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エピソード8

 アイトは聞く。



「これで終わりか」

「トシも躑躅つつじキョウもこれで問題ない。あとはそうだな、貴様に手錠を掛け、一日独房で過ごしてもらうだけになる」

「そうか、俺もそうだったか」

「なに気にすることはない。独房といっても躑躅キョウが入れられているところと同じで、何かされることはない。こいつは別だがな」



 やったことは悪党かもしれないが、時空地区の連中も大っぴらには言えないことがあることを考えると、それなりにかわいそうだとは思えていた。タイムリープ中にアイトは言う。



「便利な機械だな、過去に戻れて。やり直しがきくんだろう」

「そんなものではない。あくまでも、正しい未来のために使うものだ。過去の出来事を改ざんするなど、もってのほか――それに過去に行ってるようで、行ってはいない。テンプス・フギトは未来にしか方向を向けれない」

「ならどうやって過去に」


 説明してやる、とルフィナは言い、話し出す。


「この宇宙はビッグバンから始まってることぐらい知っているだろう。では、宇宙が広がりきった後はどうなる?」

「崩壊でもしていくのか?」

「違うな。宇宙は縮小していく。コップの水を床にこぼせば、その水はどんどん広がっていくが――いずれ止まる。そして、止まった水は時間を巻き戻したように逆転していき、コップに戻る。宇宙も同じだ。限界まで広がった宇宙は時間が逆転し、限界まで小さくなっていく。始まりのビッグバンから終わりのビッグクランチに向っていく」ルフィナは続ける「私たちは一回、未来の到達点まで行って、逆転する時間の中を進み、過去に行ってるだけに過ぎない」



 ルフィナの言うことは理解しずらいが、未来に行き過ぎた結果、過去に向かった、という理屈でアイトは納得した。



「簡単に行くもんだから、もっと単純なものだと思ってたよ」

「過去はそう簡単にやり直せない。一度の選択は変えることができないものだ――貴様もよく考えて行動することだな」

「ああ、そうするよ」


 光が弱まり、外の景色が見えると時空地区に戻ってきたが、もう薄暗くなっていた。


「朝早く来たのに、時間を間違えたのか」

「違う、行きと近い時間にすると誤差が生じたときに、同じ人物が同時に存在する時間にたどり着いてしまう可能性がある」

「同時にいたらどうなるんだ?」

「両者が自己矛盾を抱えて死ぬ」



 アイトは背筋が凍った。想像できなからこその怖さだった。時空保安局の建物から、SI5の職員とミキコが階段から降りてきた。トシは職員が拘束し、ミキコたちが降りてきたところとは違う端にある出入り口に連れていかれた。ミキコはアイトとルフィナの前に立つ。



「よくやった。これで今日なにもなければ『事』は解決する。時のひずみはまだ収まっていないようだが、時間差もある。それとアイトを閉じ込めれば終わりになるところかね」

「結局、誰が『事』の原因になってるんだ?」

「さあ、わからないねえ。些細な事柄ことがらが大きな事柄に繋がる――それが完璧にわかれば苦労しないさ。すべてを計算して導き出せるなんてのは、理屈だけで想像力のないバカの考え方。自分の行動すら計算できないんだよ、私たち人間はね」



 静かになり始めた、薄暗い時空地区内でミキコの言葉が響いたのか、理由という理由はないが空気が変わった気がした。静寂を切り裂くように、轟々ごうごうとしたアラーム音が時空地区の至ることろから鳴り出した。冷静なルフィナも左右を見て、驚きを隠せない様子だった。ミキコも怪訝けげんな表情を見せる。アイトだけが状況が飲み込めなかった。



「なんだこの音は」

 アイトがルフィナに尋ねる。

「侵入者だ。時空地区に関係者以外の人間が入ってきた。滅多にあることではない」



 時空保安局には大きな庭があり、車二台分の小さな道路が建物を頂点に弧を描くように敷かれている。地上から時空地区に入り、この建物にたどり着けるようにできていた。「止まれ!」「発砲するぞ」奥からはそんな声が聞こえていた。だが、その声も次には聞こえなくなっていた。ルフィナは銃を取り出し、ミキコの前に立った。



「下がってくださいミズ・ミキコ」

「いや、問題ない。『事』の犯人を確かめたい。いったい誰が――」



 奥からひとりの少女が歩いてきた。特別な服を着てるわけではない。特別な物を持ってるわけでもない。ただ平凡な制服を着た学生――石楠花しゃくなげクオンが歩いてきた。アイトの目にはしっかり彼女だと認識できた。



「クオン! いったいどういう――」



 SI5の職員が銃を持ったまま、彼女に近づいていった。アイトは止めようとしたが、聞く耳は持たない。近づいていった職員は、徐々に走る速度が遅くなり、止まったと思ったら膝をついて伏せるように倒れ込んだ。その光景はとても異質だった。


 無理やり何かに押し付けられるように、クオンの近くに行った者は倒れていった。クオンの足取りはまるで不安に駆られてるようだった。



「……アイトくん」

「どうしたんだクオン」

「……どうしたんだじゃないよ。アイトくんこそどうしたの」クオンは震えてるようだった「今日わたしの誕生日。アイトくん……どうして学校にも来ないの。それに、ルフィナちゃんと一緒に何してるの……」

