がふと真面目な顔に戻る。


「では、質問に入ろうか」


「うっ……はい」


「君は、ルキのどこを愛している?」


「えっ……ええっと……顔?」


「外見への好意。動機としては表層的だが、否定はしない。……他には?」


「声も、優しいところも……」


「なるほど。“癒し”か。“守られている”と感じたかい?」


「……うん、たぶん、そう」


「それは“依存”ではないか?」


 ぐさっ。


「……わからない。だって、あのとき私、すごく弱ってて。

 ルキが来てくれて、優しくて、救われたような気がして――

 でもそれが“恋”なのか、“逃げ場”だったのかは……」


「……君はとても正直だ。そこに嘘はない。

 だけど――恋というのは、本来“矛盾”を抱えたものだ」


 ゼフィロス王子は静かに手を伸ばし、

 私の耳にかかる髪をそっと払いのけた。


「苦しいのに求める。見ていたいのに怖い。

 ――それでも、相手の幸せを願えるかどうかが、本物の恋の一端だと、僕は思っている」


 その指先が、わずかに私の頬をかすめた。

 温かくて、真剣で――


「ゼフィロス王子……?」


「……ごめん。分析するつもりだったのに、僕の方が少し、感情に引っ張られてしまったかもしれない」


 彼は静かに微笑んだ。


「君の心には、確かに“ルキへの恋”がある。だがそれはまだ、熟してはいない。

 ――ゆえに、他者が触れる余地がある」


 ちょっと待って。今のってつまり……?


