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第4話 入社日=四月一日



「健流、早く起きろよ」


頭を思いっきりど突いても、へっちゃらで寝ている。だけど今日は遅れるわけには行かない。

晴臣は自分自身だる重い身体を起こし、何とか立ち上がった。


リビングでフラフラな身体をモタモタしながら一つ一つ用意していると


「おい、臣。早くしないと遅れるぞ」


身なりを完璧に整えた健流が、寝室から出て来た途端急かし初めて、晴臣は呆れた。さっぱりした、元気そうな顔。


(誰のせいで、こんなに身体が言うこときかないと思ってんだ!)


いつもなら、反論の一言でも言ってやるのだけど、今日は健流を無言で睨み付けて止めた。


「ほら、」


瞬く間に正面に立ち、晴臣の首にネクタイを巻き付け器用に結んでくれて、そのまま洗面所に引っ張り込まれる。


「ありがと」

「今日も臣、可愛い」


一緒に身支度整えられて、頬を両手で挟まれた。


「何やってんだよ。初日から遅刻……」


両頬を両手で押され、自然と突き出た唇を文句途中でキスされ塞がれる。


「なっ、朝から!」

「だって俺、やっと追いついた。俺には入社式より大事な事だ……わっ! けど、会社行くのも大事だな!」


掛け時計を見遣り流石の健流も焦って、晴臣の手を引き、マンションを飛び出した。


*  *  *


「何とか寝ずに耐えられたな」


会議場をあとに廊下を歩きながら、健流は欠伸をしながら耳打ちしてきた。


「声大きい!怒られるよ」


大企業でもない思いの外アットホームな会社とは言え、入社式から明日からの研修説明を受け、緊張の連続のまま一日を終えた晴臣は、健流の一言でようやく息を吐いた。


「今日はこれで終わりだよな」

「あぁ、さっきの説明だとそうみたい」

「今日は早く帰れって言ってたしな。逆に俺らがいたら仕事にならないんだろうな」


自然と二人早歩きになる。

晴臣は精神的にヘトヘトだった。けれど、逸る気持ちが抑えられない。

健流とシンクロして、人知れずなるべく音をたてず、すれ違う未来の先輩には、健流につられ百点の挨拶をしながら、たむろっている同期を巻いて


「失礼します!」


大声で挨拶をハモりながら、二人会社を飛び出した。


「入社式無事終了!!」


健流は会社を出た途端笑いながら走り出した。晴臣は慣れない革靴のせいで、うまく走れない。

着いていきながら、健流の嬉しそうな横顔を何とか目で追うので精一杯だ。


「俺の誕生日会、開始!!」


健流は駅前で振り返り、晴臣に満面の笑みで叫んだ。


*  *  *



「臣、見てみ、めっちゃ良く撮れてる!」


予約していた店で本人たっての希望で、誕生日コースをチョイスしていた。帰りに額に入ったケーキを前に撮ってくれたツーショットの写真を貰って、健流はご満悦だ。


「こーいうのって、女子会かカップルで頼むもんだよな」


着こなせてないスーツ姿の二人組が、テンション上がってはしゃいだけれど、晴臣は写真を渡された時、我に返った。

店員も周りの客も、男二人を見て違和感ありありだっただろう。


「女子だけとか書いてなかったし。そんな事誰が決めた?臣、恥なんか一瞬だ。これは一生残る。二人の入社記念日だし、俺の誕生日だし。部屋に飾ろーな。あ、携帯の待受にも」

「健流……」


鋼のメンタル健流は全く意に介さず、この誕生日に喜んでいて、とりあえず良かったと思うことにした。

健流の携帯は食事中も鳴りっぱなしだった。正確にはマナーモードにしてるから、震えっぱなしで。交友関係が広い健流に皆、誕生メッセを送って来てるんだろう。

健流は晴臣と食事しているときは、一度も見はしない。


「なあ、健流。もう帰り道だし、俺に気にせず返信しなよ。皆健流にお祝い言ってきてんのに」

「あー寝る前にでもする。今日は、今日だから、臣とだけ居たい。今年も二人で居れた」


珍しく真面目な凛々しい表情で告げられた。

春の夜風に吹かれ、街灯に照らされてる健流は二十二年経っても、綺麗だと見惚れる。


「なあ、臣……俺ってすごいだろ」


(あ、始まった)

夜道に紛れて、晴臣から健流の手を繋ぐ。


(恒例の……)

分かっているけど、尋ねる。


「すごいって、何が?」


「だから、俺、予定日より早かったんだ。俺、早く生まれて来たかったんだ、今日に。絶対」


(毎年聞く、この話)

だけど、晴臣は毎年聞き入る。


「一日遅かったら、一個下だった。スゴいだろ。今日生まれたから……臣とずっと同い年でいれた!」


健流は繋いだ手をブンブンと振って、ガッツポーズする。


「だから俺は、生まれおちた瞬間から、臣と繋がってんだ」

「健流…誕生日、ほんとにおめでと」






ー入社日兼誕生日おしまいー


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