奈央は期待を胸に面接に向かったが、到着すると応募者が数十人もいた。しかも、その部署が募集しているのはたったの二人だけだった。
隼人の言葉が耳元で響き、社会経験のない自分を思い出し、一気に気持ちが沈んだ。
案の定、「卒業してから二年以上、なぜ働いていなかったのですか?」と聞かれた。
奈央は誠実に答えた。「卒業してすぐに結婚して子どもを産みました。今は子どもも少し大きくなったので、また働きたいと思いまして。」
すると、面接官は驚いた表情を見せた。「すでに出産されているんですか?」
「はい。」
その瞬間、奈央は数人の面接官が目配せをして頷き合うのに気づいた。心の中がざわつき、もしかして先に出産を終えていることで、会社にとって心配事が減るのではと気づいた。
面接が終わると、面接官から「後日ご連絡します」と言われ、奈央は礼儀正しくお礼を言ってその場を後にした。
不動産仲介に行こうとしたところで、一本のメールが届いた。内容を一目で把握した。
「月島様にはご入社いただくことが決定いたしました。」
秋晴れの下、この知らせに奈央は空がより青く、風がより澄んで感じられた。
思いがけない吉報にしばらく興奮し、我に返った。
離婚の件がまだ決まっていないこともあり、仕事に影響が出ないか心配で、入社日を数日遅らせてほしいとお願いした。
先方は少し困った様子だったが、最終的には快く了承してくれた。
携帯を握りしめ、奈央はその場で小さく飛び跳ねた。
誰かに喜びを伝えたいと思っていた矢先、電話が鳴った。翠からだった。
「もしもし、翠!いい知らせがあるの、仕事が決まったの!来週から入社できるよ!」
翠も驚いた様子で、「え、本当?こんなに早く?おめでとう!」
「うんうん、自分でもびっくり!隼人には、経験もない私なんかどこも雇わないって言われてたのに、一回目の面接で受かったの!」
隼人の名前が出た途端、翠の声が急に沈んだ。
奈央は興奮が落ち着いた後、違和感に気づき、「そうだ、翠は何か用だった?」
翠は低い声で言った。「良一の事務所が最近誰かに圧力かけられてて、調べてもらったら……誰が裏で動いてると思う?」
奈央の笑顔が凍りつき、翠の口ぶりと、今朝の隼人の“脅し”を思い出し、胸がざわめいた。
「もしかして……隼人?」
「そう!日本弁護士連合会の会長から、月島家を怒らせたのかって確認があったの。私たちなんかが関わるわけないし、考えられるのは奈央の旦那さんしかいない。離婚に同意しないのは、私が離婚相談に乗ったから、それで仕返し?」
翠は単純にそう思っていたが、奈央には本当の理由が分かっていた。
奈央がためらっていると、翠が申し訳なさそうに言った。「奈央、あなたの気持ちも分かる、離婚を応援してる。でも、今私は仕事がなくて、良一の給料だけが頼りなの。事務所が潰されたら、私たち……」
「翠、もういいよ、分かってる。」奈央は親友の懇願を感じてすぐに話を遮り、少し迷った末に正直に言った。「隼人が良一を狙ったのは、離婚相談が理由じゃないと思う……」
翠は戸惑った。「じゃあ、ほかに理由があるの?」
「それが……」奈央は言いづらそうにした。「隼人は、私が離婚したいのは外に男ができたからだって誤解してて……しかも、その相手があなたの旦那さんだと疑ってるみたい。」
「えっ?」翠は驚きの声を上げた。「そんな馬鹿な!月島グループの社長を捨てて、外の男に惚れるなんて良一が敵わないのに!どうしてそんな誤解を?」
奈央も理由が分からなかった。
「翠、心配しないで、すぐに隼人に説明するから。良一にも謝っておいて、本当にごめん。」
電話を切ると、強い日差しの下に立ち尽くし、奈央の心は乱れ、さっきまでの喜びも消えていた。
半日も家を空けて授乳できず、胸の痛みと親友への罪悪感で気持ちはどん底だった。
まずは隼人に電話し、良一や事務所への嫌がらせをやめるよう説明しなければならなかった。
自分から隼人に連絡するのは滅多になかったが、携帯を握りしめ、何度も迷ってやっと勇気を出して電話した。
だが、出たのは隼人本人ではなかった。
「奥様、田中田中でございます。社長は今お客様と打ち合わせ中ですので、何かご用件があれば後ほどお伝えいたします。」
奈央は田中をよく知っていた。
妊娠中の検診では、夫の同行が必要なこともあり、隼人が病院に来るときは必ずこの有能な秘書が付き添っていた。
田中はとても親切で、双子を妊娠していた奈央のお腹を気遣い、検診の際もいつも丁寧に支えてくれた。
その一方で、隼人は夫でありながらまるで他人のように冷たかった。
田中には感謝していたので、奈央も優しく話しかけた。「田中さん、本当に急ぎの用で……会議はあとどれくらいで終わりますか?」
「そうですね……あと三十分ほどかと。ご安心ください、終わり次第すぐに社長に伝えます。」
「ありがとうございます。」
三十分後、隼人の会議は本当に終わった。
商談も順調で、相手とランチを共にすることになった。
田中は隼人が出てくるとすぐに駆け寄った。「社長、奥様からお電話がありました。急ぎのご用件とのことです。」
隼人は大勢に囲まれてエレベーターへ向かいながら、眉を少し上げて「何の用事か言ってたか?」と聞いた。
「いえ、急ぎだということだけです。」
隼人はそれ以上何も言わず、そのまま歩き続けた。
田中は隼人が携帯をしまい、折り返す気配がないのを見て、何とか伝えたいと思ったが怒らせるのも怖く、小林に小声で「必ず社長にもう一度電話するように伝えてください」と頼んだ。
「分かりました、タイミングを見て伝えます。」小林は頷き、人の波に加わっていった。
レストランに向かう車の中で、小林は助手席から何度も振り返り、田中の言葉を思い出してなかなか言い出せなかった。
車を降りた後、ようやく隼人に追いついて小声で伝えた。「月島様、田中から、奥様が急ぎでご連絡をお待ちだと……ぜひお電話を。」
隼人は小林を一瞥し、「俺の妻は俺が焦ってないのに、お前が焦るな」と言い放った。
「……」小林はすぐに口をつぐんだ。
レストランでの接待に追われるうち、隼人はこの件をすっかり忘れてしまった――いや、忘れたのではなく、わざと折り返さなかったのかもしれない。
結局、家で昼食を終えても夫からの連絡が来なかった奈央は、再び翠から電話を受けた。
深い罪悪感にさいなまれながら翠をなだめ、もう一度隼人の番号を押した。