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クイーン×ビーへようこそ!
クイーン×ビーへようこそ!
りの
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年07月02日
公開日
6,331字
連載中
ラブホテル『クイーン×ビー』には、今日も様々な人間が訪れる。 リアルで疲れた女。性欲を満たしたい男。 だが、ここはただのホテルではない。 オーナーヒヤマが裏で風俗営業している違法ホテル。 この店のNo.1キャスト・マリアと性行為を行った男との間には異能力(アビリティ)が産まれ、異能力者(サーヴァント)が生産される。 そして、価値のない異能力(アビリティ)は四神相応(カルテット)に所属するカレンによって処分される。 彼女たちは、マリアを呪縛から救うただ1つの異能力(アビリティ)である子孫繁栄(ドローン)を探し続けている 今夜もまた、ひとつの異能力が産まれ、そして、静かに死んでいく。

演奏開始(プロローグ)

第1話 完全燃焼(ゴースト×ライター)を使いませんか?

「いらっしゃいませ、クイーン×ビーへようこそ。ワタシ、ヒヤマが承ります」


 柔らかな口調と微笑みを添えて、ワタシは飛び込みのお客様を迎え入れる。

 見た目は50代半ば。脂ぎったもじゃもじゃ頭に、剃り残した無精髭。くたびれたティシャツに黄ばみと油染み。ジーンズの裾は擦り切れ、スニーカーには泥がまだらにこびりついていた。


 第一印象は……人生の敗者。


 だが、我々にとっては”極上の素材”だ。

 理性も理想もなく、ただ欲望に従う人間こそ”契約”にふさわしい。


「あの、この”契約割”を使いたいんですが……」


 おや、ご存知でしたか。偶然か、それとも運命の導きか。

 いずれにせよ、ちょうど新しい異能力者サーヴァントを迎え入れようとしていたところ。


 ようこそ、地獄の入り口へ。


「もちろん、ご利用可能です。キャストのご希望はございますか?」


「えっと……マリアさんでお願いします」


 マリアさんか。

 本来なら、こんな男に相手をさせるのは気が引ける。

 だが、極上の快楽を与えるほど、後の”堕ち”は深く、精神的苦痛も濃厚になる。


「かしこまりました。ご案内いたします」


 ワタシは受付横のブザーを押し、案内係のツバキを呼び出した。


「ヒヤマさん、お呼びでしょうか?」


「こちらのお客様をプレイルームへ。マリアさんご指名です」


「承知しました」


 さぁ、ツバキ。あなたが創り出した隔離病棟ブラック×ボックスへご案内を。


***


マリアは……最高だった。


 『クイーン×ビー』のNo.1。

 口コミどおり、いや、それ以上だ。


 俺が、あんな女とヤれた。

 しかも、180分のロングコースを半額で。


 いまだに興奮が消えない中、俺はプレイルームの隣の部屋に通された。 そこには20代の営業マン風の男と、受付にいたじいさんヒヤマが座っていた。


「あなたのお悩みは、なんですか?」


 営業マン、リョウと名乗った彼が、自然に問いかけてきた。

 戸惑った。だが、不思議と口が動いていた。


「作家として……売れないことです」


 なぜだ。初対面の他人にこんなことを話している。

 だけど、止まらなかった。


 デビュー作は鳴かず飛ばず。

 バイトで食いつなぎ、ようやく手にしたネット連載。

 書いても書いても、届かない。

 そんな話を、俺は全て吐き出していた。


 おかしい。でも、楽だった。


 この2人は、バカにしない。遮らず、ただ静かに耳を傾けてくれる。

 誰かに認めてもらえたような気がして、心がほどけていった。


「ネット連載を勝ち取った自分へのご褒美で、この店に来ました」


「頑張った自分へのご褒美をあげるのは、大切なことです。あなたは、よくやっていますよ」


 リョウがそう言って微笑んだ瞬間、胸の奥にあった何かが、音を立てて崩れた。


「では、最後にお客様にこれをお渡します」


 ヒヤマが差し出したのは、奇妙なタロットカードだった。

 ガイコツの形をしたパイプを咥えた男が、原稿用紙に向かって筆を走らせている。

 その背後には、幾人もの霊のような存在が、耳元で囁いていた。


「これは完全燃焼ゴースト×ライターというカードです。お持ち頂けたら、次回も”契約割”が適用されます」


「え、本当ですか!?」


「えぇ。そして、このカードには……”死んだ作家の霊”が宿り、あなたに憑いて作品を完成させる、という噂もあります」


「まさか、そんなこと……」


「迷信ですけどね」


 ヒヤマはカードと一緒に誓約書を差し出した。

 ”当店の割引制度は貴殿のみに対応しています。他人への譲渡などは禁止”。そんなことが書いてある。


 俺は深く考えることなく、ペンを取った。

 また、マリアに会えるなら。


「ご協力、感謝致します。またのご来店をお待ちしております」


***


 その夜。

 ボロアパートの薄暗い部屋。

 机に肘をつき、俺はぼんやりと例のカードを見つめていた。


 ガイコツの形をしたパイプ、原稿用紙、囁く霊たち。

 妙にリアルなカードだよな。


「死んだ作家が乗り移って、傑作が書ける……?」


 そんな都合のいい話が……。

 でも、もし本当だったら?


 俺は無意識のうちにパソコンのスイッチを入れていた。

 画面が光を放つと、その反射に、机の上のカードがうっすらと映る。


 そこに描かれた霊たちが、笑っているように見えた。


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