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7 大聖女リサ、そして悪役令嬢の運命!

 帝都の夜。大聖女リサは、『聖女の館』の庭園に用意された小さなテーブルで、招いた客人と、ささやかな夕食を共にしていた。


「宮廷料理みたいに豪華じゃないけど、ここの館の農園で育てた、とれたての野菜を使ったんだよ。どう……かな?」


「ありがたく、いただくわ。美味しそうね」


 リサに礼を述べる客人の名は、アレクサンドラ皇太子妃。リサの学園時代の競争相手、かつては大聖女候補の筆頭だった女性。高貴で冷たく、美しく、遠い存在だった彼女を、リサは今日、ふたりきりの「お食事会」に誘った。


 そして──


「お食事のお礼に、宮廷からデザートを運ばせたわ。こちらも、どうぞ召し上がって」


 アレクサンドラの声は、蜜のように甘く。


 そして、リサが顔を上げた瞬間、目の前の世界は静止した。


 新鮮な果物や砂糖がまだまだ貴重なこの世界で、現代日本のパティスリーに勝るとも劣らない、ケーキ、パフェ、マカロンなど、色とりどりの豪華なスイーツが、続々とテーブルに運ばれてきたのだった。


「わぁっ、すごいすごーい、これ、全部食べていいの⁉ いっただっきまーす!」


 明るく元気な声で、無邪気に喜ぶリサ。彼女を見つめるアレクサンドラは、柔らかな色調の白とピンクのドレスを身に着けていた。いつもの挑戦的な表情はなく、柔らかな眼差しをリサに向ける。


「妃殿下、今日はなんだか……すっごく優しい雰囲気だね」


「ふふ……形式ばらなくっていいのよ。今まで通りに『アレクちゃん』って呼んで。今日の私は、あなた専用だもの。優しくして当然でしょ? 私も、『リサちゃん』って、呼んで構わないかしら?」


「え……? う、うん。別にいいけど……?」


 急に距離を詰めてきたアレクサンドラを見て、リサは、少し不安そうに首をかしげる。


「ねえ、リサちゃん。あなたは不思議に思わなかった? どうして私が、あれほど必死に男たちを誘惑して回ったのか」


「え、えっと……確かにそうだったよね……まるで、私から男性を遠ざけようとしてるみたいに?」


「そう。その通りよ」


 アレクサンドラは優雅な仕草で、紅茶を一口飲むと、言葉を続けた。


「あなたの周りは、あなたを『恋愛対象』として見てる男だらけだったわ。セドリックも、騎士団長も、ルフォン家の兄弟も。エリオット先生や、トラヴィス秘書官まで……」


 カップを置き、そっとリサの手を取る。


「だから私は、彼らを全員、『大聖女の夫にはなれない体』に、してやったのよ」


「……!」


「今後、あなたが彼らに触手を伸ばそうとしても、必ず掟が邪魔をする。『大聖女は、結婚する権利を有する。ただし、結婚の時点で、大聖女とその夫となる者は、清浄でなければならない』。だから私が、彼らを全員、汚して差し上げたの」


 リサの唇が震える。


「な、なんで……どうして、そこまで……」


「決まっているでしょう?」


 その瞬間、アレクサンドラの表情が、ほんのわずかに妖しい陰を帯びた。


「リサちゃん。私は……あなたを、奪われたくなかったのよ」


 その言葉は、刺すようにまっすぐで。


 けれど、どこまでも気高く、切実な口調。


「私ね。リサちゃんが男に恋をして、誰かの腕の中にさらわれてしまう未来が、どうしても……どうしても、耐えられなかったの。たとえ、それが重い友情でも……私はただ、隣にいたくて」


「アレクちゃん……それって……」


「あなたは、『日本』という異世界で暮らしてた時、車にひかれそうになったお年寄りを助けて、自分が若い命を落として。それで、この世界に来た時に、女神様から強大な魔力を授かったんでしょう?」


