「いらっしゃいませ、クイーン×ビーへようこそ。ワタシ、ヒヤマが承ります」
柔らかな口調と微笑みを添えて、ワタシは飛び込みのお客様を迎え入れる。
見た目は50代半ば。脂ぎったもじゃもじゃ頭に、剃り残した無精髭。くたびれたティシャツに黄ばみと油染み。ジーンズの裾は擦り切れ、スニーカーには泥がまだらにこびりついていた。
第一印象は……人生の敗者。
だが、我々にとっては”極上の素材”だ。
理性も理想もなく、ただ欲望に従う人間こそ”契約”にふさわしい。
「あの、この”契約割”を使いたいんですが……」
おや、ご存知でしたか。偶然か、それとも運命の導きか。
いずれにせよ、ちょうど新しい
ようこそ、地獄の入り口へ。
「もちろん、ご利用可能です。キャストのご希望はございますか?」
「えっと……マリアさんでお願いします」
マリアさんか。
本来なら、こんな男に相手をさせるのは気が引ける。
だが、極上の快楽を与えるほど、後の”堕ち”は深く、精神的苦痛も濃厚になる。
「かしこまりました。ご案内いたします」
ワタシは受付横のブザーを押し、案内係のツバキを呼び出した。
「ヒヤマさん、お呼びでしょうか?」
「こちらのお客様をプレイルームへ。マリアさんご指名です」
「承知しました」
さぁ、ツバキ。あなたが創り出した
***
マリアは……最高だった。
『クイーン×ビー』のNo.1。
口コミどおり、いや、それ以上だ。
俺が、あんな女とヤれた。
しかも、180分のロングコースを半額で。
いまだに興奮が消えない中、俺はプレイルームの隣の部屋に通された。 そこには20代の営業マン風の男と、受付にいたじいさんヒヤマが座っていた。
「あなたのお悩みは、なんですか?」
営業マン、リョウと名乗った彼が、自然に問いかけてきた。
戸惑った。だが、不思議と口が動いていた。
「作家として……売れないことです」
なぜだ。初対面の他人にこんなことを話している。
だけど、止まらなかった。
デビュー作は鳴かず飛ばず。
バイトで食いつなぎ、ようやく手にしたネット連載。
書いても書いても、届かない。
そんな話を、俺は全て吐き出していた。
おかしい。でも、楽だった。
この2人は、バカにしない。遮らず、ただ静かに耳を傾けてくれる。
誰かに認めてもらえたような気がして、心がほどけていった。
「ネット連載を勝ち取った自分へのご褒美で、この店に来ました」
「頑張った自分へのご褒美をあげるのは、大切なことです。あなたは、よくやっていますよ」
リョウがそう言って微笑んだ瞬間、胸の奥にあった何かが、音を立てて崩れた。
「では、最後にお客様にこれをお渡します」
ヒヤマが差し出したのは、奇妙なタロットカードだった。
ガイコツの形をしたパイプを咥えた男が、原稿用紙に向かって筆を走らせている。
その背後には、幾人もの霊のような存在が、耳元で囁いていた。
「これは
「え、本当ですか!?」
「えぇ。そして、このカードには……”死んだ作家の霊”が宿り、あなたに憑いて作品を完成させる、という噂もあります」
「まさか、そんなこと……」
「迷信ですけどね」
ヒヤマはカードと一緒に誓約書を差し出した。
”当店の割引制度は貴殿のみに対応しています。他人への譲渡などは禁止”。そんなことが書いてある。
俺は深く考えることなく、ペンを取った。
また、マリアに会えるなら。
「ご協力、感謝致します。またのご来店をお待ちしております」
***
その夜。
ボロアパートの薄暗い部屋。
机に肘をつき、俺はぼんやりと例のカードを見つめていた。
ガイコツの形をしたパイプ、原稿用紙、囁く霊たち。
妙にリアルなカードだよな。
「死んだ作家が乗り移って、傑作が書ける……?」
そんな都合のいい話が……。
でも、もし本当だったら?
俺は無意識のうちにパソコンのスイッチを入れていた。
画面が光を放つと、その反射に、机の上のカードがうっすらと映る。
そこに描かれた霊たちが、笑っているように見えた。