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第57話 無関心じゃない

病院に着き、診察を受けると、「大きな問題はありません。角膜に軽い充血が見られますが、抗菌の目薬を処方しますので、時間通りに点眼してください。」


隼人は医師と口裏を合わせて病状を大げさにしようとしたが、奈央がぴったりと付き添っていて全く隙を与えなかった。どうやら彼を信用していないらしい。


医師があっさりと告げたのを聞き、隼人は眉をひそめて尋ねた。「本当に大丈夫ですか?目が痛くて開けられないんですけど。」


奈央はあきれたように小声で「大げさね」と呟いた。


医者は二人の様子を一目で察し、微笑みながら慰めた。「大丈夫です。重症ではありません。ただ、数日は目を清潔に保ち、できるだけ目を使わないようにしてください。できれば目を休めて、ご家族の方にしっかりサポートしてもらうようにしてください。」


最後の言葉は奈央の方を見ながらだった。


診察室を出ると、奈央は隼人の手を振り払って先に歩き出した。


隼人はすぐに立ち止まり、「先生の指示、忘れたの?目を休めて、家族に世話してもらわないと。」


奈央は振り返り、容赦なく言い放った。「自分が子どもじみてると思わないの?」


「コーヒーをかけたのは君だよ。俺が責任追及しないだけでも優しいのに、なぜ君に説教されるんだ?」隼人は堂々と反論した。


奈央はその場で立ち尽くし、納得いかない顔をした。


ポケットの中のスマホが小さく鳴り、奈央は気を取り直して取り出して確認した。


案の定、翠からのメッセージだった。


相手がまだ手を止めていないことを知り、奈央は怒りを押し殺しながら隼人の前に戻り、顎を少し上げて交渉に入った。「あなたを病人として世話するのはいいけど、私の友人の夫をいじめないで。彼らの事務所は立ち上げたばかりで、仕事も大変なのに、これ以上圧力をかけたら本当に潰れてしまう。」


隼人の胸中は複雑だった。奈央と良一が何もないと信じてはいるが、彼女が他の男のためにここまで頼み込むのは面白くなかった。


奈央は彼の沈黙に焦り、「どうしたら手を引いてくれるの?私たちの問題で、無関係な人に八つ当たりするのはやめてよ。」


「無関係?」隼人はやっと口を開き、奈央を横目で見ながら推測した。「女同士の集まりに、なぜ男が顔を出す?君は離婚して孤立するのを恐れて、たまたま友人夫婦が神戸に来て、その夫が弁護士だと知って助けを求めただけだろう。俺には分かるよ。あの弁護士が君に色々アドバイスしたんじゃないのか。」


奈央は言葉につまった。


彼女の表情から図星だと悟った隼人は、さらに皮肉を込めて笑った。「この街で、俺の離婚案件を受ける弁護士や事務所なんていないよ。この業界で生きていきたいなら、ね。」


奈央も負けじと返した。「財力と権力で人を押さえつけて、よくそんなこと言えるわね。」


「押さえつけてなんかいない。彼らが空気を読んでるだけだ。」


奈央は言葉にならず、彼と話すだけで寿命が縮む気がした。


隼人は軽く鼻で笑った。「神戸に来たばかりの人間が、少し偉そうにしただけさ。俺はただ軽く教えてあげただけ。」


奈央は怒りをあらわにした。「これが権力の濫用じゃなくて何なの?事務所が潰れそうよ!」


「それは彼が弱いから。そんな三流弁護士に相談して、どうやって俺に勝つつもりだ?」


奈央は睨みつけ、三秒ほど見つめてから背を向けて歩き出した。


隼人は大声で言った。「彼を許してもいい。ただそれは君の今後の態度次第だ。」


奈央は足を止め、悔しさに奥歯を噛みしめた。


本当に腹立たしい!