「それって、私が誰と契約するか、まだ決まってないってことですか?」


「当然だろう? 試練はまだ、始まったばかりだから」


 その目が、ふとだけ、ルキと似ていると思った。

 けれど、奥にあるものは全然違った。

 理性で恋を“理解しよう”とする、切ない知性――


 そのとき、扉が開いた。


「……終わったみたいだね」


 ルキだった。


「兄さん、彼女に何か“した”? ……触れたりとか」


「それは試練の一環だ。もちろん、無理強いはしていない」


「……っ、でも、顔が赤いよ、ほのか」


「えっ!? わ、わかる!?」


「僕の顔、見て。もっと赤いから」


 まさかの嫉妬全開だった。


「試練って、こんなに心臓に悪いとは思ってなかったよ……」


 ルキは私の手をぎゅっと握った。

 その手は、図書室よりもあたたかくて、少し震えていた。


「でも……ほのかが誰を選ぶとしても、僕は……君の味方でいたい。

 それが、恋ってもんだから」


 ルキの目が、ゼフィロスと静かに交差する。


 風が、少し冷たく吹いた。


 まだ何も始まっていない。

 でも、確実に何かが――揺れ始めていた。



 ---


 《第7章:君だけは、僕のもの》



「――試練は、今日は飛ばすことにしたよ」


「え? ええええ!?!?」


 目を丸くする私を前に、ルキはさらっと言い放った。


「本当は、今日はセレス兄さんの番だったけど、無理って言った。僕が君と過ごしたいって。……ダメだった?」


「ダメじゃないけど! いや、嬉しいけど! え、順番とか大丈夫?」


「順番なんかどうでもいい」


 そう言ったルキの瞳は、思っていたよりずっと真剣で、強引だった。


「僕ね、耐えられないんだ。

 君が誰かに触れられて、笑って、目を合わせて……そうして、少しずつ遠くなるのが」


「ルキ……」


「だから今日は、誰にも邪魔されない場所で、僕だけと過ごしてほしい。

 お願い、夢咲ほのか」


 彼がそう言った瞬間、心臓がドクンと音を立てた。

 “推し”に誘われたら、断れるわけがない。



 連れて行かれたのは、王城の奥――星の庭園。


 空中に浮かぶように広がる温室のような空間。

 夜空のような天井、白く光る草花たち。

 青い蔦に咲く透明な花が、星のように煌めいている。


「ここは……?」


「僕の特別な場所。誰にも教えたことがなかった。

 でも、君には見せたくなったんだ」



 ルキは私の手を引き、温室の奥へと進む。


 そこには、大きな白い月のようなベンチと、ふたり分のカップが用意されていた。


「紅茶、入れるね。……少し緊張してる?」


「え……わ、わかる?」


「顔に出てる。――かわいい」


 ふいにそんなことを言われて、私は紅茶どころじゃなかった。


「ねえ、ほのか」


 カップを手にしたルキが、ふいに真顔になる。


「君は今、誰かに“選ばれてる”って思ってる?」


「え……?」


「君は選ぶ立場なんだ。だけど、僕から見れば、ずっと君が僕を選んでくれたんだよ。

 あの日、画面越しに微笑んでくれた。泣いてる僕に、笑ってくれた。

 だから僕は……もうずっと前から、君のものだったんだ」


「……ルキ、それって……」


 言いかけた言葉が、途中で止まった。


 なぜならその瞬間、

 彼の手が、私の髪をそっとすくい、指で撫で始めたから。


「やっぱり、柔らかい……」


「っ……ちょっと、近……っ」


「もっと近づいてもいい?」


「な、なにそれ……」


「――キス、してもいい?」


 息が止まった。


 庭園の静けさの中で、風がひとひら、星花を揺らす。

 ルキの目が、私の目だけを真っ直ぐに見ている。

 誤魔化しも、照れ隠しも、何もない。

 ただ“本気”の想いが、そこにあった。


 私は――ゆっくり、目を閉じた。


 その瞬間、唇が、そっと触れた。

 まるで、宝石を預けるような繊細な口づけ。


 でも、甘く、深く、ほどけていくようで――


 気づけば、背中を抱き寄せられていた。


「……ほのか、君は僕のものだよ。

 誰にも渡さない。たとえ、兄弟でも」


「ルキ……」


「試練なんか、なくてもいい。

 君が僕のことを選ばないなら……僕は、君を奪いに行く」


 その声は、やさしくて、熱くて――

 独占欲の滲んだ、まぎれもない“男”の声だった。


 胸が苦しくなるくらい、嬉しかった。

 だって、私はずっと“誰かの都合で価値を決められていた”人生だったから。


 だけど今、

 この人は私を“自分の意志で、手に入、れたい”と言ってくれている。


「……私、もっとあなたを知りたい。

 恋って、きっと、知ることから始まるから」


 ルキはふっと笑った。

 少しだけ、子供みたいな、でも凛とした顔で。


「うん。僕も、君を全部知りたい。心も、想いも、全部」


 そして、もう一度、唇を重ねてきた。