「それは――言えない」



 時空地区関係者以外の知り合いにはSI5の仕事は話してはならない。ミキコに対し目をやったが、彼女は首を横に振った。クオンから「……うぅ」不幸に落ちたようなうめきが漏れ出した。


 その瞬間、体がぐっと重くなった。アイトはくらっとめまいを起こしたかのように、ふらついた。どうして急に体が重くなったのかわからず、ルフィナの方に目を向けると、彼女もまた膝を曲げ、重りを背負ってるような姿勢だった。片膝をついたミキコが言う。



「――私の推測は間違ってなかったようだ、時のひずみの原因は確かにアイト、お前さんにあるとみた。だが、その震源地はお前さんじゃなかったみたいだがね」

「大勢の人が死ぬ……『事』を引き起こすの俺じゃなくて……」

「石楠花クオンってことだったようだね。それに大勢の人が死ぬ――なんてどころじゃないよこれは。重力とは時空の歪み、このまま放置していれば時空地区どころか、地球そのもの――うっ」



 ミキコは両膝をついて、地面に手をつけて体を支えていた。アイトの体もどんどん重くなっていく。クオンはP.G.だった、時空を操る能力を持っているというのが、今できる最大の判断。


 クオンがP.G.だったのにも驚きがあったが、何故この時空地区に来れたのか、アイトは声を上げてクオンに聞いた。



「クオン! とにかく落ち着いてくれ。このままじゃ、取り返しのつかないことになる。話を――」

「話を聞いてないのはアイトくんのことじゃん! なにをしてるのか、どこに行ってたのかも隠して。わたし知ってるんだから、アイトくんが昨日と一昨日おととい、隣町に行ってたこと!」



 どうしてクオンがそのことを知っているのか、見当がつかない。イェウォンの車で行くところを見られていたとしても、どうして隣町に行ったのがわかったのか。どうやって……とアイト考えていると、クオンが呟いた。



「……でも、お守り持っててくれたのは嬉しかったよ」



 はっとしたアイトは、重い体を動かしてポケットのスマホについたクオンからのお守りを手に取った。指を動かすのすら重いなかで、震える指で中身を開けると、中にはGPSが仕込まれていた。それを見たルフィナは言う。



「貴様、いつの間にそんなものを。中身ぐらい確認しろ」

「お守りの中身なんて見るもんじゃないだろ」

「その安易な考えが――」



 立っていたルフィナもついに膝をつけた。アイトも同じく。また一段と重力が強くなった。クオンが「またわたしのことを置いて、わたしたちに隠し事はなしだから……そう言ったのに」より沈んだ表情を見せた。


 本人のメンタルで能力が発動しているようだった。クオンがP.G.だったのはアイトも知らない。だが、このぐにゃっとした感覚は記憶にある。アイトの両親が亡くなったときと同じ――そのときにクオンと喧嘩して泣いていたときと同じ。決定打とは言えないまでも、そうとしか思えなかった。ルフィナは銃のトリガーに指を掛けた。



「すまないが無力化させてもらう。P.G.であり、このままにしておけば私たちだけではない、関係のない人間まで死ぬ」

「待ってくれルフィナ!」



 アイトの言葉など届いてない。ルフィナはすぐさまクオンに銃弾を放った。銃声はここ最近何度も聞いたが、この銃声はいままで一番嫌な音。一気に喉が渇くようだった。


 飛んでいく弾丸――容赦など知らぬ弾丸はクオンに近づくほど下がっていき、彼女にたどり着く前に地面へと突き刺さった。ルフィナはすぐに角度を変え、斜め上に向かって撃ったが、人に弾道の詳細な計算などできるはずはなく、八発撃ったが一発も当たることはなかった。

 マガジンを替えようとするが、体の重さについていけずルフィナも地面に手をついた。



「もう、なんだかわからないよアイトくん! みんな倒れていくの……アイトくんも嘘ばっかりつく……それでも誕生日ぐらい、今日はいて欲しかった。なのに急にいなくなって、出てきたと思ったらルフィナちゃんと一緒にいる。わたし――アイトくんのこと好きなのに、どうして隠し事ばっかするの! ……うぅ」



 ミシミシとする音が空間そのものから鳴る。クオンの感情に反応して能力が暴走しているようだ。景色もどこか歪められているようだった。どうにか止めないとならないのに、アイトも含め周りの人間はすべて地面に這いつくばっている。体を動かすこともままならない。


 アイトは「クオン、クオン!」と叫ぶが、クオンは泣いていて声がまともに届かない、アイトも重力に耐えることが精一杯で声がうまく出ていなかった。落ち着け、と伝えてたところで、クオンの気が済むとは思えない。


 誕生日は覚えていたし、こんなに遅くなる予定もなかった。クオンにとって不慮な事故なのかもしれないが、一番の原因は隠し事をしてしまったことなのかもしれない。巻き込みたくないという気持ちが、こういう事態を引き起こしたともいえる。


 もっと、クオンの話を聞けばよかった。もっと、気に掛けておけばよかった――小さな出来事が一つひとつ頭の中を過る。過去の出来事はもうやり直せない。どうにか、いまできることをしなくてはならない。クオンを止めるには……

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