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エピソード6

 六月十二日、放課後にクオンはアイトの席まで行った。



「ねえ、アイトくん。明日はわたしの――」

「悪いクオン。急がないといけないんだ、また明日な!」

「えっ――待って。それに昨日どこに――」



 アイトは教室を出て、校門に停まっているイェウォンの車に乗り、ルフィナとともに昨日のキョウと出会った場所まで行った。コンビニ近くの路肩で止まり、ルフィナとアイトが車から出ると、パイプ状のガードレールに腰を掛けたキョウが、こちらを見た。



「早いじゃねえか」

「言われたとおりに貴様を監視していたSI6は引いてるはずだ。約束は守ってもらうぞ」

 キョウは「ふっ、そうか」と漏らして、続ける。

「そりゃ感謝するぜ。じゃあな」



 腰掛けていたガードレールから降りて、キョウは人通りをかき分け走った。追いかけるぞ! とルフィナはアイトに伝え、夕方の帰りで混み合っている中をぶつかりながら走っていった。通りから逸れて細い道に進み、何度も曲がり角を曲がったが、キョウを見失うことはない。



「どこに行く気だ――」



 ルフィナはそう呟いた。アイトはなんとか、ルフィナの後ろについて行きながら彼を追った。後ろから見ても、ルフィナは最低限の息しか切らしてない。訓練を受けてるからか、アイトとは体力が違った。


 アイトもそろそろルフィナのあとを追いかけるのが難しいと思ったとき、周りに人が見えない廃れた倉庫の中にキョウは逃げていった。ルフィナはピタリと止まり、アイトも彼女になんとか追いついた。



「はあ、はあ……追わなくていいのか」

「誘われている」

 ルフィナは制服のジャケットの内側に手を入れ、銃を取り出した。

「学校の中でも持ってたのかよ……」

「生徒手帳には銃の所持に反する文言はない」

「どんな理屈だよ……」



 行くぞ、ルフィナは銃を構えながら、アイトとともに倉庫の中に入っていった。日も沈みかけてるせいもあり、倉庫の中は一段と暗い。倉庫内は工場を思わせる設備が転がっている。元の色は緑だと思わせる赤く錆びれた機械。誰かが捨てたのか、幾多いくたの家電。天井のトタン屋根の一部は落ちかけている。



躑躅つつじキョウ、無駄なあがきはやめろ。こちらも容赦なく発砲するぞ」



 ルフィナの声が伸びるように倉庫内を響き渡らせ、反響も収まるとキョウの声も聞こえた。



「テメェらは本当に傲慢だな。オレを悪いことをまったくしてねえとは言わねェが、撃たれるような筋合いはないぜ」

「聞こう。六月九日の昼に起きたP.G.によるテロ、あの場にいたな」

「ああいたよ。でも俺は関係ねェぜ」

「それぐらい把握している。躑躅キョウ、貴様の能力も含めて、明日起きるかもしれないに出来事にこっちは話をしたいだけだ」

「明日がなんだってよ!」



 赤い色が走った――暗い倉庫に明かりを灯すには十分な火。熱い火が、アイトとルフィナの横を通った。ルフィナはすぐに火の出た先を撃ったが、甲高い金属音が鳴るだけでキョウには当たらず、またも火が飛ばしてきた。



「隠れろ!」

 ルフィナがアイトの首根っこを掴み錆びた機械の裏に隠れた。

「ルフィナ、あいつの能力って――」

「言ってなかったな、火だ。単純だが当たったらひとたまりもない」



 火がアイトたちのところに容赦なく飛んでくる。機械が障害物として機能してるが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。アイトは、どうするんだ、とルフィナに言った。



「取り押さえる」ルフィナはジャケットから手錠を取り出し、アイトに見せる「このP.G.手錠の内部には増感剤とハフニウムが入っている。掛けられ、能力を使おうとすれば能力のエネルギーで最大二千度まで高温になって、相手を封じれる――やれるか?」