また彼に弱みを握られてしまった。


自分のことなら我慢できても、翠たち家族を巻き込むわけにはいかない。歯を食いしばりながら、もう一度隼人の腕を取った。


今さらだけど、コーヒーがもっと熱ければよかったのに。彼の目が本当に見えなくなれば、世間に迷惑かけずに済むのに。


こんな騒動の後、隼人も会社に戻る気はなかった。


道すがら、小林に電話で指示を出し、通話を切ったところで奈央が彼の手首を掴み、スマホを持ち上げた。


「何してる?」隼人が尋ねた。


奈央は唇を噛み、気まずそうに言った。「早く電話して、良一さんを放っておいてって伝えて。」


隼人はじっと彼女を見つめ、数秒後に皮肉っぽく言った。「俺にこんなに真剣になったことあった?」


奈央は思わず口にした。「あなたに真剣だった時は、気持ち悪いとか、裏があるとか言って冷たくしたくせに。」


その言葉に、隼人は返す言葉がなかった。


確かに、最初の出来事の後、奈央は態度を改めて夫婦関係を大切にしようと努めていた。妻としても本気で尽くしていた。


だが隼人は、彼女が何か企んでいると思い込み、月島グループの奥様の座に執着していると決めつけて、皮肉ばかり言っていたのだ。


「早くして!友人が返事を待ってるの!」奈央は彼がじっと見てくるのに急かした。


隼人は我に返り、やっと個人弁護士に電話をかけた。


奈央はその電話の内容から、良一がどれほどの重圧に耐えていたのか、弁護士連合から除名されかけていたことまで知った。


本当に申し訳ない気持ちになった。


「もう指示したから、彼にこれ以上手出ししない。」電話を切ると隼人は淡々と告げた。


だがすぐに、機嫌悪そうに尋ねた。「前に彼の車に乗ったとき、なぜ助手席だった?」


奈央は今さら気付き、これが誤解の原因だったのかと悟った。


急いで説明した。「その時は翠も一緒で、後部座席で子どもの世話をしてたから、私が前に座ったの。」


隼人は黙って彼女を見つめた。


「本当よ!信じられないなら、彼ら夫婦を呼んで直接説明してもらう!」


「そこまでする必要はない。」


「絶対に説明してもらう!浮気の疑いなんて絶対嫌!」奈央は本気で、誤解を解くことにこだわった。


隼人の前で、親友に電話をかけることはせず、微信で問題が解決したことだけ伝えた。


家に着き、「盲目の夫」を部屋へ送り届けた後、奈央はこっそり裏庭で翠に謝罪の電話をした。


「翠、本当にごめんね。彼がこんなに誤解して、わざと良一さんに圧力をかけてたなんて。」奈央は申し訳なさで胸がいっぱいだった。親友夫婦には全く関係のない災難だった。


翠はすでに事情を知り、夫とも話をしていた。


奈央が気に病んでいることを察し、すぐに慰めた。「大丈夫よ。ちゃんと分かってよかった。でないと、事務所が潰れるところだったわ。」


「もう大丈夫。隼人にも説明したし、彼も目の前で電話して、良一には手を出さないって。」


「うん、それならよかった……」


翠の声が沈んでいるのに気付き、奈央は不安になった。「今回のことで、事務所に大きな損害が出たの?」


「うん……良一が言ってたけど、まだ立ち上げたばかりなのに、もう潰れかけてて。本部からも能力を疑われて、今すごくプレッシャーが大きいみたい……」


翠の言葉は事実だった。


仕事の世界は厳しく、上司は結果だけを見て、理由なんて聞いてくれない。


奈央は改めて申し訳なく思った。「本当にごめん。こんなことになるなら巻き込まなければよかった。」


「気にしないで。あなたが望んだわけじゃないし。でも、今回分かったことがあるよ。月島さんはあなたに無関心なんかじゃない。嫉妬までしてるんだから、心の中にあなたがいるんだよ。まだ離婚するつもり?」


奈央は携帯を握りしめ、複雑な気持ちになった。


電話が切れる前に、和子が呼びに来た。「奥様、隼人様がお呼びです。お薬を塗ってさしあげてください。」

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