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執着クロニクル
執着クロニクル
atsumu
BL現代BL
2025年07月02日
公開日
8,328字
連載中
他人に触れられると無意識に拒絶反応を起こしてしまう接触恐怖症の子と、一生愛するマンな幼馴染みとの話。幼稚園~社会人までの物語 ふんわり性的表現数章あり 登場人物 現年齢22と、21の同級生。新社会人

第1話 プロローグ



――思えばこの時

今まで抽象的に何かだった物が、逃れられない,決して運命じゃない物だと

心の底からハッキリ痛感実感した気がする。



「いつきいいいい!」

「何だよ、どした?」


最近染めたばかりでいつきのまだ見慣れない相手の黒髪が、うなだれた勢いでテーブルにバサリと散った。振動で紙コップのコーヒーがこぼれんばかりに揺らめく。


顔は突っ伏したまま、晴臣はるおみが携帯を握りしめ、樹にかざしている。


「内定……」

「決まったのか?」

「あぁ」

「おめでとう、良かったな」


内定を取るためにしたのだろう晴臣の黒髪を、樹は撫でてやった。

けれど、普段柔和な顔は歪んだままで全く浮上せず。出来事と目の前にいる本人の様子が、全く合わない。


「良かった、のか?」

「当たり前だろ。何社も受けたにしても、どこも冷やかしや遊びで受けた訳じゃあるまいし。なんなら、まだ決まってない俺に対して、嫌味かよ?」


自分のスケジュールを横目で見ながら、樹は本心をグチった。どこの世界に就職内定決まって喜ばない奴が居る?

何故かここにいるけど。


「ごめん」


晴臣はようやく顔を上げた。だけど表情はやはり複雑そうで。


「そうじゃないんだ。受かったのはうれしい……けど」

「けど?」

「俺が決まった会社に……タケルも来るらしいんだけど!!これって、良かったのか?!」


「”来る”って? 迎えに?遊びに?様子見に?」


樹は思い浮かぶ 来る をありったけ述べた。

今まで目の当たりにした晴臣に対する健流たけるの行動。他人は、イチイチ度肝を抜くだろうけど、あれもこれも歴史の証人として目撃してきた樹は、そう簡単にもう驚きはしない。


「違う」


晴臣はゆっくり頭を振った。


はる、違うってほかにアイツ、何?」

「タケル……俺とおんなじかいしゃに、就職するってよ……」


聞き覚えのあるフレーズに乗せて、晴臣の言葉が流れた。


「マジで?」


樹が度肝を抜かれた。


「大マジらしい。なあ!! こんな事ってアリか?! 学校はまだ解る。いや、ふつうじゃ解らないけど……就職する会社も一緒の所って。バイトじゃねーんだぞ! 正気じゃないだろ!」


(とっくに正気じゃないだろ)


樹は言葉を飲み込んだ。

にしても、驚いた。そんな事が出来る行動力と、力技と、勇気に。健流の一念が岩と面接官を通したのか。


「アイツ、何考えてるんだ……晴、でも他の所受けずにそこ行くんだろ?」

「うん。もう、一からエントリーシート地獄からの、圧迫されるかもしれない面接の攻撃を防げるHPは、俺には残ってない」


晴臣はコーヒーを味噌汁のようにすすって、ため息をついている。

樹は何分か前のおめでとうの意味ではなく、今度は慰めに、晴臣の頭を撫でた。……瞬間、手首を掴まれる。


「俺が唯一、晴臣に触れる事を認めた男。いくら樹でも、一日一度までだ」


真面目な口調で、この上ないアホな言葉を告げられ、樹は腕を取られていて。樹が踵を返すと、そこには見飽きたドヤ顔があった。


(二度撫でるなってことは、どっからかずっっと俺らのこと見てたのかよ)


雑然とした学食、健流の姿はこちらからは今まで陰一つ見えていない。樹は、つまらない事に気づいてしまい、悪寒が走った。


「よぉ、健流。挨拶くらいしろ。言い飽きたけど、俺をお前の狂人シナリオに巻き込むな」


樹は半目で健流を見つめた。


「ッス。樹……おみ!」


健流はにっこり笑って、樹の手を解き、当然の様に晴臣の横に座った。

音を立てて椅子をマックス近くに寄せている。いつもの一連の流れ、樹は見て見ぬ振りをした。


音もなくさりげなく、温くなったコーヒーを変えてやっている。コーヒーの種類はもちろん組み合わせ何十通りもある、自販の砂糖ミルクの分量、晴臣が飲んでる物と全く一緒の物。


