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第72話 三日月形の痕

これは彼女が一人で寝室で感情を発散していた時の言葉だった!どうして……録音されているの?!


愛理は仁香を鋭く睨み、すぐに悟った。「仁香!あなたね!あなたが私を陥れたんだ!あの香水に何か仕込んだのよね!そうでしょ!」


「何のことか分からないわ。」仁香は冷たい視線を向け、痛ましげに言った。「まさか、実の妹が私の命を狙うなんて、思いもしなかった。」


知弘は大きく手を振った。「連れて行け!」


「はい!」と、警備員がまだ暴れて抵抗する愛理を力ずくで連れ出した。


坂倉家の中には、母の泣き叫ぶ声と父の狼狽が響き渡った。愛理は遠ざかりながら、夜空を切り裂くような叫び声で訴えた。「違う!本当に違うの!お姉ちゃん、誤解よ!杏子が唆したの!信じないで……!」


仁香は冷ややかに見つめていた。愛理さえいなくなれば、もう憂いはない。とはいえ……愛理がしきりに杏子の名を挙げているのが気になった。


「知弘さん。」仁香は彼のそばに歩み寄り、腕を絡めて優しく囁いた。「愛理が何度も杏子の名を出していたけど、この件……もしかして彼女も関係してるのかしら?」


「杏子とは何の接点もない。関わるはずがない。」知弘は苛立たしげに言い放った。


遠くから、愛理の叫びがかすかに聞こえてきた。「杏子がやったんだ……私は無実よ……お父さん!お母さん!助けて……」


「聞こえたか?」知弘は冷たく仁香の言葉を遮った。「でたらめを言っているだけだ。」


仁香はそれを見て、すぐに口をつぐみ、余計なことは言わないようにした。どうせ杏子は本当に関係ない。問題ない、これからいくらでも彼女を始末するチャンスはある。仁香は自信に満ちていた。


知弘はそのまま立ち去ろうとしたが、仁香も慌てて後を追った。


「君はここに残れ。」知弘は足を止めず、断固とした口調で言った。「君の両親を慰めてあげてくれ。愛理のことは……きちんと片付ける。」


「知弘……」仁香はどうしても納得できなかった。


「数日後に迎えに来る。」そう言い残し、知弘は車に乗り込んで去っていった。


仁香は遠ざかる車のテールランプを見つめながら、悔しさにその場に立ち尽くした。


…………


知弘が幸田家の邸宅に戻った時、空はすでに白み始めていた。


リビングに足を踏み入れると、ソファに丸くなって眠る姿が目に入った。


杏子が、ここで寝ていた?


思わず足音を忍ばせ、そっとソファのそばに近づいた。


杏子は深く眠っていた。目の下には淡いクマがあり、手には点滴の針の痕が残っていた。知弘は手を伸ばし、彼女の額にかかる髪をそっと払おうとしたが、起こしてしまうのが怖くて、結局その手を引っ込めた。


しかし、彼の視線は杏子の髪の生え際で止まった——そこに、かすかな三日月形の古い傷痕があった。


知弘は一瞬、息を呑んだ。


遠い記憶の断片が、徐々に頭の中で鮮明になっていった。


若い頃は勉強に追われ、家族の期待は重く、プレッシャーも大きかった。唯一の息抜きは、一人で山頂まで走り、風に吹かれ、木に登って心を空にすることだった。


山頂には、いつもかわいらしくて目の大きな女の子が現れた。


それが仁香だった。


だが、その時ふと思い出した。ある日、木登りを教えている最中、彼女が不器用に落ちてしまい、生え際を石に打ちつけて、かなりの出血をした。二人とも怖くて震えていたが、通りがかった女性が……


その女性が二人を山のふもとの診療所に連れて行き、傷の手当てをしてくれた。


それ以来、そこには三日月形の痕が残った。


どうして杏子にその傷がある?


そして仁香には……知弘はこめかみを押さえ、頭痛を感じた。仁香の生え際に、こんな傷痕があった覚えはない!


まるで見えない力で頭を締め付けられるように、知弘はこめかみを強く押さえてリビングを出ていった。


杏子はまだ深く眠っていた。


やがて、けたたましい電話のベルが彼女を起こした。


「……はい?」寝ぼけた声で電話に出る。「どちら様ですか?」


「杏子様でいらっしゃいますか?」


「はい。」


電話口の声は事務的だった。「こちらは○○病院の産婦人科です。先日受けられた妊娠検査の結果が出ましたので、ご都合よろしければお越しください。」


杏子の眠気は一気に吹き飛んだ。「今日は会社で大事な会議があるので…できれば電話で…」


「できればご本人にお越しいただきたいです。」


杏子の胸に不吉な予感がよぎった。「……分かりました。」


彼女は急いで身支度を整え、車で病院に向かった。不安が彼女を包み込んだ。


「幸田さん、お座りください。」診察室で、医師は眼鏡を押し上げ、重々しい表情で言った。「幸田さんの健康状態は問題ありませんが、お腹のお子さんの状態が……あまりよくありません。」


「子ども……?」杏子は思わずお腹を押さえた。


「胎児の心拍が非常に弱く、ほとんど確認できません。このままでは……残念ですが、出産は難しいかもしれません。」


杏子は机の端を掴んだ。「何か方法はないんですか?どんなことでもします、辛くても構いません!どうかこの子を助けてください!」


「幸田さん、お気持ちはよく分かります。しかし、無理に妊娠を継続しても、最終的には発育が止まり、子宮内に残るリスクが高くなります。その場合、手術が必要になることもあります。」医師は残念そうに言った。「ご家族ともよく相談して、できるだけ早く手術の選択肢を検討してください。」


「どうして……」杏子の声は震えていた。「直樹を産んだ時は、あんなに元気だったのに……どうしてこの子は……」


医師はため息をついた。「理由はさまざまですが、幸田さん自身の体調や体力の消耗も影響している可能性があります。現在の健康状態では、次回の妊娠が難しいかもしれません。私の意見としては、中絶を検討されることをお勧めします。」


杏子は魂が抜けたように診察室を出た。

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