「ああ、手錠を掛けることぐらい俺にだってできる」

「頼むぞ」



 手錠を受け取ったアイトは「ああ、やってやるよ」自信のある顔を見せた。アイトとルフィナは火が飛んでくる方向を中心として、左右に別れた。キョウは最初のうちは左右両方、ルフィナとアイトを均等に狙ったが、ルフィナが銃を放ちながら進んでいくことで、ルフィナの方に比重が偏っていった。



「銃なんてぶっ放しやがって! いつからここは撃ってもいい国になった!」



 ルフィナに向いているキョウに注意しながら、アイトは少しずつ彼に寄っていった。時々アイトの方にも火の手が向かってくるが、キョウが注意を払ってるのは銃を持つルフィナなのは見て明らか。

 手錠を片手に、倉庫の使い古された機械を盾にしながら進んでいった。観察していると、キョウは右手から火を放っている。一回で二秒も持続はしていない。それに次、撃つまでに二秒近く掛かっている。



「残り十メートルぐらいか」



 アイトとキョウの距離は縮まっているが、これ以上近づきすぎればさすがにアイトにも注意を向け、先に倒しにくるかもしれない。どこかで、タイミングを見計らっていかなければならなかった。



「いつ、いける……」

 アイトが静かに顔を出して、見ていると――それに気づいたか、ルフィナが声を発した。

「躑躅キョウ!」



 名前に反応したか、キョウの体も顔もルフィナの方に向かい、火を放った。今しかない! とアイトは飛び出し、キョウの下へと全力で走った。間に合うか……いや、仮に間に合わなくても――。キョウはアイトの方に遅れながらも手を向けた。



「油断は――してねェよ!」



 その手はルフィナに向けていた右手とは違う。いままで使っていなかった、左手だった。キョウの左手がボウッと燃え――熱さが伝わる。火炎放射のような火がアイトに飛びかかろうとした。アイトが伸ばした手は手錠を持っていた方ではない。空いた片手だった。



「――なっ、火が!」



 キョウは驚いた様子だった。火がアイトに近づくほどに小さくなり、消えていったのだから。アイトの手からは音が鳴っていた。耳障りな虫が耳元で羽を動かしているような音を出していた。キョウの火が押されるように消えていき、アイトは手錠をキョウの片手に掛けた。



「掛けてやった――うっ!」



 手錠を掛けた喜びもつかの間、キョウはアイトに手錠の掛かってない腕でアイトを殴った。それは卑怯だろ、とアイトは倒れた。キョウはアイトに手錠の掛かってない手を向けて赤く燃え上がるときだった。



「遊びは終わりだ」



 ルフィナがキョウの頭に銃を突きつけていた。続けてルフィナは「私は躊躇なく撃つぞ」引き金がギシっと音を立てる。キョウはゆっくり手を上げた。「空いた方の手にも手錠を掛けろ、三秒やる。三、二……」諦めたのかキョウはルフィナの言うとおりにささっと手錠を自ら掛けた。



「それでなんだ。オレは別に何か起こそうなんてこれぽっちもねェぜ」

「身柄を拘束する。明日の日付が変わるまで能力も、人との関わりも絶たせてもらう」

「話がちげェじゃねーかよ」

「黙れ。これがこちらのやり方だ」



 ルフィナはイェウォンに連絡をして、時空地区の職員を呼んだ。キョウは黒い車に乗せられ、前のアイトのような形で時空地区へと行った。帰りましょう、ルフィナがイェウォンに言い、車まで歩いてる最中、アイトはルフィナに愚痴をこぼした。



「嘘ばっかだな、時空地区の連中は」



 話を聞くだけだとか言いながら、結局の目的はキョウを拘束すること。俺も都合よく使われてるだけなんだろうな、とアイトは思った。ルフィナは顔を向ける。



「気に入らないようだな」

「本当に話を聞くだけだと思ってたよ俺は」

「素直に聞く奴ではないのはわかることだ。私たちSI5――いや、SI6も含め時空地区は平和と正しい未来に進むために行動してるにすぎない。行くぞ」



 アイトは不満を感じながらも車に乗り、家に帰った。明日あす――どうなるのか何もわからない。自分の能力が何かに影響を及ぼすのか、見当がつかない。それで助かったとはいえ、大した能力じゃないのに――アイトは眠りについた。

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