「オミ、メール送ったけど」

「……見た」


晴臣も晴臣でいつもの習慣で、新しいコーヒーを何の疑問も抱かず一口飲んだ。代わりに、冷えた飲みかけを健流が飲んでいる。


「会社……」

「……」


晴臣がだんまりを決め込んでいる。


「俺、授業行くわ」


樹は、始業より早めに席を立った。いたたまれない空気。

今回はかなり晴臣のメンタルにキているんだろう。だけど、樹は知っている。

どれだけ空気が荒れようが、今回は時間がかかるにせよ、結局何事もなかったかの様に、空気が元に戻るんだ。


(流石にそこまで付き合ってられん)


「……じゃあな」

「樹!」


恨めしそうな顔の晴臣と、たおやかな笑みを浮かべて手を振っている健流を一瞥し、樹は二人をあとにした。

授業が始まっても二人は現れなかった。



授業が終わると同時に樹の前に姿を見せたのは、一人だけ。


「樹、ノート貸してくれ」

「断る」

「臣の分もなんだけど」

「……しょうがねーな」


上背のある樹にノートを渡されたついでに、健流は頭をはたかれた。


「なんだよ?オミなら貸してくれんのかよ!差別反対!」

「晴が授業にでなかったの、お前のせいだからだろ」


文句を言いつつノートを分捕る健流に、樹は溜息をついた。樹が健流を睨んだ。いつも右隣にいる晴臣の姿は無い。


「晴、帰ったのか」

「あぁ」

「今回はてこずってんな」

「そんなに、おかしいことか?一緒の所で働くのが」

「まあ、俺の周りにはいないな。お前ら以外」

「生まれた時から大学まで一緒だったら、就職だって一緒なのがむしろ当たり前だろ?!」


健流はボケていない。純粋な澄み切った瞳で樹に訴えかけてくる。国の文化が違う異国人と話をしているようで、樹は言葉を飲んだ。


「まあ、一晩寝たら晴も諦め……いや、気持ち落ち着いてコロっと元気だろ」


そんな姿を何度も見てきた。確かに今回は晴の様子はかなり動揺していた。


「そうかな!」


やにわに健流の顔が明るくなる。


「でも、お前辞めるかもしれんとはいえ、就職なんて一大事だろ。そんな、決め方でいいのか?」


大方、晴臣が受けた所を片っ端受けたんだろう。


「そんな、決め方?」


吸い込まれそうな深いグレーがかった瞳が見開かれた。


「オミが行くかもしれない会社以外、何の選択肢がある?一生の事だぞ」


”一生の事だぞ”

その言葉を、そのまま健流に熨斗つけて返してやりたい。


「あぁ、そうだな」


不毛な会話を終わらせる決め台詞を吐いて、樹は帰り支度を始める。


「たださ、晴だってお前の事、どうこうっていうんじゃなくて、世間の物差しで客観的に自分達を感じたんだろうし。

社会に出るってことで、自立、したかったんじゃないか?」


樹は最後に言い逃げのごとく、晴臣と話して感じた事を代弁した。


「自立……そんなもんオミはとっくにしてる。会社だって、オミが選んだところだ。ちゃんとオミの意志、尊重してるだろ。離れられないのは、俺だ!オミが居るところじゃないと考えられないのは、俺だから!」

「健流……」


過保護な保護者なりをしているのかと思っていた樹は、意外な言葉に驚いた。

誰より解っていると思っていた健流と晴臣の関係を、少し勘違いしていたのかもしれない。


「樹、いつも有り難う。オミの事色々、恩に着る」

「い、いや、あ、あぁ」


これも出会った頃から感じているけれど、晴臣がその場にいないと、健流は

(まあまあ真っ当な奴なんだよな)


「お前は……」


健流の聞き飽きた決め台詞を、樹は途中で制した。


「あー分かってる分かってる。”健流が唯一、晴臣触るの認めた男”が俺、なんだろ」

「樹は……違う。オミが唯一認めた男だから……俺もお前を認めてるんだ!」


健流はノートを掲げ、樹に別れを告げた。

廊下を駆ける足音と、健流の独り言がシンクロしながら樹の前から姿を消した。





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