 今度は、さっきよりも深く、確かに愛を込めて――


 星の花が光る中、

 私たちはただ、抱き合っていた。


 試練なんてどうでもよくなるくらいに、

 恋に落ちていた。



 ---


 《第8章:傷を癒すその手の中で》


「今日は……ちゃんと、試練の日だよね?」


 翌朝。

 昨夜のキスの余韻を思い出し、顔が火照りっぱなしの私に、ルキは少し拗ねた顔で頷いた。


「うん。兄さんたちにも“譲歩しろ”って言われたし……でも、覚えてて。

 誰と過ごしても、君の唇は僕のものだからね」


「ちょ、ルキ! 今ここ、大広間! 王子たちいるから!」


「関係ないよ。むしろ聞かせたほうが牽制になるし」


 さらりととんでもないことを言うルキ。

 周囲の空気がピキッと凍ったのは、気のせいではなかった。


「……やれやれ。次は私だ」


 場を割って入ったのは、柔らかな笑顔の王子。

 ルキの兄――第三王子・セレス。



 セレス王子は、ふわりとした淡い金髪に、儚げな水色の瞳。

 手には白い手袋、身にまとうのは医師を思わせる白の法衣。


「共鳴の試練、私の番だね。……どうか、君の痛みを、少しだけ分けてくれる?」


 その声は、まるで春風みたいで、私の中にすっと染み込んできた。


 案内されたのは、宮殿の北塔――癒しの温室。


 緑の草と香るハーブ、淡く光る泉が流れる静かな空間。

 セレス王子は私を座らせ、目線を合わせるように膝をついた。


「僕の試練は、“癒し”。だけどそれは、単に心地よくすることじゃないんだ。

 本当の癒しは、“傷に手を差し伸べること”だから」


 そう言って、彼はそっと私の手に触れた。

 一瞬、昨日のルキとのぬくもりを思い出して、心が揺れる。


 だけどセレスの手は、違う温度だった。

 あたたかくて、でもどこか――切なかった。


「……夢咲ほのか。

 君は誰かに、“全部預けたい”って思ったこと、ある?」


「え……?」


「自分の痛みも、弱さも、甘えも、なにもかも。

 何も言わずに、ただ受け止めてくれる誰かに――」


 その問いは、ズルかった。


 私は、昔のことを思い出していた。

 元婚約者に“都合のいい駒”のように扱われた日々。

 ひとりで泣いて、笑って、傷ついて。

 それでも「誰かに頼ってはいけない」と思い込んでいた自分。


「……あった、かもしれない。

 でも、言えなかった。迷惑になるって、思ってたから」


「迷惑なんかじゃないよ」


 セレスは静かに笑って、そっと私の肩を抱き寄せた。


「君の痛みをもらえるなら、それは“誇り”なんだ。

 君が笑うために、僕が“苦しみ”を受け取れるなら、何度だってそうしたいと思う」


 その言葉は、危険なくらい甘く、心を溶かしてきた。


「セレス王子……なんで、そんなに優しくできるの?」


「僕も昔、そうしてもらいたかったから」


 ――その瞬間、瞳に走った一筋の陰が、何より深くて、悲しかった。


「優しくされることを“奪われた”子供だった。

 だから、誰かに優しくすることで、ようやく自分が人間になれる気がしてる」


「それって……」


「恋も、たぶん似てるよね。

 誰かを思うことで、自分が“存在していい”と感じられる。

 僕は、君といるとき、それを感じられる」


 そう言って、彼は私の頬に、指先をそっと重ねてきた。


「……このまま、僕を選んでくれたら――君を泣かせたりしない。

 壊れるほど、優しくする自信があるよ」



 胸が、高鳴った。

 それは恋ではないかもしれない。

 でも、そこに確かにあった“誰かを救いたい”という切実な思いに、心が動いたのは本当だった。


 セレスは最後に、私の手に白い花をひとつ結んだ。


「君が迷ったとき、この香りを思い出して。

 僕の想いが届くことを、願ってる」



 試練は、そうして静かに終わった。

 でも――それは、確かに“恋の火種”だった。


 その夜。


 ルキは何も言わず、星の庭園で私を待っていた。


「……セレス兄さんと、何話したの?」


「普通に、試練として……」


「手、握られた?」


「えっ……そ、それはちょっと……っ」


「……ずるいな、兄さん」


 ルキはぎゅっと私を抱きしめた。


「僕も……もっと、触れたい。

 君が誰に傾いても、受け止めるつもりだった。

 でも、やっぱり――僕は君が欲しい」


「ルキ……」


「ほのか、試練が終わったら、僕と“正式に”契約して」


 それは、まぎれもない――**“プロポーズ”**だった。



 ---


 《第9章:この想いに、名をつけるなら》


「……おかえり、ほのか」


 その声に振り向くと、ルキが庭園の端で、月明かりのような微笑を浮かべていた。


 けれど、その目の奥に――静かな焦燥と、怒りが隠れていることに、私は気づいてしまった。


「セレス兄さんと……どれくらいの時間、一緒にいたの?」


