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第22話 消えない過去のしがらみ

高橋千雪が退院する日、病院の周囲は報道陣でごった返していた。

彼女は慎一と雅に挟まれ、警備員や使用人たちに囲まれて車に乗り込んだ。


「軽いけがだけって聞いたけど、社長夫人をお迎えとはさすがだね。」記者たちは写真を撮りながら噂話に花を咲かせる。

「他の財閥の嫁と一緒にしちゃだめだよ。高橋社長の奥さんだよ?社長は奥さんをすごく大事にしてるし、雅さんも本当の娘のように可愛がってる。」

「林原映輝が高橋家のお嬢さんを裏切っただけじゃなく、社長夫人を誘拐するなんて、命知らずもいいところだ。どうなることやら……。」

「相手の家はもう倒産して、お父さんも亡くなったんだよ。何年か親戚だったんだし、社長夫人も無事だったんだから、そこまで追い詰めなくてもいいのに。林原家はもう一人しかいないってのに。」記者の一人が同情的に言う。

「それに、高橋社長も昔から浮気してたって聞いたよ。しかも隠し子までいるとか。林原映輝と大して変わらないのに、どうしてあんなに徹底的にやるんだか。」

「いい加減なこと言うなよ!またそんなこと言ったら、高橋グループに訴えられるぞ!」


その記者は他の記者たちに責められたが、彼の情報源は佐藤家のお嬢様、高橋慎一の側近からだという自信があった。

「信じないなら、明日社長が義母のために開く法要に行ってみなよ。」

「先に大スクープを狙わせてもらうからね。」


他の記者たちも、その話に心を動かされていた。


その群衆の中、拓哉は父親の袖を引いた。「パパ、千雪おばさんは大丈夫?」

男はしゃがみ込んで拓哉を抱き上げ、記者たちの話を聞きながらも心配を隠せなかった。

この数日、上司から千雪のことをいろいろ聞いていた。


彼女は今の生活を捨てて、再び組織に戻るつもりだという。

あの時、彼女は慎一のために組織を離れた。

本当に慎一が裏切ったから、彼女は戻る決心をしたのか?

さっき遠くから見た、弱々しい千雪の姿が胸に刺さる。

だが、自分も新しい任務を受けてしまった。

もうすぐ自分の正体が明かされ、彼女と関わることはできなくなる。


「千雪おばさんは強いし、きっと大丈夫だよ。」男は拓哉を慰めながら、自分自身にもそう言い聞かせた。


千雪が本宅に戻ると、翔太が執事を連れて玄関で待っていた。

命を落としかけた後、一番気がかりだったのは息子のことだった。

思わず翔太を抱きしめる。


「ママ、痛いよ……」と翔太は不満を漏らす。

千雪は慌てて腕を緩め、涙を浮かべて翔太の頬を撫でた。「ごめんね……」

翔太は千雪の後ろにいる慎一を見て、「パパ、ママを迎えたから、アニメ見てきていい?」と聞いた。

その冷たい態度に、千雪の胸は締め付けられる。


昔は、こんな子じゃなかった。

転んだらすぐに駆け寄ってきて、けがをしたら息を吹きかけてくれたのに。


「君が誘拐されたことは、翔太には話していないよ。怖がらせたくなかったから。」慎一は千雪を支えながら、そっと説明した。

千雪はその言葉に、少し気持ちが和らいだ。「疲れたわ……」

「一緒に休もう。これからは毎日そばにいるから。」慎一が優しく声を掛け、千雪の手に触れようとする。


その時、雅が使用人から受け取ったタブレットを手に、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「林原家破産のニュース、全部消えたよ。今は千雪さん退院の話題で持ちきり。」

