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第2話 おにぎり


【臣、今日どっちの家帰る?】


メッセージが来た。


【そっち】


電車が駅に着く前、一言だけ返す。

送った瞬間既読になった。


(相変わらず早さが怖えぇよ)


次の電車の乗り換え時間は2分しかない。

四番線分向こうまで、晴臣は健流の返事を見る暇なく、ホームの階段を駆け上がった。



家に帰ると、真っ暗だった。

健流はバイトだ。勿論同じ所。勿論、と言ってしまう思考回路に、また樹が笑いそうだけど、流石にシフトはバラバラで。今日は健流が出勤で遅番だ。


(なんやかんや言って、健流のシフトも頭にはいっちゃてるな)


大学は無事単位も足りて卒業出来て、気がつくともうすぐ、社会人としての生活が始まる。

バイト出来るのももう少しだ。この生活も、後もう少し……


晴臣は大学の間、二つの家を行ったり来たりしている。

生まれ育ったマンション=健流の隣の家と、両親が早期退職して突然スローライフをしたいと言いだし、畑付きの父親の実家=市内の郊外に移った家と。


息子の晴臣も郊外へ一旦は一緒に移ったけれど、マンションが売れるまで、晴臣は管理役兼ねて二重生活をしている。


そんな生活が4年間、結局大学終わるまで続いてしまった。

マンションが……売れなかった。


晴臣だって、生まれてからずっと住んでいて、有る程度便利で…健流の隣の家が良い。

だけど郊外と言っても、小一時間の距離だし、学校でもずっと一緒なのに

実質引っ越しが決まったとき、健流の荒れようったらなかった。二重生活が決まると飛び上がって喜んでいた。


売れないのは、健流の執念なんじゃないかと思う。

その執念のお陰で、晴臣も生家に帰ってこれる事が嬉しかった。


晴臣はひんやりとした暗いリビングの電気をつけた。

ダイニングテーブルの上には、メモとオニギリが置いてある。


【一緒に飯食いたいから、帰るまでこれで腹しのいで待ってて!】


健流が書いたメモと、健流が握ってくれたおにぎり。

今まで数え切れない程、健流の手で握って渡されたおにぎりを、晴臣は手に取った。


  *  *  *  


小学校に上がって、晴臣は初めての友達の家に行った。勿論、健流も一緒に。

学校に入って仲良くなった友達の家で、ご飯が振る舞われた。


晴臣はとても嬉しかった……のに、食べられなかった。

晴臣自身驚いた。きれいで美味しそうなご馳走を目の前にして、どうしても口に出来ない。

幼稚園まで、他人の手作りご飯を食べたのは、隣の健流の家だけで、それは何の問題も無く食べられた。

だけど、今生まれて初めて知らない人が作ったご飯を目の前に、食べられない晴臣がいた。


「……どしたの?オミ」


小1当時だったけれど、逐一晴臣の様子に気づいた健流が声をかけた。


「べ、べつに、どおもしない……」


そうとしか答えられなかった。自分自身訳が分からなかったから。

周りのみんなが美味しそうに食べるのを見て、晴臣は焦って無理矢理口にした。途端、吐き出してしまった。


パニックになって、大泣きして……その後、どうなって,どうやって帰ったのか何も覚えていない。今だに思い出せない。

ただ、健流はずっと傍にいてくれた。



次の日、晴臣は学校を休んだ。

学校に通い始めたばかりで、人生初の登校拒否をした。

親の心配をよそに晴臣は布団にくるまって、一日何も食べず、部屋からも出ず。眠ったり思いだし泣きしている間に、日が暮れていた。


「オミ!!」


突然聞きなれた声がして晴臣は驚き、掛け布団の間から少し顔を出すと、そこには居るはずのない健流が立っていた。


「タケル?!なんでいるんだよ!」


部屋の鍵はかけている。

健流は晴臣の顔を見ると、得意げに窓の外を指さした。ベランダをどうにか伝って、来たらしい。晴臣はびっくりして、涙が止まった。


「オミ、だいじょうぶか?」

「……」

「おなか、へってない?」


食べ物の話。今一番地雷な事を言われた晴臣は、叫びながら健流を突き飛ばして、布団にくるまった。


「オミ、オミ!」


ベッドに健流も転がり込んできた。


「これ」


二人が入ってかまくら状態の掛け布団。隙間から、夕日が射し込む。薄暗い中で見たものは、銀ホイルにくるまれたおにぎり。


「おれ、にぎってきた。おれがつくったやつ」


健流が晴臣の口元に持っていく。


「たべれるか?これ」


一日何も食べてない。だけど、昨日の事が思い出されて、晴臣の視界が滲む。



目の前に、健流に差し出されたおにぎり。晴臣は何分も固まっていたけれど……一口、口にした。

何故かのどを通った。


「……おいひい」


食べられた喜びが沸きだした晴臣より、健流が大喜びして、晴臣に抱きついた。


(タケルのは、たべれた……)


「オミ、おれのはだいじょうぶ! やったーーーーー!! よかった!」


一口飲み込んだ後、残りも全部食べられた。その後お腹が鳴って、二人で大笑いした。


翌朝、家におよばれしたのに粗相をしたクラスメイトに会いたくなくて、学校行くのはゴネたけれど

健流に引っ張られて、嫌々登校した。


無視されたり怒られるのかと怯えていたのに、皆笑って、普通に迎えてくれた。

晴臣が立ちすくむ前に、健流が中心になって、盛り上げて話して。休んだ日に、健流が何を言ってどうしてくれたのかは解らないけれど、晴臣が登校した時、みんな笑顔で迎えてくれた。


その後も、知らない人の手作りの食べ物は苦手だ。

だけど、食べなければいけない機会に出くわす度、健流は先手を打って、あのてこの手で助けてくれて。

それから、徐々に克服出来た。


  *  *  *


そんな頃から、そんな今でも……健流は晴臣にずっとおにぎりを握ってくれる。


晴臣は、数え切れない程たべたけれど、何度食べても、今でも、多分これからもずっと

食べる度、胸がぎゅっとなって……たまに、堪えきれなくなって、おにぎりがもっとしょっぱくなる。


(恥ずかしいから、健流には言わないけど)


「オミ! ただいま!!」


隣の家に、叫びながら健流が駆け込んできた。


「タケル、お帰り。……ごちそうさま」

「ごちそうさま?何言ってんだ、今から一緒に飯食うのに!」


健流は、夕飯を翳して振り回している。


「あぁ、ありがと」




ーおにぎりおしまいー



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