「……え、えっと……ちょっとだけ、癒しの部屋で話して……」


「キスは、してないよね?」


「え!? してない!! してないけど!?」


 ルキが、一歩こちらへ踏み出してくる。


 その距離は、いつもより速くて、強くて――


 次の瞬間、私はふいに、彼に抱きしめられていた。



「……よかった」


 低く、胸の奥から絞り出すような声。

 その声は、どこか震えていた。


「ほんとは信じたいんだ。君が誰にもなびかないって。

 でも……でも、怖かった。あの兄さん、本気だったから」


 私はそっと腕をまわして、ルキの背中に触れた。


「私……セレス王子のこと、素敵だなって思ったよ。

 でも、あの人の優しさは、“救い”みたいで……

 “ときめき”は――なかった」


「……本当に?」


 ルキの顔が、ぐっと近づいてくる。

 真剣なまなざしに見つめられると、うなずくしかできなかった。


「だったら、証明して」


「し、証明って……?」


「――僕に、キスして」


 静かな夜の空気を切り裂くように、ルキがそう囁いた。

 ふだんは穏やかな彼から飛び出した、突然の“攻め”に、私は思考が真っ白になる。


「ほ、ほのかから……!?」


「うん。……僕ばっかり、ずるいから」


 彼の目が、わずかに揺れていた。


 甘えたようで、寂しがり屋の瞳。

 それは私に、「愛して」と無言で伝えているようだった。


「じゃあ……目、閉じて」


「えっ」


「ほら、“僕に”って言ったんだから、ルキは閉じる側でしょ」


「……はい」


 ルキがそっと目を閉じた。

 まつ毛が揺れて、唇がわずかに結ばれている。

 手の中のぬくもりだけが、確かにふたりをつないでいる。


 私はゆっくり顔を近づけ――

 そして、彼の唇に、自分の唇を重ねた。


 一瞬だけのキス。

 でも、そのあとに、ルキが私を強く引き寄せてきた。



「……ダメだ。我慢できなくなってきた」


「えっ?」


「もっと……ずっと、君に触れていたい。

 指も、唇も、全部。――君が僕を選ぶって、約束してくれるまで」


「る、ルキ……っ!」


 もう、胸が、甘さでいっぱいになって、息が苦しい。

 でも――逃げたくない。


 私は、彼の首にそっと腕をまわし、もう一度、唇を近づけた。


 深くて、温かくて、

 でもどこか焦ったようなキス。


「君の全部を、他の誰にも渡したくない。

 兄さんたちなんかに、“ほのかの笑顔”を取られたくないよ……」


 その声は、まるで独占欲でできた祈りのようだった。


 私はそっと頷いた。


「じゃあ……私も、ルキだけを見てるから。

 でも……“好き”って、まだ言うのはこわいから、

 今は、“好きになりかけてる”って言わせて」


「……それ、充分に嬉しいよ」


 ルキは微笑んで、私の髪をそっと撫でた。



 しかし――


「ほのか。今、時間ある?」


 突然、背後から静かな声がした。


 振り返ると、そこにはセレス王子が、悲しそうな顔で立っていた。


「さっきの言葉、全部聞こえたよ。……でも、諦めない。

 君が“まだ言ってない”ってことは、まだ、チャンスがあるってことでしょう?」


「セレス王子……」


「ごめんね、ルキ。弟でも、譲れないよ。

 ――この恋は、本気だから」


 その一言が、夜の庭園に落ちた瞬間。

 三人の間に、張り詰めた空気が生まれた。


 甘さと、痛みと、恋の始まりの予感。


 選ばれるのは、誰なのか。

 選ぶのは、誰なのか。


 その答えは、もうすぐ、迫ってくる。


 その夜。


 遠く離れた星の国の外れ――

 影の使者たちが、密やかに動き出していた。


「“星の鍵の少女”。我が国へ連れてこい。

 その血と力、すべて、我らのものとするのだ――」



 ---


 《第10章:運命の血と、罪深き甘やかし》


「ルキ……あなたは、“この国の血”じゃないのよ」


 突然現れた、年若い王妃――レイア妃。

 透き通るような銀髪に深い赤の瞳をした彼女は、ルキの実母ではなかった。


「君の母は、星の国の外――“リリエン教国”の巫女だった」


「……!」


 静まり返る大広間。

 空気が張りつめ、私の心臓はドクンと高鳴った。


「教国は、星の鍵の力を“聖遺物”として崇めていた。

 その巫女と、星王である父が密かに結ばれ、生まれたのが――ルキ、あなた」


「つまり、私は――“混血”ってこと?」


 ルキの声は、淡々としていた。

 けれどその手は、ぎゅっと拳を握りしめていた。


「混血ではなく、“鍵をつなぐ器”。

 教国は、あなたを取り戻すために動いているのよ」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「彼らは、夢咲ほのか――あなたを“聖なる伴侶”として引き渡すよう、要求してきたわ」