千雪は聞く気になれず、そのまま階段を上がっていった。


上の階に差しかかった時、雅の声が聞こえた。

「明日、淑蘭さんの法要だから、記者を中に入れて写真をたくさん撮らせよう。そのほうが林原家のこともみんな忘れてくれるはず。」


千雪は眉をひそめ、反論しようとしたが、雅の次の言葉が耳に入る。

「ちょっと写真を撮るだけで、恵の助けになるのよ。千雪さん、話してあげて。」

「今、外では恵のことを悪者扱いしてるし、高橋グループが権力を振りかざしてるって言われてるの。」


恵の立場を思い出し、千雪は言い返すのをこらえた。


階段を上がると、恵が近づいてきた。

「千雪さん、美咲が使用人の話を聞いて、お父さんが捕まったことを知ってから、ずっと泣いてるの。」


「様子を見てくるわ。」千雪は恵と一緒に美咲の部屋へ向かい、泣いている美咲を優しく抱きしめた。


「おばさん、けがしたの、お父さんのせい?」

「みんな、お父さんが悪い人で、おばさんを傷つけたって言ってる。おじさんは私とママを追い出そうとしてるの?」

「おばさん、お父さんはいい人だよね?みんな、うそをついてるんでしょ?」


まだ幼い美咲の顔は、不安でいっぱいだった。

もし自分の娘が生きていたら、美咲と同じくらいの年齢だったはずだ。

千雪は美咲を傷つけたくなかった。


「美咲、お父さんはおばさんを傷つけてないよ。おばさんの顔のけがは、自分でうっかりしてしまったの。」

「じゃあ、私とママはここにいてもいいの?」

「もちろん。この家は、美咲とママの家でもあるから。」


「ありがとう、おばさん!」美咲は千雪の頬にキスをして、「じゃあ、お父さんに、ここに長く住むって伝えないと。でも、どうしてお父さんの電話、いつもつながらないのかな……」


美咲が呟きながら翔太と一緒にアニメを見に行く後ろ姿を見て――

千雪の胸にはどうしようもない哀しみが込み上げてきた。

親の都合で一番傷つくのは、いつだって子どもだ。

自分自身も、そうだった。


千雪は恵の手を取った。

「数日後、一緒に弁護士事務所に行きましょう。」

「あなたのお兄さんと結婚したとき、彼が持っていた株を私に譲ったの。その株、恵に贈りたいの。」


驚きで呆然とする恵を見て、千雪は微笑み、翔太のいる部屋に向かった。

残された時間は、あと二十五日――

せめて、翔太と一緒にいられる時間を大切にしたかった。


祭礼の日、恵は迷わず薬を混ぜた水を慎一に渡した。すべてがうまく運ぶように。


昨晩、千雪が株の譲渡を申し出てくれたとき、本当に胸がいっぱいになった。

だが、雅が現れて全てを打ち壊す。


「千雪さんは優しすぎる。乗っ取る気なの?」

「持ち主は持ち主のままでいいの。」

「あなたには、そんなに多くの株を扱う力はないでしょ。」

「断りなさい。受け取っても、私が無効にしてみせるから。」


雅の警告が頭から離れず、恵は迷いながらも、ついに薬をすべて水に入れた。


「お兄ちゃん、千雪さんが奥で待ってるよ。」


慎一は千雪に早く会いたくて、水を飲み干し、奥の部屋に向かった。

今日は祖母・淑蘭の新しいお墓への納骨式。

淑蘭の遺骨は奥の部屋に置かれ、儀式が終わった後、千雪が霊園におさめることになっていた。


慎一は水を飲み、千雪のもとへと足を進める。

そこにいたのは、喪服姿の美羽優。

美羽優がしつこく絡んできて、慎一の瞳には暗い影が浮かぶ――


千雪は翔太の喪服を整え、祭壇へと戻った。

儀式も終盤、儀式師が「ご遺骨をお運びください」と声をかける。

本来は外で撮影だけだった記者たちが、突然中に流れ込み、フラッシュが飛び交う。


千雪が幕を開けた先に見えたのは――混乱の中、もつれ合う二人の姿だった。

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