「うん」


「その魔力は、補償としてもらったものなのよ。全部、自分が幸せになるためだけに、使って良かったのよ。それなのに、この国の男どもは、あなたをいきなり学校に放り込んで。都合の良いように『訓練』して、大聖女に仕立て上げて。あなたの魔力と善意を、利用するばかりだった……それが、許せなかったのよ」


「あはは……でも私、ボランティアとか好きだし。事故のことだって、私が無謀すぎただけだし。今の暮らしも、結構気に入ってるんだけどなあ。聖女の館、一日五時間労働で、めっちゃホワイトだし」


「リサちゃん、あなたがそんな調子だから、私はあなたが、大好きになってしまったのよ」


「え……?」


「大好きよ、リサちゃん。この友愛だけが、私の真実なの。ずっと、ずっと、あなたと仲良くなりかったの。あの日、リサちゃんが、まだこの国の言葉もカタコトの状態で、帝国魔術学校に入れられて。慣れない環境で、涙を流してるのを見たときから、私はあなたに全てを捧げたいと思ったの。男たちなんて、どうでもいい。私が大切なのは、あなただけなの」


 夜の静寂の中、空気が止まった。


 リサの可憐な瞳が、揺れる。戸惑いと、戸惑いと、戸惑いと――そしてほのかに、漏れ出る微笑み。


「……私もだよ」


 その一言が、二人の世界を変えた。


「私もね……ずっと、アレクちゃんと仲良くなりたかったんだ」


 アレクサンドラが、大きく目を見開く。


「リサちゃん、本当? 本当に、こんな汚れた私を、受け入れてくれるの?」


 リサは、手を握り返す。


「今日は、七月七日だよね。私が暮らしてた世界では、『七夕たなばた』だったんだ」


「タナバ、タ……?」


「うん。織姫様と、彦星様。愛し合ってるのに引き裂かれた二人が、この七夕の夜だけ、天の川を渡って一緒に過ごすの。ロマンチックだと思わない? 織姫様は、こと座のベガ。彦星様は、わし座のアルタイルなんだって。だから今夜は、アレクちゃんと一緒に星を見たいなあって思って、誘ったんだよ」


 アレクサンドラの頬を、緩やかに涙が伝う。


「ああ、そう……そうだったのね。私、もうとっくに、報われていたのね……リサちゃん。そのベガとアルタイルって、どの星かしら?」


「うーん、その辺は、あんまり詳しくなくて、分かんないや。この世界で見える星なのかどうかも、知らんし」


 リサは、屈託のない笑顔で、アレクサンドラの問いに答えた。


 二人きりの、ディナータイム。誰にも邪魔されず、誰も入り込めない世界。


「全部、美味しかったわ。ごちそうさま、リサちゃん」


 アレクサンドラは、毒気が抜けたように爽やかな笑顔で、リサに語りかける。


「こちらこそ。全部、美味しかったよ」


 静かにそう答えながら、リサは心の中で、今までにない興奮を感じていた。


(うわ、ヤバ……ちょ、待って……あのアレクサンドラ様の、ラストの微笑みなに⁉  えっ、尊すぎて無理……! これ、絶対ただの友情じゃないやつでしょ⁉ うわあああああー! 全員攻略したけど、最後の彼女で、私の心が爆発四散したわー! いやほんと、最後にアレク残しといて正解すぎた……これは、恋じゃない。でも、魂のレベルで契り合ってんだよねー。恋愛エンドより心が満たされるって、どういうこと? やっぱ、女の子同士の関係性が、いっちばん尊いよね! 友情エンドありがとうありがとう公式ッ!)


「ん……? 今、何か言った? 公式って、何?」


「えっ⁉ ……ううん、何でもないよ。本当に、ごちそうさま。アレクちゃん」


 アレクサンドラ皇太子妃と大聖女リサは、お互いの手をしっかりと握り合いながら、いつまでも幸せな気分で、夜空を見上げるのだった。






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