「なっ……!」


「そんなの、絶対に渡さない!!」


 ルキが叫んだ瞬間、広間の奥から、

 一人の青年が、ゆったりと歩いてきた。


 その姿に、全員が息を呑む。


 漆黒の軍服、白銀の短髪。

 冷ややかな切れ長の瞳に、王子らしからぬ刺青のような紋章が、首元から覗いていた。


「……やっとお出ましですか、アウル兄さん」


 ルキの声が震える。


「第四王子・アウル=レオン。

 戦の化身。

 教国との密約を一手に握る、影の王子」


「ほう……俺のことをよく知ってるな、弟よ」


 アウル王子は、ゆっくりとこちらを見た。

 その目が私に向いた瞬間、背筋がぞくりとした。


「君が、“星の鍵”か。……思っていたより、ずっと可愛いな」


「えっ、あの……」


「俺の試練も、やってもらうぞ。形式など不要。君には、直接、体感してもらおう」


「えっ!?ちょ、ちょっと!?」


 彼は突然、私の腕を取って自分の方へ引き寄せた。

 ふいに腕の中に閉じ込められ、私は息を呑む。


「アウル兄さん、放して!!」


「“王子”として接するつもりはない。

 俺は、女にこういう風に迫る主義だ。

 お前が怯えたら――そのときは、俺が甘く守ってやる」


 彼の顔が近い。

 ルキのキスとは違う、獣のような熱と支配の気配。


「君の唇が、誰のものになるのか――この兄弟の中で、決めてみせるよ」


 その場の空気がピリピリと張り詰める。

 ルキが拳を握り、セレスが口を引き結び、ゼフィロスが静かに目を伏せる中――


 アウル王子はにやりと微笑んだ。


「だがまず、女を落とすなら……甘やかすところから始めなきゃな」


 その夜。


 なぜかアウル王子から“個別試練”の招待が届いた。


「護衛は不要。俺と“ふたりきり”で来い」


 ……断れる雰囲気じゃない。

 私の心臓は、恐怖と期待の間でどくどくと脈打っていた。


 案内されたのは、城の地下にある秘密の温泉。

 蒸気がふわりと漂い、淡い照明が幻想的な光を灯す中、

 アウル王子は、軍服のまま湯船のふちに腰かけていた。


「来たな。よし、今日は“君をとことん甘やかす会”だ」


「な、なにそれ!?」


「とりあえず、俺の膝枕に寝ろ」


「え!? えええ!?」


「ほら、遠慮するな。

 “弟たち”はたぶん、こういうスキンシップには不慣れだからな。

 俺のやり方で、お前を骨抜きにする」


 その強引さに抗う間もなく、私は湯けむりの中でアウルの膝に頭を乗せていた。


「……心臓の音、でかいな。まさか、俺にときめいてるのか?」


「っ……う、うるさい……」


「可愛いな、お前。

 君が“俺のものになったら”、甘やかしすぎてダメにしそうだ」


 ささやきは低く、でもどこか切実で――

 “遊び”だけではない熱がそこにあった。


 アウル王子との“試練”は、まさに甘く危うい“誘惑”だった。


 だが、その夜。


 寝室に戻ると――

 ルキが、扉の前で私を待っていた。


「……ほのか。

 今日、君が誰と過ごしてもいい。

 でも――」


 ぎゅっと、抱きしめられる。


「“最後に戻る場所”は、僕であってほしい。

 それだけが、僕の願いなんだ」


 その声に、私は――涙が出そうだった。


 愛されている。

 争われている。

 だけど、それだけじゃなくて――

 誰かの運命を、私が“変えてしまう”かもしれない。


 私の存在が、この国の命運を変える。


 でも、私の心は、恋を選びたいと叫んでいた。


 選ぶのか。

 選ばれるのか。

 それとも――すべてを壊してでも、奪いたいのか。


 四人の王子の視線の中で、私は眠れぬ夜を迎えた。


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