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第7話 魔女の家

 それから慎重に屋敷の中を見て回った。


 ダイニングキッチンはいいとして、続き間のリビングも居心地が良さそうだ。

 大きな暖炉の側には三人掛けのソファーと揺り椅子があり、ここに腰掛けて編み物でもしてみたい気分になる。

 作り付けの本棚には沢山の本が並べられていた。これも後で読んでみよう。

 リビングとキッチンの間にあるドアを開ければ前庭があり、レンガを敷いた小道が木の柵まで続いている。その境界には木製のプランターが幾つも置かれ、綺麗な花が咲いていた。


 室内に戻り、玄関とは対面のドアを開けると廊下がある。風呂、トイレ、洗面所などの水回り。仮眠室だろうか、簡素なベッドとサイドボードと小さなクローゼットだけの部屋。更には大きな窓へ向かう大きめの作業台と、戸のない棚に沢山の布と毛糸が入った作業室もある。

 奥へ進むと二階に行く階段と地下へ続く階段があり、地下には怪しげな大鍋を中心とした薬草棚のある部屋。きっと調剤部屋だろう。

 そして冷たい地下を利用した食料庫らしい所には根菜系の野菜が木箱に入って置いてあった。


「充実してるな」


 これならしばらくここに閉じ込められていても生き延びられるかもしれない。その間に家の周辺を少しずつ散策し、魔物の強さを知っておかなければ。


「そういえば、クリームは戦えるのか?」


 虎之助にくっついて歩いているクリームに問うと、彼はドンと胸を叩いた。


「任せてくれ、主。これでも俺はフェンリルだ。氷、水魔法は勿論風の魔法も使える。この体には牙も爪もないが、これらを使えばそこらの魔物など簡単に切り裂けるぞ」

「おぉ、頼もしい!」


 異世界初日の虎之助にとってこんなに頼もしい相手はいない。


 さらに地下を探ると武器庫を発見した。壁に掛けられた立派な剣、豪華な弓、何故か何重にも鎖で繋がれた槍などあったが……槍は使わないでおこう。


 地下はこんなものだ。次は二階に。


 二階は主に寝室だ。階段を上がった一番奥の部屋が、前の住人の寝室なのだろう。開けると日差しが明るく差し込み、空気が入れ替わっているように思える。

 素朴な机にランプが一つ。可愛らしいカバーをかけたベッド。猫足のクローゼット。以前の住人の様子がまだ見られる感じがある。

 その机の上に一冊の日記帳がある事に虎之助は気づいた。


 だが、手は触れなかった。気づき、近付こうとした瞬間に気配があった。まるで拒むような……だが攻撃まではしない気配。きっとさっきの妖精だ。

 見られたくないのだろう。そう思い、クリームを連れて部屋を出た。


 虎之助が部屋に選んだのは階段を上がってすぐの部屋だ。空気は入れ替わっているが、部屋は殺風景でカバーも古い。これはあとで作り替えよう。

 他の部屋も同様だ。どうも客を泊めるように用意している部屋に思える。


 前の住人は人嫌いだったとネオは言っていたが、それでもいたのだろう。気を許せる友人が訪ねてきて、食事を楽しみ、暖炉の前のソファーで寛ぎ、泊まっていく。食器棚には同じデザインの食器が四人分あった。そのくらいには友人がいたに違いない。


 そうこうしている間に日は陰り出し、虎之助はリビングにあったランプに火を灯す。火魔法のスキルが1あったから、小さなランプくらいは灯せた。


「クリーム、地下から人参と玉ねぎとジャガイモ取ってきてくれ」

「了解した」


 トテトテと地下へ向かったクリームの背中を見届け、虎之助は冷蔵庫を開ける。そこから笹に包まれた肉を一塊取り出した。


『グリフォンのもも肉(鮮度:良)

絶望の森産。鷲の頭にライオンの体を持つ魔物。肉質は柔らかくホロホロと崩れる』


「この鑑定眼、そのうち料理レシピ表示するんじゃねぇか?」


 何故か鑑定すると美味しい食べ方や適した料理を表示してくる。レベルが上がるのが楽しみだ。


 これらを使用分だけ切り分け、残りは直ぐに冷蔵庫に。

 さらには牛乳、バターも取り出しておく。棚の中から小麦粉もだ。


 そうしているとクリームが食材を渡したカゴに入れて持ってきた。幸いクリームは食事は取らないそうなので、一人分。玉ねぎ一つ、人参一つ、ジャガイモ二つで十分だ。


 適当に切って、野菜は皮を剥いて。これらを鍋でまずは炒める。

 肉も一口大に切ってフライパンで少しだけ焼き色を付ける。焦がすのはダメだが。


 肉と野菜を合わせて火を止め、そこに小麦粉を入れて馴染ませてから牛乳、水、塩を入れておくが……味が足りないだろうな。


 何かないかとキッチンの棚を見ていると、後ろの方でコトリと音がする。見れば戸のない棚の中、手作りらしい粉末の入った瓶がほんの少し前に出ていた。

 歩み寄り、ラベルを見ると『魔法の粉(煮込み)』という怪しい表示がある。だが瓶の蓋を開けると知っている匂いがした。


「コンソメの素か!」


 これは助かる! 指にほんの少し付けて舐めてみてもやはりコンソメだ。

 これを少量入れてから再び火にかけてじっくりと混ぜていく。コトコトと野菜が音を立て、優しくもいい匂いがし始めたら完成が待ち遠しい。気づかなかったが腹が減っていたみたいだ。


 玉ねぎがトロッと蕩け、芋はホクホクと、人参の甘みが十分に出た所で味見。知っている味よりは多少薄いが、素材の味がしっかりと溶け込んでいて体にも良さそうだ。


「完成だな」


 鍋からおろし、器に盛る。そこにアクセントとして黒コショウをミルで挽けば完成だ。


「クリーム煮、久しぶりだな」


 これをランチョンマットの上に置き、スプーンと水を添える。

 食べられないけれど寂しいからクリームが側に座ってくれて、虎之助は異世界初ご飯を口に運んだ。


「あふっ! うっ、ん……っ!」


 熱々のクリーム煮に僅かに口の中がヒリッとするが、冷たい水で流し込む。するとジワッと体の中に溶け込んでいくのを感じる。

 生きている。それを思うとジワッと目頭が熱くなる。死んだはずが、こうしてまた食事の美味しさを感じられる。それが嘘みたいだ。


「どうした、主」

「っ、いや。美味いなと思ってよ」


 感傷的になる一瞬を振り払い、虎之助は笑みを見せて美味しく綺麗に完食するのだった。

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